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更新日:2015年2月2日

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自然探訪2015年2月 ハシブトガラの悲劇

ハシブトガラの悲劇

ハシブトガラ Poecile palustris は、日本では北海道に生息し、樹洞(木にできたうろ、穴)で子育てを行う小鳥です(写真1)。彼らは寝る場所としても、冬に樹洞をよく使い、日没前後から日の出頃までの長い時間を樹洞で過ごします。樹洞の中は、外と比べて最低気温が高く、また最低気温の発生時刻が遅れます。風の影響も少ないと予想されますので、長く厳しい冬の夜を過ごさなければならない小鳥にとって、樹洞は条件のよいねぐらと考えられます。厳冬期の北の地には、西高東低の冬型の気圧配置が北風を呼び込み、乾いた雪を降らせます。このさらさらの雪が風に吹き付けられて樹洞の入り口付近に積もったとしても、ハシブトガラは、雪の存在を気にすることなく樹洞を出入りします(写真2)。樹洞はねぐらとして適しているようにみえますが、稀に樹洞でねぐらをとることが命取りになることがあります。それは意外にも厳冬の気配が一瞬緩んだときにやってきます。

ある年の正月明けに発見されたハシブトガラのねぐらは、アズキナシの生木にできた樹洞で、唯一の入り口はほぼ南向きでした。2月の中旬までに何度か観察を行いましたが、そのたびにねぐら入りが確認できました。札幌雪祭りが終わった直後の2月中旬、発達した低気圧が日本海を北東に進み、西日本や東日本で春一番が観測された翌日、そのねぐらの入り口付近は薄い氷とその上に付着したざらめ状の雪で覆われていました。着氷性の雨(雨氷)と低気圧通過による南よりの風が、樹洞入り口付近に氷の層を作り、その後さらに湿った雪が付着したようです。当日の降水量や風向などの気象データは、着氷雪が夜半に発生したことを示しています。

氷を割って樹洞内を観察したところ(写真3)、ハシブトガラが死んでいるのがみつかりました。ハシブトガラの外部形態に損傷はみられず、また体重もこの時期に計測される平均的な値と変わりませんでした。もし、朝目覚めた後に、閉じ込められた樹洞内で動き回り消耗死したとすれば、外部形態に何らかの損傷や体重の減少が観察されるはずです。いっぽう、獣医師による病理解剖所見は、この個体が窒息によって死亡した可能性を示唆しています。ハシブトガラは日没頃にねぐらに入り、夜半の着氷雪で入り口がふさがれ、酸素を消費し尽くして、日の出までに窒息死したものと類推されます。一定の気象条件下でのみ発生する着氷性の雨は、今回の観察地域では稀に起こる気象現象ですので、この時に南側に開口している樹洞でねぐらをとっていたハシブトガラには不運なできごとでした。

温帯域の冬は、小鳥たちにとって厳しい時期ですが、餌不足やタカなどに捕食されるといった死亡原因のほかに、今回のような事故による死亡もあります。動物の個体数の増減は、出生数と死亡数の関係で決まります。どのような条件で出生数が増えるのかという知見と同様に、どのような条件で死亡が発生するのかという観察も、個体数の増減を知るうえで重要な情報です。

 雨氷:過冷却状態の雨で、木などに付着して透明な氷を形成します(写真4)。

 


写真1:スナップメモ「自然探訪」2015年2月-1
写真1:北海道に生息するハシブトガラ。
日本に広く分布するコガラ (P. montanus) と形態がよく似ています。

写真2:スナップメモ「自然探訪」2015年2月-2
写真2:ハシブトガラのねぐら穴。
ほぼ北向きに開口する樹洞の入り口(矢印)に積もった粉雪を押しのけて
ねぐらに入った直後の状態。

写真3:スナップメモ「自然探訪」2015年2月-3
写真3:ハシブトガラの死体がみつかった樹洞。
青い点線は、着氷雪を除去した範囲。矢印は樹洞入り口。
左下に透明な氷の層が残っています(樹皮の模様が透けてみえます)。
写真4:スナップメモ「自然探訪」2015年2月 ハシブトガラ-4
写真4:雨氷が枝についてできた透明な氷。

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