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更新日:2016年9月1日

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自然探訪2016年9月 雪国に咲くユリの物語

雪国に咲くユリの物語

渓谷の林道でふと崖の上を見上げると、ユリが咲いていました(写真1)。梅雨に濡れた岩の上に立つピンクのユリの花は、可憐という言葉がぴったりくる、それが私がヒメサユリ(Lilium rubellum)を見た最初でした。

日本列島の日本海側は、世界のなかでも有数の多雪地帯です。雪は、そこに生きる植物相にも大きな影響を与えます。例えば、広大なブナ林。ユキツバキ、タニウツギ、ハイイヌガヤなどの日本海側固有の植物。ヒメサユリもこうした多雪地域固有の植物ですが、その分布はとりわけ雪深い、朝日・飯豊連峰・越後山脈の周辺に限られています。

平地でも積雪深がときに3mを越えるという豪雪地の雪の重みは、地形をも変えてしまいます。例えば福島県を南下して越後山脈の麓・奥会津地域に入ると、山容が変わってくるのが分かります(写真2)。稜線にキタゴヨウなどが立ち、尾根や麓などのなだらかな箇所をブナ林が覆うほかは、斜面が削られたように平滑で、山肌が露出しています。これは雪によって地表が浸食されてできた地形で、「雪食地形」と呼ばれます。私がヒメサユリを初めて見たのも、こうした雪食地形の崖の上だったのです。

安全な場所を選んで、雪食地形の上に立ってみました(写真3)。ところどころ岩盤が剥き出しの斜面には、ミヤマナラ、オオコメツツジやマルバマンサクなどの灌木が枝を這わせています。またオオヒゲナガカリヤスモドキなどのイネ科やスゲ属の草本が生え、根や枯れ草が絡んだ薄い土壌が岩盤を覆っています。現地で「草付き」と呼ばれるこのような草地に、ヒメサユリの姿もありました(写真4)。ササユリに似ていますが、花弁はやや小さく丸みを帯び、雄蕊は黄色になる、可愛らしいユリです。ヒメサユリは明るい草地性環境を好み、山頂付近の雪田草原や人里の二次的草地でも見られますが、なかでも雪食地形の草付きは、ヒメサユリの格好の生育地となっています。

雪国が遅い雪融けを迎える頃、ヒメサユリはみるみる茎を伸ばし、僅か2~3週間で開花します。日本では珍しい、初夏に咲くユリです。じつはこの成長の速さに、多雪を生き抜く秘訣があります。ヒメサユリは、前年のうちに球根内で花芽形成を完了する、日本のユリの仲間としては珍しい特徴を持っています。閉ざされた雪のなかで、翌年の蕾を準備しておく。それは一年の半分近くを雪に閉ざされる豪雪地で、短い夏の間に速やかに開花・結実をおこなうための戦略だと考えられています。

こんな可愛らしいユリにも、ちゃんと雪国を生き抜く工夫が備わっているのです。

 

(樹木分子遺伝研究領域 菊地 賢)

 

写真1:ヒメサユリは梅雨に濡れた崖の上で咲いていた
写真1:ヒメサユリは梅雨に濡れた崖の上で咲いていた。

写真2:豪雪地域の特徴的な雪食地形。福島県只見町にて。
写真2:豪雪地域の特徴的な雪食地形。福島県只見町にて。

写真3:雪食地形は岩盤が露出し、ところどころ灌木林や草地に覆われる。
写真3:雪食地形は岩盤が露出し、ところどころ灌木林や草地に覆われる。

写真4:雪食地形の草付きに咲くヒメサユリ。
写真4:雪食地形の草付きに咲くヒメサユリ。

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