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研究情報 No.5 (Aug. 1987)

巻頭言

西日本における獣害防止の研究

前田 満

西日本では、およそ4300ha/年(昭和54~58年)にわたって多種の獣害が発生している。これら獣害と防除の現状はつぎのようである。

  • ノウサギ:被害は広範な地域のヒノキ幼齢林などで慢性的に発生……捕獲、林床植物の管理、防護網、忌避剤など。
  • 野ネズミ類:突発的・局所的に被害が発生……毒餌による駆除。
  • ニホンジカ:ヒノキ幼齢木・スギ壮齢木などの摂食と“ツノコスリ”害……防護柵(網)、忌避剤、捕獲。
  • ツキノワグマ:ヒノキなどの大径木の’クマハギ”(剥皮)……捕獲。
  • ニホンザル:シイタケ原木、ほだ木、植えた広葉樹などの引抜きと摂食……捕獲。

このほかムササビ、リス類、ニホンカモシカによる被害も報告されており、これら獣害は樹木の成長をおくらせ枯死させることのほかに変色・腐朽による“材質劣化”の原因にもなっている。

この獣害防止対策としては、被害情報を集め発生予察の体制をつくる。また被害の経済的許容水準を明らかにする。これをもとにして林地内の生息・被害発生条件を林業的手法によって取除き、被害を予防・回避する。さらに許容できない被害発生が予想される場合には捕獲・駆除など直接的に個体数調整が必要である。

以上の目標にむけて当支場における当面の研究課題にはつぎのものがある。

(1)被害実態の調査。(2)個体数推定方法の確立。(3)林内の生息条件の分析。(4)食物と被害樹・品種の摂取量および選好性・被害機構の究明。

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シカが丸坊主に食害した5年生ヒノキ (兵庫)

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シカによる20年生スギの皮はぎ (島根)

研究紹介

竹林の生産力
バイオマス資源として

井鷺裕司

竹類は主として熱帯から温帯に約45属、1200種あまりが知られている。竹材として日本で取り扱われているのは、主にマダケ属(Phyllostachys)のマダケ、モウソウチク、ハチクの3種である。ここでは、バイオマス資源としての竹林の有用性について簡単に紹介する。

いろいろな森林の純生産量については既に多くの報告があるが、竹林に関して、純生産量を単位面積当たりの重量で示したものは少ない。そこで、放置状態に近いマダケ林の地上部現存量を京都府木津町で調査した。その結果を表-1に示す。この竹林が定常状態にあるとすれば、1年間のヘクタール当たりの地上部純生産量は、発生して1年以内の新竹の現存量と、旧竹が毎年生産する葉の重量から推定することができる。新竹の現存量は14.5t/ha、またマダケの葉は2年の寿命を持つので旧竹の葉の半分が1年で更新されるとすればその量は3.87t/haとなる。したがって1年間の純生産量は18.4t/haと計算できる。これに加えて、新たに生産された部分の枯死落下量や動物被食量を考慮に入れれば、地上部純生産量は20t/ha程度であろう。

表-1 放置状態に近いマダケ林の地上部現存量
  密度 (本/ha) 平均直径 (cm) 平均樹高 (m) 稈 (t/ha) 葉 (t/ha) 枝 (t/ha) 現存量合計 (t/ha)
旧竹 10520 6.7 13.0 72.9 7.74 8.63 89.3
新竹 1620 8.7 15.5 12.6 0.81 1.07 14.5
12140 7.0 13.4 85.5 8.55 9.70 103.8
表-2に日本の主な森林の純生産量を示した。この表からも明らかなようにマダケ林の純生産量はスギ林や常緑広葉樹林にも匹敵する高い値である。

 

表-2 日本の主な森林とその純生産量 (t/ha·yr)
只木・蜂屋 (1968): “森林生態系とその物質生産”. 64pp, 林業科学技術振興所
森林タイプ 純生産量平均 資料数
落葉広葉樹林 8.7±3.0 64林分
落葉針葉樹林 10.1±4.4 44
常緑針葉樹林 13.5±4.2 46
マツ林 14.8±4.1 52
スギ林 18.1±5.6 92
常緑広葉林 18.1±4.9 21
全体の平均 13.9±5.9 319

 

バイオマス資源としての竹林の有用性は、このような高い生産性だけでなく、独自の生活様式の面からも注目に値する。図-1は高密度の一斉林における総生産量、林分呼吸量、純生産量等の経年変化を模式的に表したものである。総生産量は林分の葉量と高い相関を示し、葉量がピークを過ぎると一定の値をとるようになる。これに対して呼吸量は幹・枝等の非光合成器官の蓄積により年々増加する。したがって総生産量と呼吸量の差で表される純生産量はピークをむかえたあと徐々に減少する。このため、一般の林分で高い生産性を維持するためには、非光合成器官の蓄積の大きい個体を林分から取り除き、それと同時に更新を行わなければならない。それを実際に行うには非常に高度な技術が必要である。

[高密度の一斉林における総生産量,林分呼吸量,総生産量の経年変化を示す模式図]

図-1 高密度の一斉林における総生産量、林分呼吸量、総生産量の経年変化を示す模式図
T. Kira and T. Shidei (1967): Jap. J. Ecol., 17, 70-87.

一方、竹林ではスギ・ヒノキ等の林分と異なり、毎年無性生殖によって新しい桿がごく短期間のうちに更新される。そのため、前述のような生産力の高い状態を比較的単純な施業で維持することが可能である。つまり、簡単な密度管理(抜き切り)だけで、林分の光合成器官と非光合成器官の現存量の比を比較的自由に管理することができ、純生産量のコントロールを行うことが可能である。事実、適切な抜き切りを行っている林分の方が放置された林分よりも純生産量が多いという報告や、開花枯死から回復中の林分が立木本数を適切に整理することによって回復が早くなった、という報告がある。

このように、ユニークで有用な特性を持つ竹林であるが、一般の造林樹種に比べてその性質は十分に解明されていない。今後は竹林の物質循環や生態を把握した合理的な扱い方を明らかにしていきたい。

花粉分析による植生変遷の推定

鳥居厚志

森林の保全や施業を考えるうえで、その地域の植生が長期間にわたって同じであったのか、著しく変化してきたものか、過去から現在までの植生変遷を明らかにしたい場合がある。そのためには、地層中の植物化石を調べるのが最も有効な方法であるが、葉や材、種子などの植物化石の他に、花粉の化石を用いた研究も多い。この手法を花粉分析という。

さて、植物花粉の大半は地上に落ち、一部は風や水に運ばれて湖や海に達する。花粉の外膜は化学的に非常に安定した物質でできており、特に酸素の供給の悪い場所では分解しにくい。数千年から数万年、時には数百万年以上も分解されずに残ることがある。これを化石花粉と言うが、湿原や海底・湖底のように常に物質の堆積がみられる場所では、経常的に花粉が蓄積・保存されてゆくことになる。花粉は、その親植物の種類ごとに特徴的な形態をもっており、化石花粉でも多くの場合には親植物を推定できる。そこで、湿原堆積物や海底堆積物試料から花粉を回収し、植物の種属の組成を割り出して、過去の植生を復元することができる。通常は放射性炭素年代測定を行なったり、他の化石や地層中の火山灰層を手掛りとして、年代毎の植生を推定し、その変遷を明らかにする。

図-1は著者らが行なった鹿児島県屋久島の花之江河湿原堆積物の花粉分析結果である。柱状の泥炭層試料を2cm刻みに切断し、86試料を分析した。図のように化石花粉の同定・分類は、木本植物では主に属レベルで行われる。また図には示していないが、草本植物では科レベルで行われる。通常400~1000粒を同定・計数し、種属毎の比率を算出してこのような花粉ダイヤグラムを作成する。図の右端に記した年数は放射性炭素年代測定結果で、これから推算すると深さ184cmの試料No.86の堆積時期は約6000年前である。

図をみると、その間、常にスギ属が優勢に出現していることから、この地域では長期間にわたって安定したスギ林が存在していたとみてよい。九州本土の分析結果では、このような長期にわたる優勢なスギ林の存続は確認されておらず、屋久島の大きな特徴である。しかし、表層付近ではモミ属、ツガ属、マツ属の出現率が大きく変動しており、最近になってこれらの樹種が分布域を拡大してきたと考えられる。

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図-1 花之江河湿原堆積物高木花粉分布図 (竹岡・鳥居, 日林論 93, 1982)

コラム

林業経営研究とコンピュータ利用

森林・林業の研究分野においても、コンピュータ利用が進み、研究上不可欠の道具となってきている。当支場でも多数のパソコンを使用している。通常の計算はこれらのパソコンで処理しているが、大容量大型計算・文献検索などは農林水産研究計算センター(筑波)をオンラインにより使用している。

林業経営計画の分野では、収穫予定問題に対するコンピュータ利用が進んでいる。収穫予定とは、収穫の対象となる小班をいかなる順序で伐採するのが良いかを決定する問題であるが、このときには林地の面積、材積などの時間的コントロールの他に、収穫に関する場所的コントロールも必要となる。

さて小班数を3、1輪伐期を4分期とする。すべての小班をこの分期内に伐採する場合、3×4=12について組合せを検討し、この内で最適なものを一つ選択することになる。この最適解を見い出すのに数理計画手法の一種である全数列挙法を使用すると212=4096通り全部を調べることになるが、このように組合せの数が小さい場合には、最適解は容易に見い出せる。

しかし、問題が少し大きくなり10小班、5分期となると組合せの数は250=112兆6千億となり、大型コンピュータで毎秒10億回計算しても313時間を必要とする。コンピュータは万能のように思われるが、これで解決できる問題の範囲は極く小さいものである。しかし、このような問題を克服しつつ林業問題の解決のためにコンピュータ利用が目下進められている。

(黒川泰亨)

施設紹介

ノウサギの飼育ケージ

当支場構内にノウサギの飼育ケージが完成し、昭和62年春から本格的に本種の飼育実験を開始している。これまでに本種の飼育は各地で行われているが、関西地域での本格的飼育は初めてである。

飼育ケージは広さ20×8m、高さ3mの金属フェンス製で、本種の逃亡や他種からの危害防止のために地下部40cmから地上部90cmの範囲を石綿スレートと防水合板で保護した(写真)。この飼育ケージ内に90×90×150cmの大きさの小型ケージを設置し、個体ごとの飼育実験も可能にした。これまで主に野外造林地でノウサギによる造林木食害研究を行なってきたが、今後さらにそれらの研究を深化させるために飼育実験が必要である。すなわち、造林木加害状況、食性、栄養などを解明する摂食生態実検、糞による生息数推定法確立のための脱糞習性および繁殖生態や成長に関する実験などがこの施設で行われつつある。

(山田文雄)

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ノウサギ実験施設

おしらせ

研究成果発表会の発表課題

昨年から始められた関西支場の研究成果発表会の課題と発表者が次のように決まりました。なお、開催の日時は未定ですが、10月の中・下旬頃開かれる近畿・中国ブロック会議の翌日が予定されています。

特別講演

  • 志水一允 (本場林産化学第2科長)
    • 木材成分の総合利用

研究発表

  • 白井喬二 (土壌研究室)
    • 自然立地からみた林地利用の区分法
  • 山田利博 (樹病研究室)
    • マツ枯損跡地におけるヒノキ樹脂胴枯病の発生
  • 清野嘉之 (造林研究室)
    • ヒノキ人工林における下層植物群落の制御モデル
  • 服部重昭 (防災研究室)
    • 樹冠による降雨遮断とその役割