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研究情報No.7(Feb.1988)

巻頭言

竜の口出理水試験地50年の歴史をふまえて

育林部長(兼)岡山試験地主任大山浪雄

関西支場岡山試験地には、昭和12年から観測されている竜の口出理水試験地がある。この理水試験地は、瀬戸内地方のような温暖少雨地帯における森林の水源かん養機能を究明する目的で設置され、以来50年余にわたって、降水量および試験流域の水流出量が測定されている。関西支場における森林と水流出の関係についての研究は、防災研究室を中心に、この理水試験地を基盤として進められてきた。組織としては、発足当時の林業試験場高島試験地から高島分場、岡山分場を経て、現在の岡山試験地に至っている。

当理水試験地は、岡山市の北部、旭川の左岸、岡山営林署管内・竜の口山国有林の丘陵地にあって、相隣接した南谷(23ha)と北谷(17ha)に量水堰堤が設けられている。その観測の歴史50年間には、設置当初の主林木であった100~120年生の天然生アカマツ林は松くい虫被害の発生に伴ない昭和19~22年に皆伐され、その後、無立木地にヒノキやクロマツが植栽されたが、34年に出火事、55年頃に松くい虫激害によるクロマツ人工林の全滅があり、それら急激な森林変化と水流出量との関係が究明されている。それらの成果を総括すると、森林植生の減少は蒸発散量の低下をもたらし、それによって降水量に伴なう直接流出量、基底流出量がともに増加することが判明している。

しかし、森林の造成・管理上必要な樹種の違いや施業技術などとの関係については十分な研究実績がなく、今後の重要課題として林相の推移や除間伐等の影響をはじめ、水源かん養効果に関与する林地土壌の浸透機能についても研究しなければならない。当面、南谷のクロマツ人工林が松くい虫被害で全滅した後、落葉広葉樹主体の天然林が成立しつつあるので、過去50年間の観測データを駆使しながら、人工林と天然林、針葉樹林と広葉樹林などにおける水流出量の違いを明らかにし、さらに将来的には、森林の長伐期択伐施業や超短伐期密植造林などの水源かん養効果も究明する必要があろう。今後とも、当理水試験地の運営に、関係各位の一層のご支援ご協力をお願い申し上げる。

研究紹介

森林の水源かん養効果はどのようにして生じるのか

谷 誠

森林理水試験においては、今まで、地表植生の変化が流出水量に及ぼす影響が調べられることが多く、筆者らも竜の口出試験地での観測に基づき、植生減少が流出量を増加させることを明らかにした(谷・阿部:林試関西支場年報26,1985)。しかし、森林の流出への影響はこれだけではなく、水源かん養、すなわち洪水・渇水を緩和する効果があると考えられる。本稿では、この効果がどのようにして生じるのかについて考察する(谷:水利科学177,1987参照)。

さて、洪水・渇水をともに緩和するためには、雨水を一時貯えて後、長期にわたって絞り出すような機構が必要である。この機構を土壌がもっていることは疑いのないところであるが、渓流の流出量にこの機構がどう影響するのかに関して、十分な理解が得られるに至っていない。

従来は、雨が地中に浸み込めば地下水となり、浸み込まない水が地表流として洪水になると考えられてきた。このメカニズムを前提にすると、地表における浸透能力の大小を測れば緩和効果を推定できることになる。

ところが森林でおおわれた流域では、地表の浸透能力は降雨強度よりかなり大きい。そうすると、このような流域での洪水は、地表流だけではまかないきれないと考えられる。最近では、渓流へ流出する水がどこから供給されるのかについて、トレーサーを使って調べられるようになった。それによると、流出水には洪水時でさえ、地中に以前から貯えられていた水がかなりの量含まれていることがわかってきた。そうすると、洪水時の流出水を供給する機構が地表でなく地中にあるということになる。洪水が地中を通った水で供給されるわけであるから、単純に地表の浸透能力の大小で洪水渇水の緩和効果を推定するのは難しいといわざるをえない。

そこで、山腹斜面上の表土層における雨水の流出メカニズムについて再考する必要がある。この点については、浸透理論に基づくコンピューターシミュレーションが可能である。これによると、雨水はまず表土層へ浸透するが、地中の水移動は緩慢であるので地下水面を地表まで上昇させてしまう。このように表土層が飽和した場合、ここに降った雨は一気に洪水として渓流へ流出する。

しかしながら、この結果によると、降った雨が地表流となって洪水となることになり、トレーサーによる結果と矛盾している。また、もしこの結果のように、雨毎に表土層が飽和するのが本当なら、表土層は表面から侵食されるか、あるいは崩壊するか、いずれにせよ斜面上にとどまることができないと考えられる。

実際には、森林でおおわれた斜面上の土壌は、シミュレーションで仮定される均質なものではなく、腐朽した根などによって形成された大孔隙を多く含み、きわめて不均質である。したがって、山腹斜面表土層での雨水の流出メカニズムは、次のように考えられる。

地表に雨が降ると、雨水の大部分は表土層の中にほぼ鉛直に浸透する。土壌が十分に湿潤になると、腐朽した根などの大孔隙へ水がはいってくる。このような状態では、雨水が供給されると土の中に貯えられていた水を順々に押し出してゆく。ここまでの機構は先のシミュレーションに用いられた浸透理論によって十分説明されることであり、特に不均質性が重要な役割を果たすわけではない。しかし、シミュレーションとは異り、大孔隙が一種の排水パイプの役割を果たして地下水面が上昇しにくく、表土層が飽和しないので、洪水は一旦地中を通った水が大孔隙中を流れることにより形成される。

この考えに基づくと、森林でおおわれた表土層では、侵食や崩壊が抑制され、洪水・渇水緩和効果をもつ表土層が長期間保持される。また、どのような土壌が緩和効果が大きいかについて次のように指摘できる。緩和効果は、大孔隙の流れ、それ以外の土壌中の浸透流の2種の過程を通じて生じる。前者については土壌の性質がどのように反映するのか今のところ不明であるが、後者については、浸透理論が応用でき、保水、透水に関する土壌の性質が影響すると推測される。

この点に関して、浸透理論に基づいて得られる土壌条件の流出に及ぼす効果が山地小流域の流出量の性質の違いにも反映することがわかっており、ミクロな土壌条件とマクロな渓流の流出特性との関係が徐々に明らかになりつつある。とはいえ、本稿で述べた考え方は、これから実証的に検討しなければならず、筆者らは竜の口出試験地に斜面プロットを設け、観測研究を進めているところである。


竜の口山試験地の斜面流出量測定装置
(斜面下部で岩盤上に遮水壁を設けている)

シカの年齢を調べる

小泉 透

調査者が単独でサンプルを採集することが困難な大型哺乳類では、狩猟や有害駆除による捕獲個体の分析は有効な調査法である。捕獲個体から得られる情報はさまざまであるが、ここでは比較的回収が容易で正確な年齢を知ることができる歯について、ニホンジカを中心に紹介したい。

これまで、年齢査定には歯の交換・摩滅、頭骨の縫合線の消失など発育生長にともなう形態変化が指標として用いられてきたが、1950年代に中・大型哺乳類の歯のセメント質に年周期で層が形成されることが発見され、現在、この「年輪法」による齢査定法が広く行われている。年輪は冬期間硬組織の形成が停滞することによって生ずるもので、冬季の層は石灰化が強いために夏季の層に比べてヘマトキシリンで濃染され明確な像を得ることができる。ニホンジカではどの歯からでも年齢査定が可能であるが、抜きやすさと年輪の読みやすさから第1切歯を用いることが多い。第1切歯は図-1のようにマイナスドライバーなどで簡単に抜くことができる。齢査定の手順を図-2に示した。1工程は4~5日で完了し、一度に10~20個体処理できる。切片は凍結ミクロトームを用いて20~40ミクロンの厚さで切り、1個体について10枚前後を連続してとるようにする

年輪数から年齢を決定する場合には、第1層の形成時期とサブラインの出現に注意する必要がある。第1切歯は生後1年の間に乳歯から永久歯に生え換わるため、第1層の形成は1才の冬(1.5才の時)である。このため、年輪数に1を加えた数が満年齢になる(図-3)。また、出産期のメスや交尾期のオスには生物リズムの変化からサブラインが形成されることがある。これは、樹木の偽年輪同様本来の年輪と交差していたり途中で切れたりすることが多いが、切片を連続的に観察してチェックする必要がある。

北海道東部でのオスジカの齢査定結果の1例を図-4に示した。これは、狩猟を許可してから5年以下の地域と15年以上連続して狩猟をおこなっている地域の捕獲個体の年齢構成を比較したもので、生息しているシカの年齢構成もほぼ同様と考えられる。5年以下の地域では平均年齢が4.4才、最高寿命は15才で、齢構成もなだらかな右下がりである。これに対して、15年以上狩猟を続けると10才以上の老齢個体の割合が少なくなり、平均年齢も36才と低くなってくる。この他、一般にオスジカはメスに比べ死亡率が高く寿命も短いため「太く短く」生きていることや、奈良公園の神鹿のように長年保護された場合には、オス21才メス24才となり、野生状態の1.5~2倍近い寿命をもつという質的な違いも報告されている。

捕獲個体から歯を回収することは、単に研究上の理由だけでなく、毎年の捕獲数を正確に把握するための証拠として鳥獣行政上の意義も大きい。狩猟免許の返納の際に、ハンターから歯と捕獲場所などを記入した簡単なカードを提出してもらうようにすれば情報の質も飛躍的によくなる。各ハンターには講習会や連絡会などを通じて捕獲個体調査の必要性を理解してもらい、各個人に対して研究結果を直接報告することも大切である。シカに限らず大型哺乳類では、とかく生息数の推定に目を奪われがちであるが、「どこで何頭獲られているのか」を正確におさえることが実際的な問題解決のための第一歩となろう。

図-1シカの第1切歯の抜き方

図-2齢査定の手順

図-3満6才のシカの第1切歯の切片
冬の層が5本見えている

図-4北海道東部における1980~83年の捕獲個体の年齢構成

国際研究集会報告/施設紹介

国際研究集会報告

第14回国際植物学会(西独)

7月24日から9日間、落ち着いた佇まいの西ベルリンで開催された。国際木材解剖学会主催の分科会において、「コンピュータによる木材の識別」という題で30分口頭発表を行った。当日緊張していると、「夕ベはよく眠れたか」と部会長が気分をほぐしてくれたり、和やかな雰囲気でセッションが開始されたこともあって、無事発表を済ませることができた。総合討論では、発表者が黙っているわけにも行かず、実作文をしている時間的余裕がないまま、議論のペースについて行くのに冷汗をかいた。

学会後、オーストリアの山岳地帯の現地検討会に参加した(5日間、7カ国18人)。連日雨や寒さ(雪)に苦しめられ、使い捨てカイロを重宝した。PiceaやLarixの下刈不用な天然更新の森林を歩くと、日本の林業との差を痛感する。森林限界の上は牧場、さらに氷河となり、エーデルワイスや桜草が咲き乱れるが、家畜の落し物が多く、景色に気を取られているとひどい目に合う。学会会場よりむしろ現地検討会の方が、歩きながらあるいは食事しながら様々な国や分野の人たちと話ができた。いくつかの失敗も含めて、有意義な学会参加であった。

(黒田慶子)

国際研究集会報告

第19回IUGG/IAHS(カナダ)

第19回IUGG(国際測地学・地球物理学連合)総会におけるIAHS(国際水文学会)集会が、昭和62年8月9日~22日まで、カナダのバンクーバー(ブリティッシュ・コロンビア大学)で開催された。この集会は4年に1回ということもあり、世界各国からの参加者は約500名にのぼった。支場からは服部重昭と谷誠が参加したので、集会の様子を紹介する。

ここでは酸性雨、侵食、雪、流出など水に関わる様々なテーマが取上げられた。そのため研究発表はシンポジウム6課題、ワークショップ8課題に分れて行われた。わたしたちは「森林水文学と流域管理」のセッションに出席し、服部はヒノキ林における蒸発散量の季節変化について、谷は竜の口出理水試験地の観測データに基づく、洪水流出の形成機構について発表した。

この集会を通じ、各国の本文学研究の動向を知ったり、同じ分野の研究者と会えたことは、確かに収穫であった。それに加え、語学力の不足ゆえの失敗やとまどいも、ひと夏のいい経験であり、勉強であったと思っている。

(服部重昭)


バンクーバー市スタンレーパーク

施設紹介

森林害虫実験棟

昭和33年に建設された昆虫飼育室は、現状における研究対応の困難性や老朽化等のため森林害虫実験棟として建て直され、昭和62年12月に完成した。本棟は常温飼育・観察室、昆虫行動実験室、昆虫生理実験室、試料調整室および環境調節飼育実験室の5室からなっている。常温飼育・観察室では森林害虫による林木の被害発現と形状を、昆虫行動実験室では害虫の行動習性を主に調査する。また、昆虫生理実験室では生理活性物質の探索と害虫の発育に必要な栄養条件を調べる。試料調整室は害虫の大量飼育を目的とした人工飼料の作製等を、環境調節飼育実験室では害虫の発育生理と温度・日長との関連性を調査する。本棟の完成によって、西日本のスギ・ヒノキを中心とする林木に対する森林害虫による被害の幾多の問題を解決してゆくことが期待される。

(田畑勝洋)