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研究情報 No.43 (Feb. 1997)

巻頭言

黒蔵谷森林生物遺伝資源保存林について

関西支所長 陶山正憲

近年、農林水産業を始め広範な分野において、先端技術の進歩による生物の新たな用途の開発が進められ、その基礎となる生物遺伝資源の確保が重要になっています。このため、林野庁では、自然状態の良く維持された森林について、森林生物遺伝資源保存林の設定を行い、遺伝資源の保存を図るための「森林生物遺伝資源保存林に関する基本計画」を、平成6年4月に制定しました。この基本計画に基づく保存林として、大阪営林局管内では黒蔵谷地域が選定されました。

黒蔵谷森林生物遺伝資源保存林は、紀伊半島の南端から内陸に約30km、新宮川支流大塔川の源流域、大塔山系に位置し、和歌山県東牟婁郡本宮町内にある国有林(黒蔵谷及び大杉大小屋)の一部で、面積は約520haです。当地域の国有林は、野竹法師(標高971m)に源流を発し大塔川に注ぐ黒蔵谷や大杉谷がV字渓谷をなし、その両岸に広がる林地は、斜面上部を除けば比較的急傾斜地で、蛇行する本谷に向かって痩せ尾根と小谷が懸崖となって切れ落ちています。この保存林は、昭和52、53年に設定された学術参考保護林を基本として、できる限り面的なまとまりをもって保存できるように区画されています。

この地域は、明治末期から森林の伐採が行われ、現在では黒蔵谷の一部に極相林を有するほか、ほとんど二次林になっていますが、いづれも良好な回復を示し林相も見事です。また、温暖多雨(年平均気温12~14℃、年降水量3,000mm以上)、複雑地形などの自然条件に恵まれ、植物相は極めて豊富であり、植物分類学的には「そはやき要素」といわれる日本古来の植物がみられ、動物相も豊富かつ多様で、いづれも学術的に貴重なものが多く含まれています。

さて、植物相については、大部分が暖温帯照葉樹林域に属しますが、標高900m以上の山頂部には冷温帯落葉樹林もみられ、連続した群落として多様な植生を形成しています。森林植生は、斜面から尾根にかけて広く分布するアカガシ林を中心に、野竹法師山頂や尾根部の標高900m以上にはブナが生育し、稜線部や痩せ尾根にはモミ・ツガ林、ヒノキ・コウヤマキ林、谷底の渓流沿いにはトチノキ・サワグルミ林がみられます。基本的な植物相としては、(1)ウラジロガシ-サカキ群集、(2)ヒノキ-シャクナゲ群集、(3)ツガ-コカンスゲ群集、(4)ブナ-スズタケ群団、(5)その他、等が分布しています

時あたかも、生物の多様性に関する条約にみられるように、多様な生物をその生息・生育環境と共に保全し、生物資源の持続可能な利用を図ることが、国際的にも重要視されています。これを機会に、関西地域で最初に設定された黒蔵谷森林生物遺伝資源保存林の管理・運営と共に、調査・研究等有効利用についても、私達は真剣に検討すべきではないでしょうか。

研究紹介

ニホンザルの保護管理と農林業被害

鳥獣研究室 室山泰之
(科学技術特別研究員)

ニホンザルは青森県下北半島を北限、鹿児島県屋久島を南限として生息する日本固有の霊長類です。近畿から中国地方にかけては比較的広範囲に分布しており、生息密度は冷温帯林で低く暖温帯林で高いことが知られています。日本全国の総生息数は1万数千頭とも10万頭以上ともいわれていますが、確かなことはまだわかっていません。近年になってようやく各地方で生息状況を正確に把握する試みがなされるようになり、信頼できる情報が集まり始めています

いっぽうニホンザルによる農林業被害(猿害)は最近全国的な広がりを見せており、関西・中国・四国地方でもニホンザルの分布地域のほぼ全域で見られるようになっています。そのため現在全国で年間約6000頭にものぼる駆除が行われているほか、サルから農林産物を守るために電気柵やネットを設置するという防護策がとられていますが、被害そのものはなかなか減少しない状況が続いており、被害対策の面からもニホンザルの保護管理という面からも早急な対策が望まれています。

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猿害の発生する状況や被害の規模は、地域によってさまざまです。猿害が発生する背景には、その地域に残された自然環境の状況や規模などの環境要因、生息しているサルの行動域や密度、個体群動態などのサル側の人口学的・生態学的要因、さらにその地域のサルたちがたどってきた歴史的な要因などがありますが、これらの要因も地域によってじつに多様です。これまでのニホンザルの研究は比較的人為的な影響の少ない個体群を対象にしてきたため、猿害が発生している地域のサルたちが実際にどのように生活しているのかということについても、じつはまだあまりよくはわかっていません

このような状況のもとでいま緊急に必要とされているのは、各地域で起っている猿害の実態をその地域に生息しているニホンザルの生態と併せてできるだけ詳細に把握・分析し、それを資料として利用できるような形で蓄積してゆくことです。猿害対策の実施前にはサルの生息状況や生息環境と猿害の発生状況をできるだけ定量的に把握し、駆除をするにしてもそのほかの対策をとるにしても、実施した対策がニホンザルの個体群にどのような効果をもたらしたのかをきちんと評価することが重要です。長期的なモニタリングによって猿害発生のメカニズムと対策の影響を解明する努力をしないかぎり、対症療法的な猿害対策を繰り返すことになり、最終的には地域個体群の絶滅という望ましくない結果を引き起こす可能性が高くなります。

前述したようにニホンザルは日本の固有種であり、分布の北限に位置する霊長類の種として特異な地位を占めています。したがってその保護管理をどうするかは、世界的なレベルの野生動物保護の観点からも重要です。長期的な展望に立ったニホンザル個体群の保護管理を実現するためには、比較的狭い範囲の地域を管轄する専門機関とそれを統合する形の大きな地域あるいは国レベルの専門機関を早急に設置して、保護管理のネットワーク化を図ってゆかなければなりません。被害対策や保護管理に必要なコスト、その効果や持続性、猿害対策による地域社会への社会的・経済的影響、対策実施にあたっての法的あるいは倫理的制約、ニホンザルの行動や生態の特徴、など猿害に関連のあると思われるさまざまな情報をデータベース化し、それらの情報を必要に応じて容易に利用できる体制を整備してゆく必要があるでしょう。将来的には、ある特定の社会や経済、あるいは自然環境のもとでもっとも適当と考えられる保護管理計画を全国的な保護管理計画を参照しながら合理的に選べるようなシステムを開発してゆくことが望まれます。これらのことはまだほとんど実現されていませんが、猿害の発生地域が拡大しニホンザルの駆除が大規模におこなわれ続けている現状を考えると、一刻の猶予もないように思います

(参考文献)
環境庁 (1979):第2回自然環境保全基礎調査、動物分布調査報告書(哺乳類)全国版。環境庁、東京.
大井徹 (1994):森林の保全とニホンザルの保護管理、森林科学11、43-49.
渡邉邦夫 (1995):地域における野生ニホンザル保護管理の問題点と今後の課題、霊長類研究11、47-58.

水が森から運ぶ物

防災研究室 深山貴文

晴れた日。森を流れる渓流では澄み切った水がサラサラと気持ちよく流れていきます。この透き通った水は一見、濁りのもとを含んでいない様に見えますが、実際は僅かながら有機物と無機物からなる細かな浮遊物を含んでいます。その浮遊物は suspended solid、あるいは suspended sediment、略して SS という符号でも呼ばれています。浮遊物の例としては、水生昆虫等によって細かくされた落ち葉、昆虫の死骸、プランクトン、泥、砂などがあり、渓流水は絶えずこれらの浮遊物を森林から下流へと運んでいます。浮遊物のうち、特に有機物は下流域の生物の栄養源となっていると考えられるため、今後注目していく必要があると考えています。

現在、私達は滋賀県志賀町の四ツ子川支流と京都市山科区の安祥寺川支流の2つの渓流で約1年間、浮遊物の濃度を調べるためにそれぞれ月2回の割合で渓流水を採水しています。採水した渓流水を2mmメッシュのふるいに通して礫などを除いた後、そのろ液を100μmメッシュのふるいとポアサイズ1μmのグラスファイバーで作られたフィルターペーパー(GFP)に通して粒径別に浮遊物を集めています。このGFPと呼ばれるフィルターは、若干の重量補正が必要ですが熱に強く、灼熱してもあまり重量変化がないのが特徴です。集められた浮遊物は乾燥後、重量を測定して浮遊物の濃度を調べています。調査の結果、直径が2mm未満の浮遊物の濃度は四ツ子川支流では常に5mg/l以下と低く、1年間の平均は2.6mg/lでしたが、安祥寺川支流では浮遊物の濃度が比較的高く、平均は8.0mg/lであることが分かりました。

これらの浮遊物はどのような組成になっているのでしょうか。私達は浮遊物の組成を粒径別の他、有機・無機の別に分けて測定することも行っています。浮遊物を粗大な粒子(直径100μm以上2mm未満)と微細な粒子(直径1μm以上100μm未満)に分けた後、さらに有機物の割合を調べるため、浮遊物を灼熱して有機物を燃焼させ、その時の減少量を有機物量と見なして測定しています。このようにして求められた四ツ子川支流の平均組成を図-1に、安祥寺川支流の平均組成を図-2に示します。安祥寺川支流の浮遊物中には泥等の微細な無機物が比較的多く含まれています。このような違いは地質の違いによるものである可能性が考えられます。四ツ子川流域は花崗岩に覆われていますが、安祥寺川流域は古生層の堆積岩に覆われているためです。しかし、浮遊物濃度が8.0mg/lと高い安祥寺川支流では、有機物の割合が低いものの無機物濃度だけでなく浮遊有機物濃度も四ツ子川支流より高いことが分かります。なぜ、安祥寺川支流の方が浮遊有機物濃度が高いのか、浮遊物が一体いつ、どこで、どのように発生しているのか、今後も浮遊物の季節変動や降雨時の浮遊物質組成などの調査を重ねて考えていきたいと思います。

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図-1四ツ子川支流の浮遊物組成
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図-2安祥寺川支流の浮遊物組成

連載

風景の仕掛け (2)
八景と十境 -キャッチコピー-

風致林管理研究室 奥 敬一

嵐山を借景に見る、天龍寺を開山した夢想疎石(1275~1351)は、禅宗の世界観に基づいて、理想的な環境を象徴する亀山十境を定めました。それらは即ち、普明閣(現天龍寺三門)、絶唱渓(大堰川)、霊庇廟(鎮守八幡宮)、曹源池、拈華嶺(嵐山の峰)、渡月橋、三級巖(戸無瀬の滝)、萬松洞(門前の松並木)、龍門亭(滝を望む河畔の茶亭)、亀頂塔(亀山の頂上にあった塔)の十カ所です。命名することによって自然を文化の枠に収め、視点と考えられる場所と視対象となる風景とを対で選ぶことによって、鑑賞のポイントを明確化させています。渡月橋の名が現在にまで残っていることは、この意味付けが今でも生きていることの証でしょう。

十境は十景と転ずる場合もありますが、禅の思想とは別に何々八景と呼ばれる鑑賞法も存在します。琵琶湖周辺の近江八景(堅田落雁、矢橋帰帆、粟津晴嵐、比良暮雪、石山秋月、唐崎夜雨、三井晩鐘、瀬田夕照)が、ご存じの通りその代表格ですが、元々は中国の湖水景観である瀟湘八景の影響を受けた風景観です。こちらは時間や季節、天候、さらには音との結びつきで風景のイメージを膨らませて、名所を創造しています。このテの権威付けは観光を売り物にしようとする人々には大変魅力的らしく、昭和2年の日本新八景公募の際には人口6千万人に対し、投票総数9千7百万票余だったといいます。善くも悪くも、風景は定型化の過程を経て醸成されるもののようです。

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小学生が描く渡月橋
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冠雪の比良山系

おしらせ

WWWホームページ開設中

既にお気付きの方もおありでしょうが、関西支所のWWWホームページを咋夏より正式オープンしています。支所の概要紹介や林業関連機関へのリンク集、またこの「森林総合研究所関西支所研究情報」もHTML化して掲載していますので、一度お立ち寄り下さい。

URL: http://ss.fsm.affrc.go.jp/