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研究情報 No.56 (May 2000)

巻頭言

都市-山村交流事業:「山野草自生地造成」構想の提起

育林部長 小谷圭司

「森林資源に関する基本計画」では、これからの森林整備のひとつの方向として、「都市山村交流の場として森林空間を様々に利用する森林の総合利用に対応」をあげています。また、「広く国民に開かれた森林整備」、「林業経営安定化をはかるためには、・・・・・森林レクリエーション関係事業等・・・多角的な経営を推進する必要がある」、「森林の総合利用の推進や情報の流通の円滑化を通じて、都市と山村の交流等を図る」 と述べています。こうした政策課題を実現していく事業はさまざま考えられますが、ここでは、山野草自生地造成の構想について述べてみたいと思います。

これは、山村等において、山野草をその自生地造成を目的として栽培し、都市住民の山野草の鑑賞等に供する事業の構想です。

現在の山野草ビジネスの取引規模は不明ですが、すでに一部山村地域では、山野草種苗の育成販売、山野草展示園の経営、山野草園芸教室など多方面の展開が見られます。他方、都市では山野草同好会が多数活動しており、アウトドアブームともあいまって、山野草自生地造成は成長の期待される新産業であり、都市と山村の交流を図るのに最適の事業といえるでしょう。

実際の事業のあり方のイメージとしては、数百ヘクタール規模の林内を対象に、そのなかに整備されたハイキングトレイルに沿って、トレイルの通過する環境に応じた山野草自生地を設定します。

山村では、そこに植え付ける種苗育成に取り組み、放棄田・転換畑・ハウス利用による山野草育苗・増殖・育成を行うほか、山野草苗の現地販売と産直システムを都市住民と連携して構築し、都市においては、山野草同好会と山村との連携、組織化を図り、森林インストラクター制度を活用して森林ボランティアの養成を進めます。実際の自生地造成現場では、山野草の植え付け、維持等に森林ボランティアの協力を得、撮影会、鑑賞会、研究会等各種イベント開催を進めます(図)。なお、これらの事業主体は森林組合がもっとも適切ではないかと考えられます。

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図山野草自生地造成事業の構想

しかしこの事業の実行に当たっては、技術上・経営上のマニュアル作成のための試験研究が必要です。例えば、各種山野草自生地の立地環境特性の把握、育苗・増殖等苗・種子の供給技術の開発、自生地造成のための森林施業と育成技術の開発、病虫獣害等の防除技術の開発が必要です。また、地域計画立案のためには、風致景観、レク機能面からの配置計画に関する研究、これらニーズの需給予測、費用負担、支援政策等の社会科学的研究が必要です。

さらに、自生地造成を行う場合には、生物保全学的な倫理を守り、本来その地域にない種はもちろん持ち込まず、種内の遺伝的な構造も、極力その地域のなかでの遺伝変動範囲内のものとすべきです。こうした点を含め、いち早く研究を開始して、マニュアルを完成することが今もっとも肝要であるといえます。

研究紹介

森林の二酸化炭素吸収量を測る

防災研究室 小南裕志

現在、京都府山城町の北谷国有林では森林による二酸化炭素の吸収量を測定する気象観測プロジェクトが行われていますが、そこで用いられている測定方法について解説をしたいと思います。

もし私たちが、ある場所(たとえば樹木の葉や土の表面)から二酸化炭素や酸素がどのくらい出ているのかを測定しようとしたらどのような方法を考えるでしょうか?。1つには、測定をする表面にカバーのようなものを被せて、その中の気体の濃度を測定するという方法があります。このような方法はチャンバー法と呼ばれて広く用いられているものですが、いくつかの欠点があります。それは時々カバーをはずしてやらないと温度が変化したり、濃度が上昇しすぎたりして測定が続けられないことです。このため様々な工夫がなされていますが、連続的な観測を行うのは大変難しい作業になります。

そこで次に考え出されたのが空気中の気体濃度を連続的に測ることによって移動した量が測定できないか?というものでした。これが現在我々が気象観測タワーで行っている「乱流変動法観測」と呼ばれているものです。例えば、日中に葉の表面で光合成によって二酸化炭素が吸収されると、その付近の二酸化炭素の濃度は低くなります。しかしいつまでもその空気が葉の表面近くに漂っているわけではなく、速やかに、より高い所の空気と混ぜ合わされることによって上空の二酸化炭素が葉の表面に供給されます。この混ぜ合わさるという現象の多くを担っているのが「乱流」であると考えられています。

乱流とは「乱渦」と呼ばれる渦を巻くように上下左右に運動する空気の小さな固まりによって気体が運ばれる現象で、単純化すると丸い渦の働きで伝言ゲームのように気体が上下に交換されて(図-1)運ばれていくようなものであると考えることができます。日中に光合成が行われており、葉の表面では二酸化炭素濃度の低い空気が作られ、上空にはそれよりも二酸化炭素濃度の高い空気があるという条件で、空気中の上下方向の風速と二酸化炭素の濃度を測定すると、下から上へ移動する空気は二酸化炭素の濃度が低く、逆の場合には高いと考えることができます。

実際にこのような条件で観測を行ってみると、測定値にもそのような特徴が現れます(図-2)。この上下に移動する空気の量と気体濃度の変化を1秒間に10回程度測定し、両者の関係を解析することによって、その気体が実際に空気中を移動した量を計算することができます。今後はこのようにして得られたデータと他の手法を用いて観測された方法を比較して、より高い精度で森林の二酸化炭素吸収量の測定をしていきます。

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図-1乱流輸送の模式図

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図-2二酸化炭素濃度と鉛直風速の観測例 1999/9/4

森林土壌にみる養分陽イオンのリサイクル

土壌研究室 南部 桂

しばらく前から資源の「リサイクル」の大切さがいわれていますが、自然界では養分という資源をリサイクルして使い続けることが当然の仕組みとして働いています。ご存じのように樹木は土壌から吸収した養分の一部を落葉落枝(リター)として土壌へ還元し、再び養分として利用します。もし、そのようなリサイクルをしなければ、樹木の利用できる養分は、岩石が風化されるにつれて放出される物質と大気から供給される物質(雨の成分など)だけになります。森林の養分陽イオン(K+、Mg2+、Ca2+)のリサイクルを支える重要な、しかし今まであまり認識されていなかった機構をご紹介します。

そもそも、植物にとって養分陽イオンを吸収しやすい状態に保つことには大きなジレンマがあります。植物の吸収根はリター層(A0層)の下部からA層の上部にかけて密集していますが、リターに含まれる養分陽イオンを根域まで移動させるには土壌水に溶解する事(可溶化)が必要です。しかしその一方で、可溶化した物質は日本のように雨の多い地域では容易に洗い流され(溶脱され)て土壌から失われてしまいます。いつまでも水溶性イオンの状態で存在し続けると溶脱されてリサイクル効率が落ちてしまいます。

水溶性の養分陽イオンを土から逃がさない機構としてまず考えられるのは、陽イオンが「小出しに可溶化される」ことです。植物が吸収できないほど多量の養分が一度に可溶化されたら溶脱を受けやすいでしょう。そして、もう一つの機構は可溶化された養分陽イオンが再び土壌に保持されることです。このどちらの機構も「有機陰イオン」の特性により支えられていることが分かったのです。リター中の養分陽イオンは植物組織や腐植の陽イオン交換基に保持されていて移動できません。その陽イオンが可溶化するためには、対イオンとなる陰イオンが必要ですが、有機陰イオンがその役割の多くを果たしています。有機陰イオンの大部分は、リターが分解される際に主にリグニンやセルロース、ヘミセルロース成分が低分子化して可溶化した黄色い成分です。主に芳香族および多糖類の構造を持ち、カルボキシル基(-COO-)に富むことが知られています。有機陰イオンはリターの分解に伴って発生するため徐々に生成し、養分陽イオンを「小出しに」可溶化します。無機陰イオン(Cl-、NO3-、SO42-)がその役割を担ってもよさそうに思われるかも知れませんが、樹木のなかにはもともと少量のCl-やSO42-しか含まれていませんし、A0層では通常NO3-の生成は抑制されますので現実には寄与が小さい場合が多いです。有機陰イオンは土壌鉱物に吸着されやすいという性質がありますので、土壌中を浸透すると比較的速やかに土壌に保持されます。その結果、対イオンである養分陽イオンも土壌に保持され溶脱を免れます。結局、有機陰イオンは養分陽イオンをA0層から土壌表層に移動させる役割を果たしますが、それ以上は溶脱させないという点で無機陰イオンとは異なる特徴を持っています。

では、陽イオンはどんな場合でも、効率よくリサイクルされるのでしょうか。残念ながら、土壌表層で大量のNO3-が生成(硝酸化成)した場合には同じ電荷分の陽イオンが根域以下まで溶脱します。火山灰土壌を除いて、多くの土壌は硝酸イオンを保持する能力が低いからです。もちろんその際にはNO3-として大切な窒素も失われます。ただ、どのような場合に硝酸化成が起こるかは解明されていません。「当然の仕組み」のように思われる養分のリサイクルですが、その仕組みは完全には分かっていないのが実情です。当たり前と思っていた自然界の秩序が壊されて問題が生じる前に、仕組みを解明し保全に役立てたいと思います。

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図有機陰イオンが引き起こす落葉層から表層土壌への陽イオン移動の模式図

連載

ローテク測樹教室(3)
樹高曲線を描く

経営研究室 細田和男

毎木法によって林分材積を見積もるには、区画内のすべての立木の胸高直径と樹高を調べなければなりません。しかし、直径はともかくとして、樹高を全数測定するのは大変です。このため、立木の一部だけを抽出して実測し、胸高直径と樹高との平均的な関係を表す傾向線(樹高曲線)を作り、他の立木の樹高を推定するのが実務上の習慣になっています。抽出木の直径と樹高のデータから樹高曲線を作るには、いくつかの方法があります。

パソコンが普及した現在では、たいがいの表計算ソフトに組み込まれている、一次回帰分析の機能を使うのが合理的でしょう。樹高曲線は横軸を胸高直径、縦軸を樹高とすると、ほとんどの場合単調に増加する左上方に凸のカーブになります。直径や樹高のデータを対数などに変換した上で一次回帰式をあてはめれば、対数式やべき乗式などの樹高曲線がいとも簡単に得られます。

ただ余談ですが、このように変数変換して一次回帰させるのは、実は統計学的に正しい方法とはいえません。原データに対して最も誤差が少ない曲線式を求めるには、非線形最小二乗法と呼ばれる、もう少し高度な手法を用いる必要があります。

それはさておき回帰式法の他にも、パソコンはおろか電卓でさえ普及していなかった昔から使われている、伝統的な方法があります。それはフリーハンド法です。すなわち方眼紙上に直径と樹高の散布図を作り、目検討で傾向線を描いていく手技です。いまから30年以上前、京都府立大学の梶原幹弘先生(当時)はフリーハンドによる樹高曲線と回帰式によるそれを比較し、後者を真値とすれば前者は小径木で過小値、大径木で過大値を与えやすく、誤差が±2mぐらいになることもあるという実験結果を報告しています。

個人差が大きく、客観性に乏しいという欠点があるフリーハンド法ですが、回帰式法より有利なこともあります。それは、すべての直径階からバランスよく抽出木が選ばれていなかったり、異常なデータが含まれているケースです。下のグラフはわざと意地悪をした模擬的なデータに対して樹高曲線を作ったものです。

データに対する誤差が小さいのは回帰式のほうであるのは勿論ですが、皆さんの眼には回帰式とフリーハンドのどちらがより「もっともらしく」映るでしょうか。

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樹高曲線の例(実線:回帰式、破線:筆者のフリーハンド)

おしらせ

平成11年度研究検討会・推進会議開催される

さる2月9・10日に研究検討会が、2月25日に研究推進会議が関西支所会議室で開催され、関西支所の研究課題についての成果の発表と内容の検討が行われました。平成11年度は総計で44課題が実行され、そのうち12課題が完了しました。また、特別検討事項として「里山および生物多様性をキーワードとした研究の動向と今後の方向性」が取り上げられ、支所内でこれらの分野について経験豊富な研究者が話題提供を行い、それを元に議論が進められました。

「バイオネット」研究推進評価会議開催される

2月17日に、平成11年度からの環境庁国立機関公害防止等試験研究「生物間相互作用ネットワークの動態解析に基づく孤立化した森林生態系の修復技術に関する研究」の研究推進評価会議が開催されました。本会議には、名古屋大学農学部の柴田叡弌教授、京都大学生態学研究センターの中静透教授、農林水産技術会議の小向克之地域環境研究係長、同田中浩研究調査官が出席されました。

このプロジェクトは、鳥獣・昆虫・樹病・造林・土壌の5研究室と木曽試験地の担当者が参画し、平成11年度から平成14年にかけて行われるものです。フィールドとして奈良県の大台ヶ原山に大がかりな固定試験地を設けて複合的な実験的制御を行い、シカ・ネズミ・鳥類-ササなどの下層植生-樹木実生・土壌などの間にどのような相互関係があるかを調べています。