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年報第45号 主要な研究成果

1.スギ・ヒノキ人工林化が林床植物ミヤコアオイの種子生産に及ぼす影響

石田清(森林生態研究グループ)

1. はじめに

わが国の人工林は1990年代まで増加し続け、森林面積の約4割を占めるまでに至っている。生物多様性の維持・向上を図るための森林管理体系を構築するためには、人工林の造成・管理が植物の生物多様性(種多様性・遺伝的多様性)に及ぼす影響についての知見が必要である。人工林では、植栽後の時間が経過するに従って多様な植物種が侵入し、植生が再生していくと考えられるが、散布能力の低い種の侵入・定着は制限される。また、主要な植栽種であるスギ・ヒノキの場合、林床における春期の光量が落葉樹林よりも少なくなり、常緑性の多年生林床植物や春植物の生存率・繁殖量が減少している可能性がある。したがって、スギ・ヒノキ人工林化が植物多様性に及ぼす影響を評価するためには、その林床において、散布能力の低い常緑性林床植物や春植物の生存・繁殖・動態の実態を明らかにする必要がある。このような植物の一つとして、戦後の2次林伐採とスギ・ヒノキ植林地の増加で減少したと指摘されているアリ散布の常緑性多年生草本カンアオイ類(Asarumの常緑性種、またはHeterotropa)があげられる。本研究では、関西地域のスギ・ヒノキ人工林に多く見られるミヤコアオイ(A. asperum)を対象に、スギ・ヒノキ人工林と落葉広葉樹2次林における種子生産の実態を調査し、人工林化がこの種の繁殖に及ぼす影響を検討した。

2. 調査地および方法

調査は滋賀県志賀町の蓬莱山山麓(標高140~600m)にある共同試験地で行った。ミヤコアオイが生育するスギ・ヒノキ人工林14林分(林齢36~77年)と落葉広葉樹2次林14林分(12林分はコナラ・クヌギ・アベマキ林)に10m×10mの調査区を1ヶ所ずつ設定し、ミヤコアオイの花数・果実数・種子数を調べ、単位面積あたりの開花量(花数/コドラート)・種子生産量(種子数/コドラート)と結果率(果実数/花数)・結実種子数(果実あたりの種子数)を求めた。胸高直径5cm以上の木本の胸高直径と林床の光環境(結実期(5月)における相対光量子束密度)も測定した。人工林については森林簿に基づいて林齢を特定した。以上の調査に基づいて開花・種子生産過程と上層木(森林タイプ、胸高断面積合計、林齢、種組成)・標高・光環境との関係を分析した。

3. 結果と考察

ミヤコアオイの開花量、結果率及び種子生産量は、人工林の方が2次林よりも有意に少なかった(p<0.01、 表-1)。結実種子数については、森林タイプによる有意な差は認められなかった。人工林・2次林ともに開花量と上層木・光環境との関係は明瞭でなかったが、人工林の開花量は標高が高くなるほど減少する傾向が認められた(相関係数r = -0.56; p<0.05)。結果率は、2次林の光環境及び人工林の種組成との間に関係が認められ、2次林では林床が暗い林分ほど低く(p<0.01)、人工林ではヒノキ林の方がスギ林よりも低かった(p<0.05)。結実種子数については、人工林の林齢との間にのみ有意な関係が認められ(相関係数r=0.70; p<0.05)、若い人工林ほど結実種子数が少なくなる傾向が認められた。以上の結果から、人工林化はミヤコアオイの種子生産量を減少させており、その程度は1)高標高地、2)ヒノキ林、3)若い林分でより強くなることが明らかとなった。ミヤコアオイは関西地域のスギ・ヒノキ人工林に多く見られるにもかかわらず、人工林では種子生産量が減少し、実生定着も制限されていること(石田、未発表)から、人工林の多い地域では長期的にみるとミヤコアオイの遺伝的多様性が喪失し、集団が衰退していく可能性が高い。コナラ・クヌギ・アベマキ2次林が多い地域ではミヤコアオイの集団は維持されていくと予想されるが、薪炭林として利用されなくなり林床が暗くなった林分では繁殖量が減少し、個体数が減少していく可能性がある。

表-1 ミヤコアオイ集団の開花・繁殖量と繁殖形質。()内の数値とnは、それぞれ標準偏差とサンプル数を示す。
繁殖形質 落葉広葉樹二次林 スギ・ヒノキ人工林 ANOFA F
平均 n 平均 n 森林タイプ プロット
開花量 (花数/100m2) 38.21 (8.53) 14 12.21 (2.45) 14 8.58 **
結果率1) (果実数/花数) 0.58 (0.05) 12 0.28 (0.02) 9 28.73 **
結実種子数 (種子数/花) 13.74 (1.07) 248 14.42 (1.84) 37 0.33 ns 3.40***
種子生産量 (種子数/100m2) 329.5 (94.7) 14 44.9 (11.6) 14 9.54 **

注. ANOVA F=分散分析に基づくF値; 森林タイプ=森林タイプの効果によるF値; プロット=プロットの効果によるF値; ns=有意水準5%で有意差なし; ** p<0.01; *** p<0.001; 1) 10花以上のプロットを分析の対象とした。

2.地下部の資源をめぐるミズメ実生間の競争試験

宮本和樹(森林生態研究グループ)

1. はじめに

樹木個体間の競争は、個体レベルでは成長や生存に、より大きなレベルでは個体群構造や種組成などに影響をおよぽすと考えられる重要な要素である。地下部における樹木個体間の競争が個体の特性におよぼす影響と光環境の違いによる競争の影響の変化を明らかにするため、光条件の違いに顕著な反応を示し、短期間に旺盛な成長を示す落葉広葉樹ミズメの1年生苗をもちいて苗畑における植栽試験をおこない成長を追跡した。

2. 方法

試験デザインを図-1に示す。森林総合研究所関西支所の苗畑に繰り返しのための試験単位(ブロック)を5つ設定した。1つのブロックは異なる2つの光条件(明条件・暗条件)の寒冷遮から構成される。各寒冷遮内にはプロットとよばれる方形区(1m×1m)を6つ設置した。6つのプロットのうちの半分については、塩ビ板を地下部に挿入し、ミズメ個体間の競争を排除する処理を施した。このプロット内に4個体のミズメ苗を移植し、地際直径、上部シュート長、葉の展葉枚数を毎月記録した。プロット内の4個体のミズメ苗について、測定項目の平均値と変動係数をもちいて 競争の影響を評価した。

3. 結果と考察

2003年3月から9月におけるミズメ苗の地際直径の相対成長速度を図-2に示す。平均値については、光および光と地下部競争の交互作用が有意な効果としてみとめられた。これは、ミズメ苗の成長に影響をおよぽす主な要因は光であるが、地下部における個体間の競争も光条件の違いによって変化しつつ、個体の特性に影響をおよぽすことを示唆している。変動係数については、光条件にかかわらず「競争なし」のプロットの方が大きな値を示した。この原因のひとつとして、プロット内での栄養塩の不均質性が考えられる。しかしながら、各プロットの変動係数の値は平均値とくらべてばらつきが大きく、同一処理内で必ずしも傾向が一定していないので、成長が進むにつれて現在有意となっている地下部の競争の効果も消えてしまう可能性もある。シュート長と葉の着葉枚数については、平均値において北条件が有意となった(明条件で平均値が大きくなった)。特に葉の着葉枚数では「競争あり」の方が大きな値となった。一方、変動係数において有意な効果はみとめられなかった。

以上のように、現時点ではミズメの成長におよぽす主な要因は光のみであった。競争の効果は一定せず、測定項目によって異なるが、今後、個体サイズが大きくなり地下部資源が不足するになるにしたがい、地下部における競争の効果がより明瞭にあらわれてくるものと考えている。

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図-1 試験デザイン
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図-2 地際直径の相対成長速度の比較

3.滋賀県志賀町八屋戸の里山林土壌

金子真司(森林環境研究グループ)

1. はじめに

燃料革命以降、我が国の里山林は放置されてきたが、身近な自然として近年注目されるようになってきた。里山林はその性格上、強度の収奪が長年続いてきたために、土壌の有機物や養分が少ない傾向にあると予想される。しかしながら、里山林の主体となる落葉広葉樹二次林は林業上の価値が低いことから、スギ・ヒノキ人工林や奥地の天然林に比べて土壌についての研究は少ない。また里山林が分布する平地から山地にかけては地形が複雑で土壌タイプも変化に富んでいる。これらの理由から、里山林土壌の解明は遅れており、土壌調査や性質の把握が求められている。そこで、里山林土壌の1事例として滋賀県比良山麓において行った土壌調査およびその土壌の理化学性質について報告する。

2. 調査地の特徴

調査地は滋賀県滋賀郡志賀町八屋戸(N35°11’、E135°4’、海抜300m)のアカマツを交えた落葉広葉樹を主体とする二次林である。地形は完新世に形成された礫の多い堆積物からなる扇状地であり、この堆積物の供給源である上部山地は泥岩を主とする中・古生代の堆積岩である(滋賀県1984)。平均気温および年降水量は琵琶湖岸の南小松で14.1℃および1,971.4mmである(彦根地方気象台1993)。

3. 土壌性質

八屋戸土壌はA1層からC層まで全層にわたり土壌構造が良く発達していることから、乾燥しやすい特徴をもつ適潤性褐色森林土(偏乾亜型:BD(d))と判定した。乾燥しやすい理由は、礫の多い扇状地上に位置し排水が良好なためと推察された。土壌のpH(H20)は各層とも4.7以下と酸性が強く、塩基飽和度が全層で3.1%以下と低いことから、土壌は貧栄養の状態にある。その他に調査土壌の特徴として火山灰の混入の可能性が指摘できる。その根拠は、(1)粒径分析の際にアルカリ溶液で粘土が分散しなかったこと、(2)pH(H20)とpH(KCl)の差は0.36–0.77とやや小さいこと、(3)塩基飽和度が小さいこと、(4)シュウ酸可溶のアルミニウム(Alo)含量がやや高いことがあげられる。ただし、粒径分析において上澄液を捨てると2回目はアルカリ溶液で分散したので、火山灰の混入程度は少ないと判断される。

土壌断面記載

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HA:0~+2cm、5YR2/2、粒状構造
A1:0~-10cm・10YR3/4・CL・頁岩およびチャートの粗粒亜角礫少し含む・粒状および亜角塊状構造発達強度、硬度11、小根あり、中根含む、大根あり、次層へ平坦漸変
A2:10~30cm、10YR3/2、CL、頁岩およびチャートの粗粒亜角礫少し含む、亜角塊状構造発達中度、硬度11、小根あり、中根含む、大根あり、次層へ平坦漸変
B:30~60cm、10YR3/4、CL、頁岩およびチャートの粗粒亜角礫多い、亜角塊状構造発達中度、硬度12、根なし、次層へ平坦判然
CC:60~80cm+、10YR3/4、CL、頁岩およびチャートの粗粒亜角礫富む、中亜角塊状構造発達強度、硬度12、根なし

表-1 八屋戸土壌の理化学性質
Hori. pH Y1 CEC exch. Ca exch. Mg exch. K exch. Na B. Satur. T-C T-N C/N Sand Silt Clay Alo Feo
(H20) (KCl) cmolc・kg-1   (%) (%) (%) (%) (%) (%) (%) (%)
HA 3.50 3.14 45.9 63.7 0.33 0.93 0.39 0.32 3.1 29.75 1.18 25.1 34.7 42 23 0.69 0.64
A1 4.64 3.87 18.1 32.7 0.02 0.08 0.10 0.03 0.7 8.17 0.37 22.2 31.0 47 22 1.26 1.24
A2 4.54 4.08 7.2 15.1 0.05 0.04 0.06 0.03 1.2 2.00 0.10 20.7 44.2 52 4 0.97 1.16
B 4.50 4.01 9.9 14.5 0.09 0.05 0.04 0.02 1.3 1.18 0.08 15.4 43.2 43 14 0.90 1.11
C 4.67 4.10 5.7 16.4 0.10 0.04 0.03 0.02 1.1 0.90 0.06 14.9 49.9 45 5 0.83 0.89

参考文献

滋賀県(1984):5万分の1土地分類基本調査(北小松)、表層地質図

彦根地方気象台編(1993):滋賀県の気象

4.山城試験地における夜間葉群呼吸量の季節変動特性

深山貴文・小南裕志・玉井幸治(森林環境研究グループ)・後藤義明(大気-森林系チーム)

1. はじめに

山城試験地では森林の二酸化炭素の年間吸収量や吸収特性を求めるため、乱流変動法による大気一森林間の二酸化炭素交換量の連続観測が行われている。しかし夜間に風が弱い場合、乱流変動法による測定は信頼性が低くなり、チャンバー法等によって得られた推定値で測定を補完する必要があった。そこで、本研究では山城試験地における夜間の葉群呼吸量を自動葉群チャンバーによって連続観測し、夜間葉群呼吸量の季節変動特性を求めることとした。

2. 試験地と方法

試験地は京都府南部の相楽郡山城町に位置する山城水文試験地である。本試験地は風化花商岩を表層地質とする丘陵部に位置し、標高220m、流域面積1.6haの流域試験地である。植生としてはコナラ、ソヨゴ等の落葉樹と常緑樹の混交林で、それぞれの胸高断面積合計は13.3m2ha-1と6.3m2ha-1、平均樹高は約10mである。観測に用いた自動葉群チャンバーは、幅36cm、長さ50cm、高さ30cmで54Lの容積を持ち、ガラス板で構成されている。底面は全面が換気口となっており、これがモーターによって自動的に開閉する。測定問隔は30分とし、5分間チャンバーを密閉させ、2分間のCO2濃度の変化量から夜間呼吸量の測定を行った。夜間呼吸量は毎週計測したチャンバー内の葉数と平均葉面積を乗じた総葉面積により、単位葉面積あたりに換算した。CO2濃度は毎分1Lの空気流量で循環させ、二酸化炭素濃度計(Li-cor製、LI-800)によって測定した。観測期問は2003年1月1日から同年12月31日までとし、山城試験地尾根上のコナラとソヨゴの樹冠最上部と最下部の計4カ所において連続観測を行った。最上部と最下部の値は9月に測定した相対照度と葉重の垂直分布の結果に基づき加重平均を行って垂直方向での平均値を求め、これをコナラとソヨゴの夜間平均呼吸量とした。また、この平均値に群落の常緑樹と落葉樹の葉面積をそれぞれ乗じて群落全体の葉群呼吸量を推定した。

3. 結果及び考察

図-1に気温とコナラの夜間平均呼吸量(FfQ)の関係を示す。図中のDOYはDay of yearの略で1/1を1とした経過日数を意味する。成長期初期の100日目から201日目までは開葉や開花等に伴う大きな構成呼吸が観測され、その後の維持呼吸のみの期間に比べて大きな値を示した。気温と構成呼吸の間には、構成呼吸のピークまでは正の相関、ピーク後は気温が上昇し続けたにもかかわらず構成呼吸が低下したため負の相関が認められ、それぞれ温度との関係式が求められた。気温とソヨゴの夜間平均呼吸量の間には年間を通じて良好な正の相関が認められ、関係式が求められた。コナラとソヨゴの関係式が、それぞれ落葉広葉樹と常緑広葉樹全体を代表すると仮定して葉面積を乗じて求めた群落全体の葉群呼吸量の季節変化を図-2に示す。灰色部分が落葉広葉樹の構成呼吸部分、白部分が落葉広葉樹の維持呼吸部分、黒部分が常緑広葉樹の全体の呼吸である。成長期初期に構成呼吸の増加によってピークが生じた後、再び気温のピークによって全体の維持呼吸がピークを形成する季節変動特性が求められた。この構成呼吸を評価しない場合、夜間平均葉群呼吸量は13%の過小評価となるため、山城試験地において構成呼吸は無視できない部分と考えられる。開葉期の連続観測はこれまで手法的に困難とされてきたが、今後は自動葉群チャンバー等を利用することにより成長呼吸を含めた観測を行うことが重要と思われる。

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図-1 気温とコナラの夜間平均呼吸量の関係

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図-2 夜間葉群呼吸量の季節変動

5.特異的PCRプライマーによるスギ・ヒノキ暗色枝枯病菌の検出

宮下俊一郎(生物多様性研究グループ)

1. はじめに

スギ・ヒノキ暗色枝枯病の簡易・迅速診断及び感染生態・病徴進展機構解析のための手段としてPCR法による本病原 菌の特異的検出法の開発を行った。先行研究において、分子系統解析の結果からスギ・ヒノキ暗色枝枯病菌(Guignaridia cryptomeriae)がBotryosphaeria属に属する菌であることが支持され、本菌の中に異なる二つのグループの存在する事を示した(関西支所年報第42号参照)。そこで本研究では、これまでに決定した本菌菌株のDNA塩基配列データに基づいてスギ・ヒノキ暗色枝枯病菌に対する特異性の高いPCRプライマーを作成し、罹病患部材片から本菌を特異的に検出する手法の開発を行うことにした。

2. 方法

これまでに決定した暗色枝枯病菌各菌株のDNA塩基配列データからすべての菌株で配列が共通な領域を抽出した。その中からDNAデータバンクの配列データとの検索によって暗色枝枯病菌に対する特異性が最も高いと考えられる配列部分を選抜した。これをもとにPCRプライマーを構築し、実際にPCRを行って暗色枝枯病菌から抽出したDNAからPCR産物が得られるかどうかを確認した。さらに、暗色枝枯病菌と同じ科に属し、分類学的に近縁と考えられるいくつかの菌を用いて同様にPCRを行い、特異性の検証を行った。

次に、罹病木患部から採取した材片から直接暗色枝枯病菌DNAの検出を試みた。組織分離によって暗色枝枯病菌が分 離されることを確認した材片を磨砕してDNAを抽出し、暗色枝枯病菌特異的プライマーを用いてPCRを行った。

3. 結果と考察

各菌株のDM塩基配列データを解析し、供試したすべての菌株で配列が完全に一致している領域を抽出した。その中からDNAデータバンクの配列データとの検索により、最も本菌に対する特異性が高く、PCRプライマーとして適正と考えられる配列を選定した。本プライマーを用いてPCRを行った結果、供試した全ての暗色枝枯病菌菌株でPCRによる増幅産物が確認されたのに対して、暗色枝枯病菌以外の菌株からは増幅産物は検出されなかった(図-1)。

罹病患部の磨砕材片からDNAを抽出し、暗色枝枯病菌特異的プライマーによるPCRを行った結果、材片から組織分離された暗色枝枯病菌の培養菌糸体から抽出したDNAと同様にPCR産物が得られた。また、それらPCR産物のサイズは既存の暗色枝枯病菌菌株から抽出したDNAのPCR産物とも一致した(図-2)。以上の結果から、本PCRプライマーはスギ・ヒノキ暗色枝枯病菌の検出に有効であると考えられた。

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図-1 暗色枝枯病菌特異的プライマーと糸状菌の普遍的検出用プライマーとのミックス・プライマーを用い、各菌株DNAを鋳型としたPCRを行った。レーン1-8は暗色枝枯病菌以外の菌、9-15は暗色枝枯病菌。普遍的検出用プライマーによるPCR産物はすべてのレーンで検出されたが(矢印1)、暗色枝枯病菌特異的プライマーによる産物はレ一ン9-15においてのみ検出された(矢印2)。

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図-2 暗色枝枯病菌特異的プライマーを用い、罹病患部材片DNA(レーン1、2)、患部から分離された暗色枝枯病菌菌株DNA(レーン3)および既存の暗色枝枯病菌菌株DNAを鋳型としたPCRを行った。患部材片からも既存の暗色枝枯病菌菌株と同じサイズのPCR産物が検出された(矢印)。

6.針葉樹人工林の健全性低下による集団枯損

黒田慶子(生物被害研究グループ)

1. はじめに

2001~02年に関西地域で発生した針葉樹枯損の状況から、スギ・ヒノキ壮麗林では枯損や材質劣化が増加しているように見受けられた。材価の低迷から人工林の伐期が延期される傾向があるが、森林として維持可能かどうか検討されたのか疑問である。近年の枯損や材質劣化の原因を明らかにし、人工林の今後の管理方針について検討する必要がある。

2. 試料と方法

2001年と2002年に滋賀県と京都府の人工林で発生した集団枯損の現地で、環境、気象の変動、病虫害、施業履歴などにっいて調査を行った。一部の被害個体を伐倒し、菌の感染や昆虫の侵入状況を調べるとともに解剖学的観察を行った。その結果や過去の気象データ(アメダス)から原因を追求し、枯損や材質低下促進の要因を検討した。

3. 結果と考察

滋賀県余呉町のスギの枯損:2002年5月にスギの梢端枯れの発生が確認された。同地域では広い範囲で枯損木が点在した。20~40年生の被害林分では枝打ちと間伐が遅れ、水田に接する不適切地への植栽も目立った。梢端枯損木にはスギカミキリの加害が多かった。樹幹には赤枯病に起因する溝腐病かモミサルノコシカケによる非赤枯性溝腐病が認められた。梢端枯損木(22年生)の樹幹断面では形成層の壊死、暗色枝枯病の感染による木部の変色、腐朽が認められた(図-1、矢印)。また、甲虫類の侵入と推定される穴があり、虫害と腐朽菌感染の関係について基礎的な調査が必要であろう。間伐と枝打ちは長らく延期されたあと、最近行われており、それ以前の林内は暗く病虫害を促進しやすい環境であったと推定された。菌の感染により木部に変色や腐朽が広がり、水分通導が極度に阻害されて枯死したものと判断した。同地域ではかなり高率で病虫被害木が存在していると推測され。今後も枯損が多発する可能性がある。腐朽個体は材として利用できないので、このまま育林するかどうか検討する必要がある。

滋賀県大津市のヒノキの突然枯死:2001年夏に仰木峠付近で60年生ヒノキの集団枯損が発生した。伐根では罹病の痕跡は認められなかった。30年前に林地肥培を行ったため樹幹の肥大成長が非常に良かった。林地は薄い土壌の下は礫質のため、根系は貧弱であったと推測され、大きな樹冠部を維持するだけの水分が供給できなかったのではないかと考えられる。周囲の30年林分では、肥沃地に発生しやすい「とっくり病」の病徴が多数の個体で認められた。樹幹断面では材の変色と腐朽が認められ、スギノアカネトラカミキリの加害によると推定された。

京都府福知山のヒノキ人工林の集団枯損:林齢34の林分で2001年6月に集団枯損が発見された。枯損57本、部分枯損31本以上であった。枯損木断面ではキクイムシ類の侵入と青変菌の感染が認められたが、部分枯損木には昆虫や微生物の侵入はなかった。健全葉上にはすす病菌が付着し、枯損葉に葉ふるい病菌Lophodermium chamaecyparidisの子実体が見られたが、これらの病原性は低く、枯損の原因ではないと判断した。枝打ちと間伐不足により高密度で暗い林であったこと、2002年の5月は例年より雨量が少なかったことから、かなりの水不足に陥っていた可能性があるが、現地調査では確認できなかった。

問題点と今後の対策:森林の役割は、材の生産から住民や野生動物に好ましい環境を維持する方向に変化しつつある。このような意識の変化と経済上の問題から、森林所有者は積極的な管理をしなくなった。今回調査した林分では、病虫害により樹幹の水分通導が著しく低下し、水分不足で枯死している例が多かった。病原菌の感染や害虫の侵入は枝打ちや間伐遅れによる高湿度で暗い林内で促進される。また、拡大造林期の不適切地への植栽や、施肥により成長を促進しすぎた場合も、気象変動や病虫害の影響が大きいことが確認された。森林衰退については、温暖化や大気汚染との関係に注目するだけでなく、不適切な施業による森林の健全性低下にも目を向けるべきである。管理不備の状態が続くならば人工林は枯損や腐朽で荒廃することになる。100年以上の長伐期への移行については、特にその可否の見極めが重要である。

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図-1 スギの梢端損木断面
暗色枝枯病菌感染(矢印)による変色と水分通導停止、および腐朽菌の感染

7.サビマダラオオホソカタムシのマツ枯損被害地における放飼試験(2回目)

浦野忠久(生物被害研究グループ)

1.はじめに

2002年度より、マツノマダラカミキリ(以下カミキリ)生物的防除を目的としたサビマダラオオホソカタムシ(以下ホソカタムシ)の、マツ枯損被害地における放飼試験を開始した。2002年度の結果は、ホソカタムシ成虫を放飼した全供試木内の寄生率が47%であり、死亡原因不明を加えるとカミキリの死亡率は77%に達した。本年度、同一試験地で2回目の放飼試験を行ったのでその結果を報告する。

2. 材料と方法

近江富士花緑公園(滋賀県野洲町)内のマツ林を試験地とし、2002年にマツ材線虫病で枯死したと思われるアカマツ18本を供試木とした。この内9本に2003年5月、ホソカタムシ成虫を1本あたり50、100、200個体の3通りで3本ずつ、合計1,050個体放飼した(放飼木)。放飼用のホソカタムシは室内飼育で2002年に羽化したものを用いた。残り9本は放飼木と同一林分内の桔死木で、これらにはホソカタムシを放飼せず、放飼木上のホソカタムシが移動して寄生するかどうかを確認するために設定した(無放飼木)。これらすべての供試木を6月上旬から7月中旬にかけて伐倒回収し、関西支所で剥皮割材した。

3. 結果と考察

放飼木材内のカミキリ78個体のうち24個体がホソカタムシによる明らかな寄生を受けており、全体の寄生率は31%であった(図-1a)。寄生率には供試木ごとに大きなばらっきがあった(供試木ごとの最高80%、最低0%)。放飼木材内には前年度試験と同じく死亡原因不明のカミキリがとくに成虫の段階で数多く認められ、全体の54%を占めた。これらの中には寄生したホソカタムシが発育途中で死亡したものが多く含まれるものと推定された。これらを合計した放飼木におけるカミキリ死亡率は85%に達し、無放飼木の死亡率5%と比較すると、放飼による防除効果は明らかであった。一方無放飼木では材内におけるホソカタムシによる明らかな寄生は認められず、カミキリ生存率は72%であった。放飼木と無放飼木間の距離は360~660mであったが、無放飼木における明らかな寄生は1例も認められず、放飼木から移動した成虫による寄生は生じなかったものと推定される。本年度の供試木ではオオコクヌストおよびキツツキによる捕食の痕跡が数多く認められ、図一1aのデータに明らかに捕食を受けたと思われるカミキリ蠕室数を加えて死亡率を再計算すると、両者の捕食によるカミキリ死亡率は放飼木で47%、無放飼木で51%に達した(図-1b)。したがってホソカタムシの放飼以前にこれらの捕食により、材内のカミキリ密度がかなり低下していたものと考えられる。

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図-1 各供試木材内におけるマツノマダラカミキリ各死亡要因の占める割合の集計値。オオコクヌストおよびキツツキの捕食を(a)含まない場合と(b)含む場合。グラフ上の数字は各供試木における合計個体数。「被寄生」はサビマダラオオホソカタムシの寄生による死亡を示す。

 

8.2000年国勢調査から見る林業作業者数の変化

田中亘(森林資源管理研究グループ)

1.はじめに

本研究の目的は、2000年国勢調査から読み取れる新しい林業労働力参入の動向を把握し、労働力の将来推計を行うことである。1990年代を通じて顕著だった若年層あるいは都市部からの林業労働への新規参入が2000年時点で数字としてどのように国勢調査に反映されたか、またその動きが林業労働力の将来動向に対してどれだけの影響を与えるものか、について検討する。

2. 結果

産業分類上での林業従事者のうち、職業上で林業作業者に分類される者(以下、林業作業者)は、1985年の96,381人から73,337人(1990年)、58,754人(1995年)、46,868人(2000年)と5年ごとに順に24%減、20%減、20%減と平均して約20%の減少を見ている。したがって、この15年間では過半が減少した計算になる。 各コーホートの増減率を調査期間別に図一1に示す。1985~1990年の5年間では、20歳代のコーホートで増加していたが、30歳代以上のコーホートでは軒並み減少している。続く!990~1995年の5年間では、増加したコーホートが前期間と比較して20歳~44歳までと拡大したことが特徴である。最近の1995年~2000年の5年間では、さらに増加したコーホートの年齢の上限が高くなっている。20歳~59歳のコーホートまで増加が見られ、60歳以上のコーホートから減少が見られるようになったという変化である。つまりここにきて、一般的な生産年齢のコーホートでは他産業から林業への流入超過の状態になっていることがわかる。

林業作業者数の将来予測では①1985~2000年の3期間め平均コーホート変化率と②1995年~2000年の1期問の同変化率の2種を用いる。それら変化率と2000年国勢調査の林業作業者数を乗じるが、以降の年次の15~19歳コーホートにおける初期参入は一定と仮定する。2通りの推計を行った結果が図一2である。①の場合、2015年までは減少率が20%を越えており、現状と同様に35千人、26千人、21千人と急速な減少が続く。その後は率は鈍化しながらも2050年(14千人)まで減少が続くことが推計された。②の場合、20!0年までは20%程度の減少率で推移するが、その後減少率は低下し、2025年(24千人)を底にして増加に転じる。2050年には26千人に達すると推計された。

3. 考察

1995~2000年の5年間におけるコーホートごとの増減率にもとづいた将来推計では、林業作業者数が2025年を底に緩やかに回復することが示された。回復する要因としては、2000年までの5年間に増加したコ}ホートの年齢が以前よりさらに上昇したことが考えられる。

ただし、実際に本研究において示した将来推計通りに推移するかどうかについては、いくつかの不安要素が既に存在する。ここでは2点あげる。まず1つは、2003年現在、林野庁による「緑の雇用」事業によって数多くの者が林業へ新規参入しており、既に1995年から2000年までの増加率とは異なっていると推測される点である。そしてもう1つは、日本全国の総人口が今後減少局面に入ることが予想されている点である。国立社会保障・人口問題研究所によれぱ、日本の人口は2006年をピークにして減少し始め、2050年には2000年に比べて約20%減少することが予想されている。総人口の減少が林業作業者数の動向にどのような影響を与えるかについては、今後さらに研究を進めていく必要がある。

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図-1 コーホート別林業作業者数の増減率
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図-2 林業作業者数の将来推計