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年報第45号 関西支所研究発表会記録

シカを捕るだけでは森林は蘇らない

日野輝明(野生鳥獣類管理チーム長)

1. はじめに

吉野熊野国立公園の核心部を形成する奈良県大台ヶ原は、西日本で最大級の原生的自然林が孤立化して残されていることから、環境省特別保護区に指定されている。しかしながら、近年高密度化したニホンジカによる実生や樹皮の食害が著しく森林の存続が危ぶまれるほどになってきた。環境省は大台ヶ原の損なわれた森林生態系を取り戻すために、2003年1月に施行された自然再生推進法に基づいて、森林環境で最初の自然再生事業を開始した。この事業を効果的に推進していくためには、新たな管理手法の導入にともなって生態系がどのように変化するかを予測していく必要がある。そのためには、「生態系過程」すなわち生態系を構成する生物間の相互作用や物質の循環についての情報が欠かせない。私たちは、この自然再生事業に先駆けて1997年より、大台ヶ原の主要群落の1つであるブナーウラジロモミーミヤコザサ群落において、ニホンジカ、野ネズミ、ミヤコザサの除去を複合的に組み合わせた実験区を設置し、森林下層部の植物群落、無脊椎動物群集、土壌などの構成や性質の年変化や季節変化についての定量的なモニタリング調査を行ってきた。また、ニホンジカの密度の違いによる植生や鳥群集の比較調査及びシカーササー土壌の窒素循環動態のモデル構築を行ってきた。私たちのこのような成果は、大台ヶ原の自然再生事業に対してどう貢献していけるであろうか。

2. 生物間相互作用ネットワークの解明

ミヤコザサはほぼ1年サイクルで、葉と桿の生産と枯死をくりかえす。大台ヶ原には、平均で20-30頭/km2のニホンジカが生息しており、無雪期の餌の大部分をミヤコザサに依存している。重要なのは、ニホンジカ個体群の消費量にミヤコザサ全体の生産量が等しく、両者が互いに安定な平衡状態にあると考えられることである。そのため、シカを除去すると、この平衡関係が崩れて成長速度の速いミヤコザサの地上部現存量がわずか5年間で8倍近くまで増加してしまう。ニホンジカとミヤコザサは大台ヶ原の森林生態系を支配している2大キーストーン種であり、両種の動態は生態系内の他の生物の多様性に大きな影響を及ぼす。ニホンジカが増えれば、剥皮による枯死木が増える。樹木の実生は、ニホンジカが多いほど食べられて数を減らすが、ニホンジカが少ないと今度はミヤコザサの被圧によって数を減らす。鳥は、ニホンジカが多くて枯死木が多いと樹洞営巣性の鳥が増え、逆にニホンジカが少なくてミヤコザサが増えると藪を好む鳥が増える。地表で活動する無脊椎動物は、現在の大台ヶ原の状態で最も多様性が高いのに対して、土壌中に生息する無脊椎動物はササが多いほど多様性が高くなる。したがって、すべての生物の多様性が最大になるようなニホンジカ密度やミヤコザサ現存量というものは存在しないことが分かった。

3. 生態系動態モデルの構築と生態系管理手法の提案

大台ヶ原の森林生態系の動態を予想するための基礎モデルとして、ニホンジカーミヤコザサー土壌の間の窒素循環の動態にっいてのモデルを作成した。すなわち、ニホンジカによって食べられなかったミヤコザサはリターとして、ニホンジカによって食べられたミヤコザサは死体や糞尿として土壌にかえり、それが養分として再びミヤコザサに吸収されるというプロセスをすべて実測してモデルを組み立てるのである。さらに、このモデルを拡張させてシカの個体数とミヤコザサの現存量管理、それにともなう樹木、実生、鳥類、地表節足動物、土壌動物の個体数や多様性の変化についてもモデルに組み込んだ。検討した結果、シカの現在密度の3分の1程度で生物多様性が最も高くなると予測された。この生態系動態モデルを使って、森林生態系再生のための管理手法を検討した。ニホンジカを現在の密度のまま放置すると、更新の阻害と樹木の枯死によって森林は衰退の一途をたどることが予想されるため、ニホンジカの個体数調整を早急に行う必要がある。ところが、個体数調整によってニホンジカの数が減少すると、平衡関係が崩れて、成長速度の大きいミヤコザサの現存量が最大値近くまで回復するために、天然更新が進まなくなることが予想された。また、個体数調整を中断すると、ニホンジカの数とササ現存量の間にサイクル変動が生じることや、ニホンジカを直接取り除かなくても、ミヤコザサの刈り取りによってニホンジカの個体数を抑えることができることなども予想された。したがって、大台ヶ原の森林生態系を再生するためには、ニホンジカの個体数調整とミヤコザサの刈り取りを同時にかつ継続的に行いながら、それぞれを適正な密度に維持していく必要があることが分かった。

4. おわりに

私たちの構築した生態系動態モデルは、いくつかの非現実的な仮定を含んでおり、今後より現実的なものにしていく必要がある。また、特定の群落のデータに基づいて作られており、全体にそのまま適用することができない。しかし、生態系とはそもそも不確実なものであり、正確に予測できるものではない。現段階でできる範囲で、生態系の動態について予測をし、管理手法についての方針を提案することは、自然再生における予防原則の意味でも有効であろう。

森林更新をめぐるシカとネズミとササの複雑な関係

伊東宏樹(森林生態研究グループ)・高畑義啓(生物被害研究グループ)

1. はじめに

森林生態系において、動物は楠物に対してさまざまな影響を及ぽしている。大台ヶ原においては、例えば、ニホンジカ(以下「シカ」とする)が、ウラジロモミやトウヒなどの樹木を剥皮し、枯らすことがある。これにより、林内が明るくなると、ササなどの林床植生がよく茂るようになり、樹木の実生を被陰することがあるものと考えられる。ここで、シカやネズミ類がササなどの林床植生を食べると、林床植生が減ることにより林床面が明るくなり、実生がよく育つようになるかもしれない。しかし、シカやネズミ類は樹木の実生も採食する。実際のところ、林床植生を減らすことによる間接的なプラスの効果と、実生を食べるという直接的なマイナスの効果のどちらの方が大きいのか、本研究ではこの点について検討した。

2. 方法

大台ヶ原において20m×20mの大きさの野外実験区を5ケ所設置し、この中で、シカ・ネズミ類・ササ類のそれぞれについて排除処理をおこなう野外実験をおこなった。処理の組み合わせの数は、3要因の排除/非排除の組み合わせにより、8とおり(=2×2×2)となる。本実験区では、ネズミ類としてはアカネズミおよびヒメネズミ(以下、ネズミ)が生息しており、ササ類としてはミヤコザサ(以下、ササ)が生育していた。それぞれの処理の組み合わせについて、1997年に発生してきたウラジロモミの実生が2002年までにどれだけ生き残っていたかを比較した。

3. 結果と考察

図-1に結巣を示す。まず、実生の発生数についてみてみる。図中の2段の棒をあわせた高さが実生の発生数となる。全体として、ネズミ排除処理区では、対照区よりも実生の発生数が多い傾向があった。これは、ネズミが、ウラジロモミの種子か、あるいは発芽後早い段階の実生を食べているためだと考えられた。ただし、この傾向は実験区によってバラつきがあり、上層木からの種子供給などの条件によって左右される可能性がある。次に、生存数と死亡数とを比較してみる。シカ排除処理区(図一1で、シカに×がつけられている処理区)では、対照区(図-1で、シカに○がつけられている処理区)よりも死亡の割合が低いことがわかった。同様に、ササ刈取り処理区(図-1で、ササに×がつけられている処理区)と対照区(図-1で、ササに○がつけられている処理区)とを比較すると・前者の方で死亡の割合が低いこと三くわかつた'れらは糸売計的にも有意な差があると認められ(ともにp<0.001、実生の生死を目的変数とした一般化線形混合モデル、実験区の違いが切片にランダムに影響するとした)・また両者の大きさを比較するとシカの影響の方が大きいこともわかった。ネズミについては有意な効果は認められなかった。発芽後の実生についてはそれほど大きな影響を与えていないのではないかと考えられた

一方、シカ・ネズミがササを食べることによる間接的なプラスの効果は、1997年に発生したウラジロモミでは明瞭ではなかった。これには、発生してきたのが実験開始直後で、そのころにはまだササが十分には回復していなかったということも関係しているものと考えられる。また、もっと被陰に弱い他の処理樹種ならば、ササの影響が大きくなり、そのため動物一ササの間接的な効巣も大きくなるかもしれない。こうした点についてさらに解析する必要がある。

graph

図-1 各処理の組み合わせにおけるウラジロモミ実生の生存数および死亡数

シカはササを食べて森林土壌を変える

古澤仁美(森林環境研究グループ)

1. はじめに

最近目本各地の森林でニホンジカ(以下シカという)が増えているといわれ、シカが植物を採食することによって植物の種類や量が変わったという報告がされている。日本中央に位置する大台ヶ原でもシカの密度が高く、森林の植物に大きな影響を与えている。大台ヶ原では、シカは森林の林床を一面に覆っているミヤコザサ(以下ササという)を主なエサにしている。そのためササは10cm位の高さで刈り込まれたようになっているが、もしもシカの採食をうけなければササは本来90cm~100cmの高さになる植物である。ササが林床を覆うことには森林にとって重要な役割が3つある。1っめは、ササとその落葉(リター)の養分貯蔵庫としての役割である。ササは、毎年新しい地上部(葉と稈)をだし、昨年に成長したササの地上部は秋までに枯れてリターとなって土壌の表面に蓄積する。ササの現存量が大きいほど毎年のリター量も多くなる。リターの中にはササが吸収した養分が入っているが、リター中の養分はリターがだんだん分解されていくにしたがって土壌中へ入り込んでそこで蓄積したり、植物が吸収できる養分に変化したりする。2つめは、雨で土壌やリターが流されることを防ぐ(森林から養分が失われることを防ぐ)役割である。3つめは、土壌の温度の変化をやわらげたり、水分状態を変化させることである。シカはササを食べてササの現存量を減らすことでこれらのササの効果を変えている可能性がある。そこで、ササが林床に優占する針広混交林において、1997年春にシカの排除とササの刈り取り除去を組み合わせた実験区を設けて、ササとシカが土壌中の養分、土壌とリターの移動量、土壌の温度・水分にどのような影響を与えているか継続的に調査した。処理区はシカ除去・ササあり区、シカ除去・ササ刈り区、シカあり・ササあり区、そしてシカあり・ササ刈り区の4つである。シカあり・ササあり区が対照区(現在の大台ヶ原の状態)である。

2. シカが土壌におよぼす影響

シカ除去・ササあり区では年数がたつとともにササの地上部現存量が大きくなり、2000年以降は横ばいになった。植物にとって重要な養分の1つであるアンモニウムイオンに着目すると、2000年以降、土壌中でアンモニウムイオンが発生する速度や土壌中の水溶性アンモニウムイオン濃度はササあり区の方がササ刈り区より高い傾向があった。土壌中では微生物がリターをエネルギー源として利用し、有機態の窒素を無機化してアンモニウムイオンをつくり出している。ササ刈り区では毎年落とされるササリターが少なくなったために微生物の活性が低下したと考えられた。一方、ササの地上部現存量の大きいシカ除去・ササあり区では、アンモニウムイオン発生速度が大きくなる傾向が認められた。

シカを除去して3年経過した2000年に土壌とリターの移動量を測定したところ、ササの地上部現存量が大きいほど移動量が小さくなる関係が認められた。シカ除去・ササあり区では、ササの地上部現存量が大きかったためリターおよび土壌の移動量は日本のいろいろな広葉樹林で過去に測定された値と同程度であった。それに対して対照区ではリターおよび土壌の移動量は他の広葉樹林における測定値の約1.2~4.3倍であることが明らかになった。

シカ除去・ササあり区の土壌の温度は、対照区と比べて夏に低く冬に高い傾向があり、2つの区の温度差は1999年頃から年々拡大していった。温度差が拡大しているのは、シカを除去することでササの地上部現存量が年々大きくなり日光を遮断するようになったためと考えられた。シカを除去して4年後の2001年には、8月の月平均地温がシカ除去・ササあり区で対照区より2℃低くなった。この差は小さいように感じられるが、土壌動物の種類や数には影響を及ぽす可能性がある。

また、地表面下6cm深の水分状態については、シカ除去・ササあり区の土壌は他の区に比べて最も乾燥する傾向があり、ササによる蒸散の影響と考えられた。次いでシカあり・ササ刈り区で乾きやすい傾向があった。この区では、ササの量が最も少なくて土の表面が見える状態になっている。そのため土の表面から水分が蒸発しやすいと考えられた。ササの量が中程度であった対照区で最も湿潤状態であった。これらのことから、表層土壌を湿潤状態に保っには現在の大台ヶ原のササの量がちょうど良いと考えられた。

以上のように、シカがササを減らすことで土壌に様々な影響を与えていることが明らかになった。大台ヶ原の生態系をどのように管理していけば良いかを考えるときには、それらの管理が土壌へ与える影響も考慮する必要がある。

シカがササを食べるとむしの数や多様性はどう変化するだろうか

上田明良(北海道支所森林生物研究グループ)・伊藤雅道(横浜国立大学大学院環境情報研究院)

1. はじめに

シカによる森林衰退が著しい地域では、シカを除去する対策が行われている。これによって下層植生の量は豊富になるが、昆虫、クモ、土壌動物などのむしの数や多様性も豊富になるのであろうか。大台ヶ原で最も優占している下層植生であるミヤコザサ(以下ササと略す)とシカを操作する試験区を設け、シカがササを食べることによって生じるむしの数と多様性への間接効果を明らかにする調査を行った。調査するむしは、下層植生の変化に強く影響を受けると考えられるものを選んだ。すなわち、下層植生自体を食するものとしてササの桿にゴール(虫こぶ)を形成するタマバエとその寄生蜂、地表を俳徊するむしの捕食者であるオサムシ科昆虫と俳掴性クモ類、下層植生の重要な分解者である中型土壌動物について調査した。

2. ササタマバエとその寄生蜂

シカを除去するための柵内と柵外で面積あたりおよび稈あたりゴール数を調査したところ、いずれもシカ柵外で多く、シカの採食はタマバエにとって有利に働くと考えられた。タマバエには2種の寄生蜂がみられ、1種はシカ柵外で寄生率が高く、もう1種は逆に柵内で寄生率が高かったことから、シカの採食は前者には有利に、後者には不利に働くと考えられた。シカ柵内ではササのサイズが大きくなり、それに伴ってゴールサイズも大きくなった。寄生率の変化は、産卵管が短いシカ柵外に多い種が、シカ柵内の分厚い殻をもっ大きなゴール内の寄主に産卵できないために生じたと考えられた。

3. オサムシ科昆虫と俳桐性クモ類

シカ柵の内外とササ刈り取りの有無を組み合わせてササの現存量を調整した4区分の試験区内に、ビール用のプラスチックカップの口を地表面と同じになるように埋めた落とし穴(ピットフォールトラップ)を設置し、オサムシ科昆虫と徘徊性クモ類を捕獲した。これらの捕獲数およびオサムシ科昆虫の多様度指数(H')とササの現存量(面積あたりの乾重)の関係をみたところ、現在の大台ヶ原のササの現存量付近でもっとも高くなった(図-1)。このことから、シカの採食はオサムシ科昆虫と俳徊性クモ類に有利に働いていると考えられた。土壌水分とササの現存量の関係も同様であることから、今後、オサムシ科昆虫や徘徊性クモ類と土壌水分との関係を調査する必要があると考えられた。

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図-1 ササ現存量とオサムシ科昆虫の捕獲数・多様度指数および排掴性クモ類捕獲数の関係の模式図

4. 中型土壌動物捕現在の大台ケ原のササ現存量

シカ柵の内と外で100ccの土を採取し、ツルグレン法(容器内の土を上方から暖めて・土から逃げ出した土壌動物を漏斗で集める方法)で中型土壌動物を抽出し、個体数を数えた。ササラダニ類については種数も数えた。中型土壌動物全体の個体数およびササラダニ類の個体数と種数のいずれもが、シカ柵内で高くなった。このことから、シカの採食は中型土壌動物にとって不利に働くと考えられた。これは、シカ柵内ではササ現存量が多く、そのため中型土壌動物の餌となる植物遺体も多いことから生じたと考えられた。

以上のように、シカがササを食べることによって生じるむしの数と多様性への問接効果は、むしによって有利に働く場合も不利に働く場合もあることが明らかとなった(表-1)。また・オサムシ科昆虫とササラダニ類において、種によってササ現存量に対する反応が異なることも判明している。すなわち、全てのむしの数と多様性を高めるシカの密度というものは存在せず、むし側からみれば、どのむしの数と多様性を高める必要があるかによってシカの密度を調整する必要があると考えられた。

表-1 シカの採食で有利となるむしと不利となるむし
有利 不利
タマバエ 寄生蜂の1種
寄生蜂の1種 中型土壌動物
オサムシ科昆虫  
徘徊性クモ類