ホーム > 業務紹介 > 遺伝資源の収集・保存・配布 > 林木遺伝資源連絡会 > 林木遺伝資源連絡会誌 > 林木遺伝資源連絡会誌【2012 No.3】
更新日:2017年8月29日
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平岡宏一1)・大谷雅人1)・岩泉正和2)・篠﨑夕子2)・高橋誠3) | ||
1)森林総合研究所林木育種センター遺伝資源部 | ||
2)森林総合研究所林木育種センター関西育種場 | ||
3)森林総合研究所林木育種センター九州育種場 |
林木遺伝資源の保存方法のひとつに生息域内保存(現地内での保存)があり、この目的のために林木遺伝資源保存林などが設定されています。生息域内保存は、天然林内での天然更新によって個体群を維持しつつ、保存対象樹種の遺伝的多様性の維持を図ろうとするものです。このため、個体群を健全な状態で維持するためには、保存林には一定の面積が必要です。我が国では約20年前から、林木遺伝資源保存林が設定されています。本研究の対象であるシラカンバに関しても、北海道に5ヶ所、東北、関東および中部地方にそれぞれ1ヶ所ずつ、合計8ヶ所の林木遺伝資源保存林が設定されています(図-1、写真-1)。関東地方には、1989年度に群馬県片品村に林木遺伝資源保存林が設定されました。しかしながら、シラカンバは先駆性の高い樹種であるため、設定後20年以上が経過した現在では、これまで林冠を優占してきたシラカンバの枯損が進行しつつあり、このままでは将来的に遺伝資源保存林としての機能が損なわれることが危惧される状況にあります(写真‐2)。そこで、本シラカンバ遺伝資源保存林の推移の追跡を目的として、モニタリング試験地を2010年度に設定しました。ここでは、群馬県片品村のシラカンバ林木遺伝資源保存林の現在の林分構造の調査結果を紹介します。
図-1 シラカンバ林木遺伝資源保存林(○)および本調査地の位置図 |
左上の地形図は、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものです。
写真-1 北海道上士幌町糠平地区のシラカンバ林木遺伝資源保存林 | 写真-2 群馬県片品村のシラカンバ林木遺伝資源保存林の現況(2010年) |
調査は、利根沼田森林管理署内に1989年に設定されたシラカンバの林木遺伝資源保存林を対象に行いました。遺伝資源保存林の設定当時の林齢は69年と記載されており、調査を行った2010年での林齢は90年に達すると考えらえます。林木遺伝資源林設定当時、10m×50mの2ヶ所の調査区内で毎木調査が行われており、今回、新たにモニタリング試験地として、林相の異なる3箇所に60m×60mの固定プロット(プロットI~III)をそれぞれ設定し、胸高直径5cm以上のシラカンバとダケカンバを対象として枯死木を含めた毎木調査を実施しました(図-1)。また、それぞれのプロットの中心に20m×20mのコアプロットを設置し、胸高直径5cm以上の全ての樹種の生存個体について毎木調査を行いました。
本調査地のコアプロット内において、シラカンバとダケカンバ以外にイタヤカエデ、アズキナシ、トネリコ属、ヤマモミジ、ブナ、コミネカエデなどの広葉樹種が観察されました。胸高直径5cm以上のコアプロット内の全樹種における生存本数密度はプロットⅢ>プロットⅠ>プロットⅡの順で、シラカンバの占める割合はプロットⅡ>プロットⅠ>プロットⅢの順でした(表-1)。現在のシラカンバの生存本数密度は平均100本/haであり、21年前の保存林設定当時(360本/ha)と比較すると、どのプロットにおいても生存本数密度は減少していました。コアプロット内の全樹種の胸高断面積合計はプロットⅢ>プロットⅡ>プロットⅠの順で、シラカンバの占める割合はプロットⅡ>プロットⅠ>プロットⅢの順でした(表-2)。現在のシラカンバの胸高断面積合計は平均6.26/haであり、21年前の保存林設定当時(16.89㎡/ha)と比較すると、どのプロットにおいても顕著な減少がみられました。プロット全域のシラカンバの生存本数密度および胸高断面積合計は、コアプロット内の値よりも高い値を示しましたが、調査区間の大小関係はコアプロットと同様でした。
1989年 | 2010年 | |||||||||||
プロットⅠ | プロットⅡ | プロットⅢ | ||||||||||
樹種 | 本数 | 本数/ha | (%) | 本数 | 本数/ha | (%) | 本数 | 本数/ha | (%) | 本数 | 本数/ha | (%) |
シラカンバ | 36 | 360 | 24.7 | 3 | 75 | 6.1 | 7 | 175 | 15.9 | 2 | 50 | 2.9 |
ダケカンバ | 1 | 25 | 2.0 | 1 | 25 | 2.3 | 10 | 250 | 14.5 | |||
イタヤカエデ | 22 | 220 | 15.1 | 10 | 250 | 20.4 | 12 | 300 | 27.3 | 15 | 375 | 21.7 |
アズキナシ | 29 | 290 | 19.9 | 14 | 350 | 28.6 | 6 | 150 | 13.6 | 5 | 125 | 7.2 |
ナナカマド | 11 | 110 | 7.5 | 4 | 100 | 8.2 | 7 | 175 | 15.9 | 2 | 50 | 2.9 |
トネリコ属 | 7 | 70 | 4.8 | 2 | 50 | 4.1 | 3 | 75 | 6.8 | 12 | 300 | 17.4 |
ヤマモミジ | 1 | 10 | 0.7 | 4 | 100 | 8.2 | 7 | 175 | 10.1 | |||
ブナ | 8 | 80 | 5.5 | 1 | 25 | 1.4 | ||||||
コミネカエデ | 4 | 40 | 2.7 | 5 | 125 | 7.2 | ||||||
コシアブラ | 2 | 20 | 1.4 | 4 | 100 | 8.2 | 1 | 25 | 2.3 | |||
その他広葉樹 | 26 | 260 | 17.8 | 7 | 175 | 14.3 | 7 | 175 | 15.9 | 10 | 250 | 14.5 |
計 | 146 | 1460 | 100.0 | 49 | 1225 | 100.0 | 44 | 1100 | 100.0 | 69 | 1725 | 100.0 |
1989年 | 2010年 | |||||||||||
プロットⅠ | プロットⅡ | プロットⅢ | ||||||||||
樹種 | ㎡ | ㎡/ha | (%) | ㎡ | ㎡/ha | (%) | ㎡ | ㎡/ha | (%) | ㎡ | ㎡/ha | (%) |
シラカンバ | 1.689 | 16.889 | 69.4 | 0.158 | 3.947 | 19.0 | 0.483 | 12.084 | 41.1 | 0.110 | 2.738 | 8.6 |
ダケカンバ | 0.081 | 2.023 | 9.8 | 0.018 | 0.460 | 1.6 | 0.633 | 15.819 | 49.6 | |||
イタヤカエデ | 0.227 | 2.268 | 9.3 | 0.160 | 4.006 | 19.3 | 0.434 | 10.856 | 36.9 | 0.197 | 4.916 | 15.4 |
アズキナシ | 0.158 | 1.580 | 6.5 | 0.109 | 2.718 | 13.1 | 0.074 | 1.849 | 6.3 | 0.020 | 0.510 | 1.6 |
ナナカマド | 0.049 | 0.490 | 2.0 | 0.087 | 2.178 | 10.5 | 0.064 | 1.594 | 5.4 | 0.006 | 0.156 | 0.5 |
トネリコ属 | 0.020 | 0.198 | 0.8 | 0.014 | 0.358 | 1.7 | 0.007 | 0.166 | 0.6 | 0.053 | 1.315 | 4.1 |
ヤマモミジ | 0.003 | 0.028 | 0.1 | 0.044 | 1.101 | 5.3 | 0.051 | 1.280 | 4.0 | |||
ブナ | 0.047 | 0.468 | 1.9 | 0.011 | 0.287 | 0.9 | ||||||
コミネカエデ | 0.044 | 0.440 | 1.8 | 0.050 | 1.247 | 3.9 | ||||||
コシアブラ | 0.014 | 0.141 | 0.6 | 0.071 | 1.784 | 8.6 | 0.014 | 0.358 | 1.2 | |||
その他広葉樹 | 0.185 | 1.850 | 7.6 | 0.105 | 2.631 | 12.7 | 0.081 | 2.036 | 6.9 | 0.145 | 3.615 | 11.3 |
計 | 2.435 | 24.354 | 100.0 | 0.830 | 20.746 | 100.0 | 1.176 | 29.403 | 100.0 | 1.275 | 31.883 | 100.0 |
各調査プロットにおけるシラカンバ生存木の枯死木を含めた出現個体に対する割合(生存本数 / 出現本数)は55 / 98本(プロットⅠ)、 82 / 99本(プロットⅡ)、 32 / 63本(プロットⅢ)であり、プロットⅡの生存割合が最も高い値を示しました。(図-2)。一方、ダケカンバは、14 / 14本(プロットⅠ)、47 / 49本(プロットⅡ)、128 / 144本(プロットⅢ)であり、標高が高いプロットほど、ダケカンバの生存木および出現木の本数が多くなりました。
シラカンバの生存木の胸高直径階分布を見ると、後継樹となるような10cm以下の小さいサイズ階級の個体は存在せず、どの胸高直径階においても枯死がみられました(図-3a)。また、どの調査プロットにおいても同様に一山型分布を示したことから、本調査地のシラカンバ林は大攪乱後に更新した一斉林であると推測されます。一方、ダケカンバは、小さいサイズの個体が生存しており、大きなサイズ階級での枯死は観察されませんでした(図-3b)。シラカンバは代表的な陽樹として知られ、発芽生育に多くの光を必要とします。本調査地のような発達した林内では林床が暗く、十分な光が得られないため、シラカンバの種子は発芽ができない、あるいは実生の段階で枯死していることが考えられます。これらの状況を総括すると、本シラカンバ林木遺伝資源保存林は今後、ダケカンバや他の広葉樹種が優占する林分に移行していくものと推測されます。
図-2 調査プロット内に出現した胸高直径5cm以上の立木の位置図 |
図-3 シラカンバ(a)およびダケカンバ(b)の生存および枯死個体の各調査区における胸高直径階別本数の頻度分布 |
今回の調査により、シラカンバ林木遺伝資源保存林でのシラカンバの枯死の現状が明らかになりました。シラカンバが先駆的な樹種であることを考えれば、植生遷移による樹種相の変化は自然な推移ともいえます。このような先駆的な樹種の遺伝資源の保存をどのように図っていけばよいのかを検討するためにも、今後本調査地のシラカンバ林の推移をモニタリングしていきます。
本研究を進めるにあたって、関東森林管理局利根沼田森林管理署にご協力頂きました。ここに記して謝意を表します。
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