ホーム > 業務紹介 > 遺伝資源の収集・保存・配布 > 林木遺伝資源連絡会 > 林木遺伝資源連絡会誌 > 林木遺伝資源連絡会誌【2014 No.1】
更新日:2017年8月29日
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宮本尚子 |
独立行政法人 森林総合研究所 林木育種センター 遺伝資源部探索収集課分類同定研究室 主任研究員 |
保全を効率化し、遺伝資源の利用を促進する効果的なツールとしてコアコレクションが提案されています(Hintum et al., 2000)。コアコレクションとは、Frankel(1984)によると、遺伝資源全体を代表するような限定された系統数で構成される系統のセットのことと定義されています。コアコレクションは元の集団の10%程度の系統数で構成され、70%以上の多様性を保持することが一般的に期待されるとも言われています(Brown, 1989)。コアコレクションの作成は、まず対象となる母集団を規定し、コアコレクションのサイズを決定した後、母集団を何らかのグループに分け、グループ当たりのエントリー数を決定し、抽出するという方法がとられます。グループ分けに用いる情報としては通常、パスポートデータ上の情報やそれ以外の地理的データ・形質データ・遺伝的データ等の特性データが用いられます(Hintum et al., 2000)。これらのコアコレクションに関する研究は主な穀物作物を対象として進められてきたもので、樹木におけるコアコレクションは主に果樹で作成されているもののその報告は限られていました。今後、樹木の分野でも育種や研究が高度化するにつれ、コアコレクションに対する需要が高まることが予想されます。そこでスギについて、精英樹を母集団とし、分布域を網羅的にカバーするようなコアコレクションの構築を行いました。精英樹は環境適応的であることに加え、数量的に見ても、またすでに存在しない天然林選抜の系統を含んでいることからも、育種素材であると同時に遺伝資源としても非常に重要なリソースであると考えられています。加えて、コアコレクション・精英樹・全遺伝資源の保存状況について、地理的視点・環境空間的視点・遺伝的視点の三つの視点からの評価についても行いました。
コアコレクションの作成
まず,全3,670系統の精英樹についてパスポートデータとSSR遺伝子型情報を用いて異名同木、同名異木等の情報を精査しました。次いで来歴地情報からグループ化したところ539の小グループに分かれたため、同一地域グループのなかから2倍体であり、配布に対応できるような保存状況にある系統のなかから1系統をランダムに選び出し、これを539個体からなるコアコレクションとして定義しました。
地理的視点からの評価
地理的視点の評価のためには分布域を定義する必要があります。分布域を定義するためのデータとして、環境省の第5回植生調査(環境省, 1999)を利用しました。植生調査の生データは、3次メッシュ(北緯方向30秒×東経方向45秒=約1キロ四方)ごとに小円法によって代表植生としてまとめられ、GISのデータ形式で格納されています。代表植生として“スギ”という言葉を含むメッシュ(例:スギ植林,スギ天然林,など)をスギメッシュと呼ぶものとし、スギが生育している地域とみなすこととしました。3次メッシュのスギメッシュをそのままスギ分布域として使うと、自生地の環境との差異が大きい例外的な場所にある造林地などが拾われてその影響をセンシティブに受ける可能性があることや、スギの分布を定量的に規定することができないため、3次メッシュの緯度・経度方向に10倍の2次メッシュ(=約10キロ四方)内に、スギメッシュがいくつあるかによって(例:20%以上スギメッシュを含む2次メッシュを20%スギ分布域と定義し,40%、60%スギ分布域についても同様に)スギ分布域を定義しました。これらを地理的評価のバックグラウンドデータとして用いました。これらの三つのカテゴリーのスギ分布域を解析対象として、それぞれのカテゴリーに属する各2次メッシュの中心から最も近い遺伝資源収集地点までの距離を最近隣距離として規定し、コアコレクション・精英樹・遺伝資源全体までの距離最近隣距離をそれぞれ算出しました。さらに、算出した最近隣距離の平均値、最大値を、三つのカテゴリーのスギ分布域について計算しました。この平均値をもって、遺伝資源が平均して半径何キロの円内に1本選抜されているのかを推定する値と見なし、また最大値をもって最も粗に選抜されている箇所では最低でも半径何キロの円内から1本選抜されているのかを推定する値と見なせると考えました。
環境空間的視点からの評価
環境空間について、スギ分布域、スギ天然林分布域と遺伝資源選抜地の占める範囲の比較を試みました。スギ分布域のデータとしてはスギメッシュのデータを用いました。天然林の分布域は環境省のデータでは屋久島にしか相当しないため、屋久島のデータに加えて、主要スギ天然分布一覧表(スギのすべて(全林協))に挙げられている市町村内に存在する環境省データのスギメッシュ(二次林および人工林)をスギ天然林であると仮定して用いました。環境データとして用いた要因は以下の12要因;平均気温の年平均値、最高気温の年平均値、最低気温の年平均値、最寒月最低気温、雨量、最深積雪深、日照量、日射量、標高 (Meteorological Agency, 1996)、暖かさの指数 (WI; Kira, 1971)、寒さの指数 (CI; Kira, 1971)、日本海指数(Suzuki and Suzuki, 1971)です。まず、コアコレクション、精英樹、全遺伝資源とスギメッシュのとる環境要因の値の平均値、およびレンジを計算しました。またスギメッシュの幅およびスギ天然林を100とした場合の遺伝資源(コアコレクション・精英樹・全遺伝資源)の占める保持幅(retentiona(%))、および精英樹の幅を100とした場合のコアコレクションの占める保持幅(retentionb (%))を算出しました。
遺伝的視点からの評価
全精英樹およびランダムに選定した578系統のその他遺伝資源を対象にSSR7座の遺伝子型の特定を行い、SSR遺伝子型情報により、コアコレクション・精英樹・遺伝資源全体について遺伝的多様性を示すパラメータ対立遺伝子数の平均値Na, 有効対立遺伝子数の平均値Ne、アレリックリッチネスA (Mousadik and Petit, 1996)、ヘテロ接合度の観察値Ho、期待値He、固定指数FをGenAlEx (Peakall and Smouse, 2006)、R のパッケージPopGenKit(Rioux, 2013)を用いて算出しました。
地理的視点からの評価について
コアコレクション・精英樹・その他遺伝資源の選抜地を図1に、2次メッシュ単位のスギメッシュの割合による色分け図、および2次メッシュ拡大図(3次メッシュとの関係性)を図2に示しました。20%、40%、60%スギ分布域の2次メッシュの中心からコアコレクション・精英樹・遺伝資源全体までの最近隣距離の平均値、最大値を表1に示しました。スギメッシュが40%以上の2次メッシュを対象とした場合、スギ遺伝資源は平均5キロに1本、最大でも20キロに1本が、精英樹では平均5キロに1本、最大でも25キロに1本が、コアコレクションは平均10キロに1本,最大では30キロに1本の割合で選抜されているということが明らかになりました。
図1 |
図2 |
環境空間的視点からの評価について
スギメッシュ・天然林・コアコレクション・精英樹・遺伝資源全体の選抜されたメッシュにおける環境データの平均値と範囲、およびスギメッシュの占める範囲を100としたときの天然林・コアコレクション・精英樹・遺伝資源全体が占める割合Retentiona (%)、および精英樹の幅を100とした場合のコアコレクションの占める保持幅(Retentionb (%))の例として平均気温のデータと降水量のデータを表2に示しました。スギ天然林は隔離的であるものの、おそらく日本各地に点在することに起因して、その環境データはスギ分布域のものと大きくは違わないという結果になりました。12の環境要因について計算したところ、スギメッシュを100とした遺伝資源の保持幅の最低値をとったのは日射量で85.7、精英樹を100としたコアコレクションの保持幅の最低値をとったのは標高で89.3でした。標高を除くその他11の要因ではコアコレクションは、精英樹に対して97%以上のリテンションを保持していました。
遺伝的視点からの評価について
表3にSSR7座のパラメータをコアコレクション・精英樹・遺伝資源全体について算出した値を示しました。サイズに依存するNaはやはりコレクション数に応じて縮小する結果となりましたが、Heや、サイズ補正の入ったパラメータであるA, Neがコアコレクション・精英樹・遺伝資源全体の間で同程度であることが明らかになりました。
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