森林総合研究所について > 国際連携 > 共同研究 > 途上国住民の栄養改善に森林保全は寄与するか?
更新日:2024年10月16日
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左:カンボジアの森、中央:現地調査時の集合写真、右:農村の食事(©鹿内彩子)
カンボジア王国環境省自然保護区総局(General Directorate of Natural Protected Area, Ministry of Environment, Cambodia)
Conservation International ※国際NGO
Asian Nutrition and Food Research Center ※カンボジア国内NGO
国立環境研究所
青森県立保健大学
2019~2026年度(2023年度までJSPS科研費の助成を受けました)
江原 誠(生物多様性・気候変動研究拠点)
開発途上国の森林は、山菜・キノコ、野生肉など様々な食料を周辺住民に供給しています。これらは日常的に入手でき栄養価が高い場合があるため、住民の健康維持に貢献している可能性があります。しかし、そのような森林の食料供給サービスの効果が検証されるより先に、農地化等で急速に森林そのものが減少しています。とくに途上国ではその傾向が強くなっています。森林保全策として、途上国では一般に森林保護区の設定や周辺住民への生計支援が実施されていますが、それらの効果を検証する研究は、森林面積、生物多様性、周辺の社会経済的側面を評価するにとどまっています。
そこで本研究は、我が国の JCM(二国間クレジット制度)における REDD+(レッドプラス)プロジェクトの対象地でもあるカンボジアのプレイロング野生生物保護区(PLWS)とその周辺を研究対象地とし、REDD+プロジェクトにおける森林保全活動が住民の摂取栄養素の多様性維持と子どもの栄養状態の改善に寄与するか検証します。
森林と食の関係を、従来研究で用いられる食材の種類という代替指標だけでなく、子どもの摂取栄養素(主要栄養素および微量栄養素)と栄養状態(身長および体重)の指標を個別世帯ベースで追跡調査することにより検証します。森林保護区設定にともなう介入前後と介入・非介入の比較を通した社会実験的調査デザインを用いることで、森林保全が住民の摂取栄養素の多様性の維持と子どもの栄養状態の改善に与える純効果の評価を試みます。
PLWSとその周辺に住むサンプル世帯を対象としたアンケート調査を2020年2月(期首)と2024年2月(期末)の2回実施しました。期末調査では、期首調査の研究対象者161世帯のうち約86%(140世帯)から栄養および社会経済データの両方を収集することができました。
期首調査で得られたデータ(生計手段、食事内容、子どもの身長と体重など)を通じて、161人の子どもの栄養状態を評価しました。成長阻害(身長が伸び悩んでいる子ども)の割合(HAZが-2以下)は26.1%でした。自給自足農業よりも購入により食品を得ている子どもの方がエネルギーや多くの栄養素(主要栄養素、ミネラル、ビタミン)の摂取量が高い傾向にあることが明らかとなりました。また、一部の野生種がカルシウムやカリウムの摂取量の向上に貢献していることも明らかとなりました。
このように、地元の子どもの栄養改善を配慮した森林保全策には、森林を守るだけでなく住民が食料を購入するために必要な現金収入源を確保することも大切であることが示唆されました。現地の伝統的な現金収入源であるフタバガキ科の樹木から得られる天然樹脂は、森林保全と現金獲得を同時に達成する手段として期待できます。しかし、違法伐採による森林減少・劣化により樹脂が採取できず収入が激減した世帯の中には、生計維持のために自ら違法伐採して農地転用する世帯もあります。そこで、天然樹脂採取産業とそれに関連する生計を守るため、PLWSの南西部における違法伐採対策の優先地域の分布を予測するための一連の方法を開発しました。詳しくは、2024年版『研究成果選集』をご覧ください(www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/seikasenshu/2024/documents/p6-7.pdf)。
これまでの暫定的な結果から、地元の子どもの栄養改善を配慮した森林保全策の具体案としては、栄養価の高い食料を購入しやすくするために、保護活動の一環として世帯の天然樹脂採取などの現金収入源を守り、そこに栄養教育を組み合わせることによって、子どもの栄養状態を改善する案が考えられました。本成果は、現地の住民、州知事、行政当局、NGO、研究機関等が出席したワークショップで共有されました。
今後は、期末データの解析も含め、現地のREDD+プロジェクトが住民の摂取栄養素の多様性維持と子どもの栄養状態の改善にどのように寄与し得るのか詳細な分析を進める予定です。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標15(緑の豊かさを守ろう)だけでなく目標1(貧困をなくそう)、目標2(飢餓をゼロに)、目標3(すべての人に健康と福祉を)、目標13(気候変動に具体的な対策を)の達成に貢献する知見が得られることが期待されます。
現地の森林減少
現地住民へのアンケート調査の様子
成果発表を行った現地のワークショップ
専門用語
二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism, JCM):我が国の優れた低炭素技術・製品・システム・サービス・インフラ等を途上国に普及させ、対策を実施することを通じて実現した温室効果ガス排出削減量を定量的に評価し、その一部を我が国の削減目標の達成に活用するための制度です。
プレイロング野生生物保護区(Prey Lang Wildlife Sanctuary): 2016年に設立された431,683haの野生生物保護区。同保護区内およびその周辺では、森林減少や森林劣化による温室効果ガスの排出を削減し、地球規模の気候変動を緩和するためのプロジェクトであるREDD+プロジェクトも実施中です。保護区内での地元住民が生計を維持するための非木材林産物の採取は、行政当局の事前同意があり、採取による生物多様性への影響が考慮されていることを条件に合法です。
フタバガキ科(Dipterocarpaceae):東南アジアの熱帯林における代表的な樹木の分類群です。天然林からの伐採により木材が生産されるほか、幹からは樹脂が採取されます。
Ehara M, Matsuura T, Gong Hao, Sokh H, Leng C, Choeung HN, Sem R, Nomura H, Tsuyama I, Matsui T, Hyakumura K (2023) Where do people vulnerable to deforestation live? Triaging forest conservation interventions for sustainable non-timber forest products. Land Use Policy 131C (2023) 106637. https://doi.org/10.1016/j.landusepol.2023.106637(外部サイトへリンク)
(学会発表等)
Furukawa T, Shikanai S, Sekiyama M, Ehara M, Voeun S, Ly K, Hon N, Frechette J, Net N (2022) Nutrient deficiency in children in the deforested front of Cambodia in relation to different food sources. IUNS-ICN, 22:SY(T8)1-4.
Sekiyama M, Shikanai S, Furukawa T, Ehara M, Voeun S, Ly K, Hon N, Frechette J, Sreyoun I, Net N (2022) Child nutritional intake in rural Cambodia: Application of Food Frequency Questionnaire and comparison with 24-h recall data. IUNS-ICN, 22:PAB(T6)-223.
Furukawa T, Shikanai S, Sekiyama M, Ehara M, Vouen S, Ly K, Hon N, Frechette J, Uraguchi A, Sreyoun I, Net N (2022) Food sources and child nutrition in the deforestation front of Cambodia. 日本生態学会大会講演要旨集、69:P2-330
Ehara M, Furukawa T, Sekiyama M, Shikanai S, Voeun S, Ly K, Hon N, Frechette J, Net N (2024) Interim Update on KAKEN project: Does forest conservation Interim Update on KAKEN project: Does forest conservation contribute to the improvement of the nutritional status of rural residents in Stung Treng, Cambodia? Stakeholder workshop: The Role of Agriculture and Forest Landscapes on Human and Environmental Health. pp.7-8.
(MISC)
香坂 玲、内山 愉太、江原 誠. (2020) 生態系サービスと「自然がもたらすもの」(NCP)をめぐる人と自然の関係性: グローバルな科学政策インターフェースとしてのIPBESを事例に.社会と倫理 (35) 21-37. 南山大学社会倫理研究所
(図書)
江原誠、齋藤暖生、松浦俊也. (2021) 非木材林産物. In: 森林学の百科事典.(一社)日本森林学会. pp.360-361. 丸善出版
古川拓哉. (2021) 世界の森林の現状. In: 森林学の百科事典.(一社)日本森林学会. pp.58-59. 丸善出版
古川拓哉. (2021) 薪炭利用. In: 森林学の百科事典.(一社)日本森林学会. pp.372-373. 丸善出版
関山牧子. (2023) 食育に関わる国際機関, 学術団体. In: 食育の百科事典. 日本食育学会. pp.344-347. 丸善出版
関山牧子. (2023) 国際的な食支援活動の現状. In: 食育の百科事典. 日本食育学会. pp.348-349. 丸善出版
鹿内彩子、関山牧子. (2023) 開発途上国での食育事例. In: 食育の百科事典. 日本食育学会. pp.352-353. 丸善出版
鹿内彩子. (2024) 事例2 森林保全と地域住民の栄養摂取状況把握, 栄養改善の可能性:カンボジアの事例. In: 国際栄養学―グローバルな栄養課題とその対策―. pp.187-189. 建帛社
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