都市近郊林のフォトシミュレーション(景観合成)を利用したフォレストスケープ・デザイン事例

 
   
ここで取りあげるのは、静岡県沼津市の近郊林である香貫山の事例である。香貫山は、都市の中心部に近接しており、都市林のイメージのほうがむしろ近い。したがって、市民からは歴史的に非常に親しまれてきたし、日常的にも常に市民の視界に入ってくるフォレストスケープである。香貫山は日常的な景観対象としての役割と、森林に直に触れて森林浴や身近な生態系の観察を楽しむという大きく二つの役割を持っている。

  この香貫山において近年のマツ枯れの進行により、香貫山のフォレストスケープを心配する声や、自生あるいは植栽したサクラをもっと楽しみたいなどの市民の意向を受けて、市は香貫山フォレストスケープの将来像を模索する計画づくりを始めた。

 

@まず、市民トークを何度か開催しながら、市の方針とそれに対する市民の意向のすり合わせ作業を行っていった。

A次にそれらの過程をたたき台として、専門家を交えた基本計画の策定にあたった。専門家は、フォレストスケープ、エコロジー、サクラ、建築設計の分野で構成した。

B基本構想を作る過程で、いくつかのテーマやキーワードが整理されていった。一つは、サクラがもっと楽しめる森づくりをすること、次に立地環境に応じて、サクラや落葉広葉樹を中心として、景観的に四季を通して楽しめる森づくりをすること、常緑広葉樹が生態的に適する森をつくること、多様なシダ類が楽しめる林床をつくることなどである。これらのデザインの底流には、エコロジカルなそして、フォレストスケープ創造の視点がしっかりと置かれている。

C次に、フォトシミュレーションを行うため、まず地元の人々に協力してもらい、香貫山の主要視点を、シーン、シークエンス、遠景、中景、近景ごとに選定した。

Dそして、主要視点から撮影した写真をフォトCDを介してパソコンに読み込んだ。

E基本構想のテーマに沿って、適当なパーツ(サクラやコナラ林、シイ・カシ林など)を組み合わせながら、主要視点のフォトシミュレーションを作成していくつかの代替案を提示した。

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 以下にフォトシミュレーションの一例を紹介する。

 図1は、都市近郊林としての香貫山を見る視点の中で最も重要な、100〜500m離れた、近景から中景にかけての視点からの現況写真である。この距離だと、ある程度香貫山の全体像を見渡せるし、まとまりとしての樹林から個々の樹林の個性まで識別できる、非常に情報量の豊富な視点である。現状は、沢の下部に一部サクラがあるものの、アカマツの立ち枯れが目立つ景観である。

 図2以下が、フォトシミュレーションしたものである。図2はアカマツ林を、当地域の潜在植生であるシイ・カシ林(照葉樹林)に置き換えてシミュレートしたもの。被視頻度の高い、景観機能が重視される視点からのフォレストスケープとしては、林相が暗く、また林内アクティビティも低い。

 図3は、全体をサクラ林にしたもの。華やかさは最もあるが、あまりに人工的な景観である。また、自然性が低く、景観として楽しめる期間もごく限られたものとなる。

 図4は、サクラとコナラ・シデなど落葉広葉樹の混交林としたもの。フォレストスケープのバランスも良いし、二次林としての多様な生態系も提供できる。また、四季を通して楽しめ、林内アクティビティも高い。代替案として、最も推奨されたデザインである。

[図1]マツ枯山の現況

現況の森林景観。沢の下部にサクラが少しあるが、総じてマツ喰い後の森林景観である。現状の景観は市民の評判が悪い。マツが枯れる前はマツとコナラやシデなどの二次林であった。

[図2]照葉樹林のシミュレーション

当地域の潜在植生は、シイ・カシの照葉樹林であるので、それにシミュレーションした。エコロジーの専門家は推奨する森林景観である。立地環境には適しているので生態的に安定した森林が形成されようが、都市に隣接した森林景観としては暗くて行動性に欠ける。

[図3]サクラ山のシミュレーション

全てサクラの森林としたものである。市民の意向がサクラを鑑賞できる山にしてほしいということがあったため、全山サクラにしてみた。なるほど華やかさでは随一であろうが、あまりに人為的である。自然性は失われるし、楽しめる期間はごく限られよう。また、生態的に不安定なので管理に手間がかかりすぎる。

[図4]サクラ・広葉樹林のシミュレーション

サクラとコナラ、シデなどの落葉広葉樹の混交林としてある。景観的には桜とその他の広葉樹との色彩のバランスがよい。また、四季を通じて楽しめる森林景観である。生態的にも遷移途上二次林ではあるが、多様性は高く比較的安定している。皆の合意が得られた景観である。


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