エゾヤチネズミ個体群におけるエステラーゼ・アイソザイムの変異

中津 篤

   摘要

 北海道の森林におけるエゾヤチネズミ害を防除するために, 道内一円において毎年(年3回)予察調査が実施されている。これまでの資料から,道内のエゾ ヤチネズミ個体群は繁殖様式および個体数の増減傾向などの相違により地域変異が認められる。 このような地域変異の特徴を詳細に分析することは,それぞれの地域にそくした有効な発生予察 を行ううえに重要である。しかしながら,この地域変異を生ずる要因は大きく二つに類別され, 野鼡を取りまく生息条件(環境)によるものと,野鼡自身の本性(遺伝)によるものとが考えら れる。したがって,エゾヤチネズミ個体群の地域変異を解明するためには,この両面から追求す る必要がある。ところが,前者についてはこれまでに多くの研究がなされてきたが,後者につい ては桑畑ら(1974)の報告を除いては皆無に等しく,まだ研究の緒についたばかりである。
 そこで,このような地域変異を惹き起こす母体となるエゾヤチネズミ白身に,遺伝的な地域変 異があるかどうかを調べる必要を生じ,その指標として,電気泳動によって得られるエステラー ゼのザイモグラムに着目した。本研究では,この研究の手始めとして,先ずエゾヤチネズミの各 種臓器および血漿のエステラーゼ・ザイモグラムを作成すること,さらに本種のどの部位(臓器 あるいは血漿)のエステラーゼが個体間および個体群間(地域間)の比較をするのに適している かどうかを判定することにある。
 方法としては,水平式澱粉ゲル電気泳動法を用い,エゾヤチネズミの各種臓器(心臓,肺臓, 肝臓および腎臓)および血漿中のエステラーゼを生化学的染色法によって,電気的に易動度の異 なる活性帯として分離・検出した。供試材料は生息条件の異なる3地域から採集したもので,合 計42個体(雌・雄各21頭)を用いた。
 エゾヤチネズミの各種臓器および血漿中のエステラーゼには,合計25本の活性帯が陽極側に検 出され,易動度の速い順に番号を付した。しかし,陰極側には全く活性帯は検出されなかった。 分離・検出されたエステラーゼの電気泳動像は,臓器および血漿によって異なること,また,個 体によっても大きな変異を示すことが判明した。すなわち,エステラーゼ活性帯数は肝臓(19本), 腎臓(18本)および血漿(21本)において多く,心臓(14本)および肝臓(13本)においてより 少なかった。さらに,1個体当りの平均活性帯数についても,前者が後者に比べて多かった。しか しながら,肝臓および腎臓においては,活性帯数が多いにもかかわらず,いずれの個体にも共通 してみられる活性帯が多い傾向にあった。したがって,血漿が肝臓および腎臓に比べて個体間ま たは個体群間を比較する目的に適していると思われた。
 エステラーゼ活性帯を分類するために,阻害剤としてエゼリン10-5 MおよびEDTA10-3Mを用いたが,エゼリンの阻害効果は血漿に おいては認められたが,各種臓器では不明確であった。エゼリンによって阻害された血漿エステ ラーゼの活性帯は13番目と15番目であり,これらはコリンエステラーゼと考えられた。一方, EDTAによってはいずれの臓器および血漿においても明確な阻害効果は認められなかった。

全文情報(396KB)