井上 真
ボルネオ島の奥地に住む伝統的焼畑部族であるクニャー・ダヤク 族(以下クニャー族という)は,下流域へ移住するにつれて市場経済へ統合されるが,それにつれて社 会構造が変容し,さらに森林保全にかなった彼らの焼畑システムも崩壊してゆく。
この変容過程を理論的に明らかにするために,人口密度と休閑期の関係を論ずる農業集約化論を改良 ・援用して理論構築を試みた。その際,移住に伴う集落の発展段階を踏まえて,まだしっかりとした循 環利用が確立されていない状況をも包含する新しい概念を設定した。まず,集落の領域(耕地の範囲) が原生林地帯に広がりつつある場合と,ほぼ全ての焼畑が以前の焼畑跡地に作られる場合とでは実質的 な人口密度は異なるという認識をもとに,原生林地帯に広がりつつある耕地(面積は未定)と,すでに 焼畑として循環利用がなされている耕地(面積は確定)を合計した総耕地単位面積当たりの人口を「潜 在的人口密度」と定義した。次に,原生林を伐開して焼畑耕作をおこなった場合の休閑期は無限大とし たうえで,同一土地における土地利用の一巡当たりの収穫回数に100を乗じた値を「土地利用頻度の集約 度」と定義した。
一般的には「人口密度の上昇→土地利用の集約化→労働集約化(多投入)→労働生産性の低下・土地 生産性の上昇」という一連の力が働く。しかし,クニャー族の場合は移住を通して「潜在的人口密度の 低下→土地利用頻度の集約化・労働節約化→長期的な土地生産性の上昇・労働生産性の上昇」という独 特な過程が現実化する。
「潜在的人日密度の低下→土地利用頻度の集約化」の過程は,人口密度が減少することによって休閑 期が短縮されることを表す。この一見不合理な過程は,集落のおかれた経済環境条件によって生み出さ れたものであると結論づけられ,焼畑システムの変容過程は,貨幣経済の浸透と,潜在的人口密度の低 下という,二つの変化を起点として生ずるプロセスの結合として示された。
以上のような休閑期短縮の検討の結果,焼畑システムの変容過程を,単なる相関関係ではなく,因果 関係を持つものとして整理することができた。
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−森林総合研究所研究報告−
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