プレスリリース

平成19年 8月31日 


わが国における樹木の根の研究成果を特集化
〜 森林の持つ機能を根から解明へ 〜

                      独立行政法人 森林総合研究所


  

   森林総合研究所が中心となり、森林における樹木の根の成長と機能に関する最新の研究成果をまとめ、Journal of Forest Research(Springer社,日本森林学会)で発表し、これらを9月にイギリスで開催される樹木根国際会議で参加者全員に配布する予定です。
この特集は、樹木の根が炭素を蓄積する機能や環境ストレスを感知する機能など、その多様な役割について初めて総合的にまとめられたものです。
   現在、地球温暖化や窒素酸化物による汚染などの環境変化が急速に進んでいる中で森林は、その影響を緩和することが期待されています。一方、森林の地中に隠れた樹木の根についてはこれまでその役割が不明な点が多くありました。この特集で日本の研究成果を発表することにより、国際的な樹木根研究がさらに進展し、地球温暖化や環境緩和に果たす森林と樹木の役割がより明らかになることが期待されます。


独立行政法人森林総合研究所 理事長 鈴木 和夫
 
研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  加藤 正樹
     
研究担当者  :

森林総合研究所 立地環境研究領域 養分動態研究室  野口 享太郎
          Tel:029-829-8231
森林総合研究所 関西支所 森林環境研究グループ 平野 恭弘
          Tel:075-611-1201

広報担当者  : 森林総合研究所 企画部研究情報科長 上杉 三郎
     Tel:029-829-8130 Fax:029-873-0844

【特集号の概要】
  現在、地球温暖化や窒素を起源とする酸性降下物の増大などの環境変化が急速に進んでいます。森林は炭素を蓄積したり環境を保全したりする機能を持つことから、これらの環境変化の影響を緩和することが期待されています。そのため、森林における樹木の成長と炭素や窒素などの物質の流れ(物質循環)についての研究が世界中で精力的に進められています。しかし、地中の樹木の根については今でも不明な点が多くあります。特に、日本を始めとするアジア地域の研究成果情報は少なく、世界の森林生態系研究の中で大きなブラックボックスとして残されています。そこで、森林総合研究所の平野恭弘、野口享太郎、三浦覚主任研究員らは、主に日本における樹木の根の研究成果を日本森林学会の英文誌Journal of Forest Research(Springer)の特集号としてまとめました。この特集号の中では、森林生態系の中での樹木根の重要性や細根が持つ繊細な特徴が主に以下の点から明らかにされています。


  1.炭素貯蔵庫としての働き:樹木根は森林全体のバイオマスの約20〜40%を占め森林の炭素蓄積に大きく貢献している。(別紙 論文2)
  2.土壌へ養分を供給する働き:樹木の細根は、葉が落葉して土に還るように地下部でも細根が枯死して土に還る。(別紙 論文8)
  3.環境ストレスセンサーとしての働き:樹木の細根は酸性化や乾燥など土壌環境の悪化によるストレスをいち早くキャッチするセンサーとして機能している。(図−1図−2)(別紙 論文9,論文10)
  4.極限環境へ適応するための働き:シベリアの永久凍土地帯ではカラマツが根と地上部(幹や枝葉)のバランスを変化させて、根を増やすことで極限環境に適応している。(別紙 論文5)

  このように、この特集号を通して見えてきたのは、森林の発達や環境を維持する上で、樹木の根が従来考えられていた以上に重要な働きを持つことです。今後、これらの研究が進むと、今まで見えなかった森林の地下の生態が明らかになるとともに、温暖化など急速に進む環境変化の影響を予測したり、対策技術の進展に結びつくことが期待されます。


【本成果の発表論文】
   タイトル:Editorial: Special feature: development and function of roots of forest trees in Japan
         (特集 日本の森林における樹木根の成長と機能)
   著  者:平野恭弘、野口享太郎、三浦覚
   掲載誌:Journal of Forest Research
   巻号(年):12巻2号(2007年)



図1
図−1 土壌酸性化ストレスにセンサーとして役立つ樹木細根の反応
(別紙 論文9 Hirano et al.を改変)。
図中のセンサーとして役立つ根の生理反応や形態的反応などを測定することで、樹木
細根が酸性化ストレスの影響を受けているかどうかの診断をすることができる。




図−2 スギ細根
図−2 スギ細根(写真の根の大部分は直径0.5 mm以下)
a:新しい白根。乾燥など環境ストレスのダメージを受けやすい。      
b:成長し木化し始めた褐色の根。先端の新しい部位は白根となっている。
c:枯死した細根。乾燥ストレスを受けると枯死して先端が黒色に変化した
根が増える。(別紙 論文10 Konôpka et al.より)


別紙



 Journal of Forest Research 12巻2号 特集:樹木根の成長と機能
  2007年4月刊行


論文1.樹木根の成長と機能について、特集号の知見をレビューするとともに、今後の樹木根研究の必要性を指摘した。
     Editorial: Special feature: development and function of roots of forest trees in Japan
     特集 日本の森林における樹木根の成長と機能
     著者:平野恭弘 他2名
     ページ:75−77

論文2.国際的な樹木根研究動向を紹介し、樹木根が森林全体のバイオマスの約20〜40%を占め森林の炭素蓄積に大きく貢献していることを指摘した。
     Invited review: Tree roots in a changing world
     総説:変化する世界における樹木根の存在
     著者:Ivano Brunner 他1名
     ページ:78−82

論文3.日本の森林における細根の現存量と生産量を初めてまとめ、これらが斜面位置など立地条件の影響を強く受けることを指摘した。
     Review: Biomass and production of fine roots in Japanese forests
     総説:日本の森林における細根のバイオマスと生産量
     著者:野口享太郎 他4名
     ページ:83−95

論文4.スギ人工林における細根量は、樹冠閉鎖する前の若齢林が最大で、その後林齢の増加に伴い低下することを明らかにした。
     Original article: Root development across a chronosequence in a Japanese cedar (Cryptomeria japonica D. Don) plantation
     論文:林齢の増加にともなうスギ人工林の根系発達
     著者:藤巻玲路 他2名
     ページ:96−102

論文5.シベリア永久凍土地帯のカラマツ林では、森林の発達に伴い光合成のための光をめぐる地上部の競争よりも地下部の水や養分をめぐる根の競争が優占することを示唆した。
     Original article: Individual-based measurement and analysis of root system development:case studies for Larix gmelinii trees growing on the permafrost region in Siberia
     論文:シベリア永久凍土地帯に生育するカラマツの根系発達過程の解析
     著者: 梶本卓也 他7名
     ページ:103−112

論文6.フィンランド北方林では、アリ塚の存在が根の分布や土壌養分の不均一性を増加させていることを明らかにした。
     Original article: The effect of red wood ant (Formica rufa group) mounds on root biomass, density, and nutrient concentrations in boreal managed forests
     論文: 北方林における根のバイオマス、密度、養分含有量に対するアリ塚の影響
     著者: 大橋瑞江 他6名
     ページ:113−119

論文7.北海道の未熟土壌に成立する森林では、土壌の物理的性質と貧栄養条件が樹木の根の伸長成長を抑制していることを明らかにした。
     Original article: Root biomass and distribution of a Picea-Abies stand and a Larix-Betula stand in pumiceous Entisols in Japan
     論文: 日本の未熟土壌に成立するトウヒ−モミ林とカラマツ−カンバ林の根系バイオマスと分布
     著者:酒井佳美 他2名
     ページ:120−125

論文8.細根の生理・形態的性質が個々の根で異なることを示し、このような細根の異質性が土壌炭素動態で重要な細根の枯死分解過程に大きな影響を与えることを示唆した。
     Review: Heterogeneity of individual roots within the fine root architecture: causal links between physiological and ecosystem functions
     総説:細根構造における個々の根の異質性:細根の持つ生理機能と生態系機能の関係
     著者: 菱拓雄
     ページ:126−133

論文9.細根が土壌酸性化ストレスをいち早くキャッチするセンサーとしての重要な機能を持つことを指摘し、根のCa/Al濃度比が指標として有効であることを示唆した。
     Review: Root parameters of forest trees as sensitive indicators of acidifying pollutants: a review of research of Japanese forest trees
     総説: 酸性汚染物質に対する高感受性指標としての樹木根:日本の森林樹木研究の再検討
     著者:平野恭弘 他2名
     ページ:134−142

論文10.スギ人工林が乾燥化すると、直径1mm以下の細根や白根根端数に最も早く影響が現れることを明らかにした。
     Original article: Effects of simulated drought stress on the fine roots of Japanese cedar (Cryptomeria japonica) in a plantation forest on the Kanto Plain, eastern Japan
     論文:関東平野のスギ人工林における細根に対する土壌乾燥処理の影響
     著者: Bohdan Konôka 他4名
     ページ:143−151

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