プレスリリース

平成20年10月17日


小笠原に生息する絶滅危惧種の鳥「メグロ」は
狭い海峡を越えずに独自の進化を遂げている?

                      独立行政法人 森林総合研究所


  森林総合研究所は、小笠原諸島に生息する絶滅危惧種の野鳥であるメグロが、島と島の間をほとんど移動していないことを明らかにしました。
  メグロ(写真1)は小笠原諸島固有の絶滅危惧種の野鳥です。この鳥は、小笠原諸島の中でも母島列島の3島(母島、向島、妹島)にのみ生息しています(図1)。これら3つの島は、ほんの数キロしか離れていないのですが、DNAや形態の差異を調べた結果、メグロは島の間をほとんど移動しないことがわかりました。ニュージーランドのキウイのように、飛翔力を失った鳥が島の間を移動しないことは知られていますが、今回のメグロのように飛翔力を持った鳥がこれほど近い島の間で交流を行わない例は、非常にめずらしいと言えます。このように島の間の交流が少ないため、各島のメグロは、それぞれ異なる進化の道を歩み始めている可能性があります。このことは、単にメグロという種を絶滅から守ればよいのではなく、それぞれの島の個体群を別々に保全する必要があることを我々に教えています。

  本研究は、環境省「地球環境研究総合推進費」(F-051)により遂行されたものです。


独立行政法人 森林総合研究所  理事長  鈴木 和夫
研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  大河内 勇
研究担当者  :

森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 川上 和人

広報担当者  : 森林総合研究所 企画部研究情報科長  中牟田 潔
     Tel:029-829-8130
        029-829-8134
     Fax:029-873-0844

【背景】
  小笠原諸島は、「東洋のガラパゴス」と異名をとる日本を代表する海洋島で、この島にしかいない多くの生き物が暮らしています。鳥類についても、かつて小笠原諸島には4種類の固有種がいました。しかし、残念ながら3種は絶滅し、現在はメグロ(写真1)だけが生き残っています。このメグロも、戦前には少なくとも7つの島に生息していたことが知られていますが、現在は母島列島の3つの島(母島、向島、妹島)にしか生息していません(図1)。そのため、環境省のレッドデータブックで絶滅危惧種に指定されています。また、文化庁によって特別天然記念物にも指定されています。
  現在メグロの主要な生息地となっている母島は有人島で、農地開発による森林減少や、移入種であるネコの捕食などの影響が心配されています。そのため、メグロの絶滅を防ぐためには、早急に適切な保全策を講じる必要があります。
  さらに、母島列島では、至近距離にもかかわらずメグロが生息する島としない島が混在しています。従って、メグロは島の間をあまり移動せずに、島ごとの個体群が、独自の進化の過程を歩み始めている可能性があります。
  以上のことから、絶滅危惧種のメグロを保全するためには、はじめにメグロが島の間を移動せずに独自の進化を遂げつつあるのかどうかを確かめたうえで、その結果に適した保全の仕方を考える必要があります。

【成果】
  本研究では、メグロが島の間を移動するのかを明らかにするため、母島、向島、妹島のメグロの遺伝子を解析しました。合計132個体のミトコンドリアDNAの配列を分析した結果、母島と妹島では、それぞれの島でしか見られない固有の配列が見つかりました(図2)。さらに、向島ではたった1種類の配列しか見つかりませんでした。このように、各島の個体群ごとにDNAの構成の著しい違いが見られたため、メグロは島の間でほとんど行き来をしていないことが分かりました。これら3つの島は、互いに数キロしか離れていません。
  特定の島の個体でしか見られないDNA配列は、それぞれの島で独自に進化した可能性もありますが、同時に人間の影響の可能性も否定できません。もともとは広い範囲にその配列を持つ個体が生息していたものの、過去の森林破壊などのため一部の島からいなくなったのかもしれません。いずれにせよ、明確な違いがあるということは遺伝的な交流が少ないことを示します。
  次に、メグロの形態を比較したところ、向島と妹島ではくちばしの形が異なっていることがわかりました。ダーウィンフィンチなどの研究事例で知られるように、鳥のくちばしは、食物の種類や大きさによって進化し、形が変化しやすい部分です。一般に、メグロは昆虫や果実を採食しますが、島ごとに食物の種類や大きさに違いがある可能性が考えられました。形態の違いもまた、遺伝的な交流が少ないことを示します。
  なぜメグロが至近距離の島の間を移動しないのかは今のところ不明ですが、元々森林を好む鳥なので、例え数キロといえども、海のように広く開けたところを飛ぶことに、抵抗があるのかもしれません。

【成果の活用方法】
  今回の調査結果は、諸島内でそれぞれの島ごとに異なる生物相が成立している可能性が高いことを示しています。このことは、小笠原が非常にユニークな生態系を持っていることを示しています。
  小笠原諸島は、世界自然遺産への登録を目指しています。今回の研究から、小笠原諸島における生物多様性を保全していくためには、単に種を保全するだけでなく、それぞれの島の個体群を実態に合わせて別々に守っていく必要があることがわかりました。メグロの場合では、人間の住んでいる母島ではネコなどのペット管理の徹底を、無人島の向島や妹島では、個体群を絶滅させないための監視体制の強化などが必要でしょう。
  現在の小笠原では、林野庁による森林生態系保護地域の設定や、環境省による自然再生事業をはじめとし、文化庁や東京都、小笠原村など、さまざまな行政機関による保全事業が進められています。今回の研究成果は、世界自然遺産候補地科学委員会などを通じて、これらの事業の推進に貢献することが期待されています。

  本研究は、環境省「地球環境研究総合推進費」(F-051)により遂行されたものです。



【用語説明】

1)海洋島 南米のガラパゴス諸島など、島の成立以来、大陸とつながったことのない島のことを指します。一般的に、海を越える能力のない地上性哺乳類や両生類などは分布していません。
2)ミトコンドリアDNA 細胞のミトコンドリア内にあるDNAです。


【本成果の発表論文】
タイトル: Genetic and morphological differences among populations of the Bonin Islands White-eye in Japan(小笠原諸島のメグロ個体群における遺伝的、形態的変異)
著  者: Kazuto KAWAKAMI(川上和人)、Sachiko HARADA(原田幸子)、Tadashi SUZUKI(鈴木惟司)、 and Hiroyoshi HIGUCHI(樋口広芳)
掲載誌: Zoological Science(日本)
巻号(年): Vol.25 No.9 (2008)



写真1 メグロ
 写真1 メグロ
生息地では珍しい鳥ではなく、森林内のいたるところで見られる

図1:小笠原諸島と母島列島の位置図
図1:小笠原諸島と母島列島の位置図

図2:DNA解析で分かった各島のメグロ個体群の遺伝的差異
図2:DNA解析で分かった各島のメグロ個体群の遺伝的差異
円グラフのそれぞれの色が、各個体群における異なるDNA配列を持つ個体の割合を示しています。
母島の3地点、向島、妹島の各1地点で調査を行いました。

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