プレスリリース
 

平成22年 1月19日

独立行政法人 森林総合研究所
 
実生から大木までカバーする樹木個体呼吸推定式の開発により、
炭素収支研究が飛躍的に前進
 

ポイント

 ・ 世界で初めて樹木全体の呼吸量を推定する手法を開発

 ・ 森林の炭素貯留量の正確な推定を行うことが可能に

 
 
概要

  森林総合研究所は、筑波大学、琉球大学、ロシア科学アカデミースカチョフ森林研究所、ダルトン株式会社、沖縄県林業試験場、京都大学、ムラワルマン大学と共同で根を含む樹木全体の呼吸量の推定手法を開発しました。
  地球温暖化の緩和効果が注目されている森林の炭素収支は樹木の光合成(収入)と呼吸(支出)の差し引きで定義され、温度で決まる呼吸がその収支を左右します。これまで、個体の大きさと個体呼吸の関係式を基に数多くの森林生態系の炭素収支研究がされてきました。しかし、森林は重量で約1兆倍も異なる大小の樹木個体によって構成されており、測定の困難さ、樹種や生育環境の多様性などから、根を含めた個体呼吸を推定する一般式は定まっていませんでした。
  私たちは、芽生え〜大木まで樹木個体全体の呼吸量を測定する方法を開発し、熱帯の東カリマンタン〜亜寒帯のシベリアにわたる64種類271本の「根を含む植物個体呼吸」の実測により、個体呼吸の一般的な推定手法の開発に成功しました。これにより、地球温暖化に対処するための森林の炭素貯留量の解明の進展が期待されます。

予算:1)科学技術研究費補助金「フルレンジ・スケーリングにおける根を含む個体呼吸の一般化」、
      Grant-in-Aid (Scientific Research (B), 18380098, FY2006-2008)
    2)森林総合研究所交付金プロジェクト「北方天然林における持続可能性・活力向上のための森林管理技術の開発」、
      Research Grant #200608 of FFPRI (FY2006-2010)
    3)環境省環境総合研究推進費「シベリア凍土」(Project No. B-2, FY1997-2000)

 
 
問い合わせ先など

 独立行政法人 森林総合研究所  理事長 鈴木 和夫
 研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  藤田 和幸
 研究担当者: 森林総合研究所
  植物生態研究領域 個体生理担当チーム長  森 茂太
 広報担当者  : 森林総合研究所 企画部 研究情報科長 荒木 誠
  Tel:029-829-8130  Fax:029-873-0844
 
 
研究開発の目的及び社会的背景

  森林の炭素貯留量を正確に推定することは、森林が地球温暖化抑制に果たす役割を明確にする上で、たいへん重要です。これまでの森林の炭素収支の推定は1枚の葉、一部の幹の呼吸測定を基にして行うことが一般的でした。特に、根を含む樹木個体全体の正確な呼吸測定は極めて困難で、研究例は殆どありませんでした。
  この研究では、樹木個体重量と個体呼吸1)の関係を実測によって一般法則化し、それを基に森林全体の呼吸量を推定する手法の開発を目的としました。

 
研究の内容

  本研究では、発芽直後の芽生えから、幹周囲2m以上の大木まで対応できる20種類以上の大きさの測定装置を開発しました。64種類271個体を試料として、「根を含む全個体の呼吸」を直接実測しました(図1)。従来の樹木個体呼吸研究中で最多サンプル個体数、これまでにない広範囲におよぶ個体重量2)で樹木個体呼吸を正確に測定しました。これにより、長年一般法則化が困難であった樹木個体呼吸の一般定式化を可能にしたのです。

  
研究の成果

  従来は、樹木個体重量()と個体呼吸()の関係は、アロメトリー式と呼ばれる「単純べき関数」(R=a W b, a :係数、:指数)で表現されていました。現在、傾きを示す指数が3/4(1)と1(2)という説が有力視されています。しかし、個体呼吸の推定方法に様々な問題が指摘され、今も論争が継続しています。そこで本研究では、独自の方法で多数の個体呼吸を正確に測定しました。その結果、傾き3/4は小個体で、傾き1は大個体で当てはまりが悪く、従来の式では全てを表すことはできませんでした(図−2の赤破線と青破線)。この問題を解決するため、個体が大きいほど傾きが3/4に、小さいほど1に漸近する2相系の「混合べき関数」(図−3の黒破線が傾きの変化)が統計的に最適な数学モデルであることを示しました(図−2の黒線が混合べき関数)。この新モデルは、従来の2つの有力説を統合して、芽生えから大木まで多種類にわたり適応できる新しい呼吸推定式として炭素収支研究に大きな影響を与えるでしょう。

 
成果の意義と活用

  芽生えから大木にかけて呼吸量が2相に変化する原因は、呼吸する生きた組織の占める割合が異なることにあります。すなわち、葉の割合が大きい芽生えでは、全体の組織が生きているので呼吸は重量比例します。しかし、大木個体全体では、幹中心部分で呼吸の低い死んだ組織の重さの占める割合が大きくなるため、個体重量当たりの呼吸は低くなります。つまり、葉と支持器官である幹との構成割合が重力などの物理環境で変化し、それが2相系の樹木個体代謝の生物学的特性となっていると考えられました。
  樹木成長は芽生えから大木まで1兆倍(10の12乗)に及ぶ非常に大きな重量幅に応じて2相に変化する個体呼吸で制御されます。森林生態系の炭素収支はこうした2相系のダイナミックな新モデルによって特徴づけられることを実測から発見しました。新モデルは、従来予測困難であった根や土壌を含めた森林生態系全体の炭素蓄積の変動予測研究に大きく貢献すると期待されます。
 

用語解説

1)個体呼吸(Whole-plant respiration)
  この論文では、20℃での根を含む1本の樹木個体当たりの呼吸速度を1秒間に放出する二酸化炭素のモル数で表現しました。μmol =10-6mol。
2)個体重量(Whole-plant mass)
  この論文では生の重さkgで示しました。

 

 
本成果の発表論文

タイトル:

Mixed-power scaling of whole-plant respiration from seedlings to giant trees(実生から巨木までの植物個体呼吸を表現する混合べき関数)

掲 載 誌: PNAS(アメリカ科学アカデミー紀要)
巻号(年): 2010年1月8日 オンライン版
著  者:

森茂太、山路恵子(筑波大学)、石田厚、Stanislav G. Prokushkin(V.N. Sukachev Institute of Forest SB RAS)、Oxana V. Masyagina(V.N. Sukachev Institute of Forest SB RAS)、Rafiqul A. T. M. Hoque(琉球大学)、萩原秋男(琉球大学)、諏訪錬平(琉球大学)、大澤晃(京都大学)、西園朋広、上田龍四郎((株)ダルトン)、金城勝(沖縄県森林資源研究センター)、宮城健(沖縄県森林資源研究センター)、梶本卓也、小池孝良(北海道大学)、松浦陽次郎、藤間剛、Olga A. Zyryanovad(V.N. Sukachev Institute of Forest SB RAS), Anatoly P. Abaimov(V.N. Sukachev Institute of Forest SB RAS)、粟屋善雄、荒木眞岳、川崎達郎、千葉幸弘、Marjnah Umari(Mulawarman University)

U R L: http://dx.doi.org/10.1073/pnas.0902554107


 
引用文献

(1) West GB, Brown JH, Enquist BJ (1997) Science 276.
(2) Reich PB, Tjoelker MG, Machado J, Oleksyn J (2006) Nature 439.
 
  


写真:A
A
写真:B
B
写真:C
C

 図1 植物個体呼吸の測定のようす
  A:シベリア永久凍土地帯のカラマツ個体呼吸測定、内部の温度は永久凍土と焚き火の熱を利用してPCで制御した。
  B:巨木は切断して測定した。切断の影響がないことも確認しながら測定した。
  C:小さな実生の測定。これらの基本測定原理は統一した。


図2 根を含んだ個体重量(Whole-plant mass)−全個体呼吸(Whole-plant respiration)の関係
図2 根を含んだ個体重量(Whole-plant mass)−全個体呼吸(Whole-plant respiration)の関係
  赤い破線が傾き3/4の直線式(単純べき関数)(1)、青い破線が傾き1の直線式(2)。傾きをそのままに直線を上下しても実測値に当てはまりません。傾きの変化を図3に示しました。私たちは、この2本の直線式を漸近線として統合する「曲線(混合べき乗式)」式(黒線)を新たに提案しました。

図3 個体重量(plant mass)に応じて変化する混合べき関数の傾き(Slope)
図3 個体重量(plant mass)に応じて変化する混合べき関数の傾き(Slope)
   黒破線は図2の「混合べき関数」の傾きの変化を、赤、青の破線は傾き1(2)と3/4(=0.75)(1)を表します。
 

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