種の特徴

クロミサンザシは我が国では北海道と長野県菅平に隔離分布している。北海道レッドデータブックでは絶滅危機種(CR)、長野県版レッドデータリストでは絶滅危惧IA(CR)である。海外ではサハリン、極東ロシアに分布することから、寒冷な時期に北方より南下して分布を広げたのち、温暖化とともに分布が後退して現在の分布になったと推定される。
3-10mの小高木−亜高木で、灰褐色の樹皮が縦にめくれあがる特徴がある。若枝は赤褐色で、鋭い刺をもつ。葉は卵形で不規則な欠刻状の鋸歯を持つ。北海道では5月下旬〜6月上旬に5-30程の花を散房状につける。花弁は白色広卵形、雄蕊は30本程あり、葯は淡紅色〜紅色。10月ごろ黒紫色の丸い液果を房状に付ける。
エゾサンザシは、果梗に毛があるとされるが、毛の量も変異が大きく、クロミサンザシと同所的に見られることから同種と扱ってよい。
クロミサンザシは平地や緩斜面の明るい川筋に生育する。しばしば萌芽更新を行う。石狩平野では防風雪林内に残存している。道東ではニレ、ヤチダモ、ハシドイなどに交じって生える。
実生の光要求性は高く、相対光量子密度(RPPFD)と実生の生存率は高い相関(0.826)を示す。RPPFDが20%であれば50%の生存率があるが、5%になると20%以下の生存率になる。林床上層を刈り払い、光環境を改善した場合には120日後の生存率は1.3〜2.2倍高くなった。
クロミサンザシはケシキスイ、ハナノミなどの小型甲虫の訪花頻度が高く(写真1)、行動力の高いアブ、ハチは少数しか観察されない。遺伝解析の結果では、花粉を通じた平均遺伝子流動距離は33mで遺伝子流動は最大130m程度と推定された。平均父親数は5.3個体であり、花粉による遺伝子流動の効果は小さい。
一方、袋かけ実験の結果、自殖率は0.03と非常に低く、受精は他殖により行われている。1果実には3〜5個程度の種子があるが、シイナ率が80%を超える場合も多い。人工受粉により結実率は自然受粉の1.27倍に上がった。また、孤立木では自然結実率が0.18と低い。石狩地域の3集団のうち、2集団で訪花頻度と結実率の間に正の相関が観察された。このように、石狩地域のクロミサンザシでは花粉不足が生じており、特に孤立木で顕著である。
石狩平野での観察では、果実は10月下旬から11月にムクドリ、ヒヨドリ、ツグミにより食されていた。これら中型の果実食の鳥はある程度飛翔力もあるため、防風雪林間の種子の移動に貢献していると推定される。
アロザイム解析の結果では、遺伝子多様度は0.052〜0.153とばらつきが大きかった。他殖性にもかかわらず、集団間の分化程度(GST: 0.212)が高いこと(一般には他殖性が高いほど遺伝的分化は起こりにくい)から、それぞれの集団を作った種子源は限定されると考えられる。実際、各集団のサイズ構造は偏っており、更新が断続的に生じている。

写真1.クロミサンザシの花
小型甲虫が主要訪花昆虫

衰退要因

クロミサンザシは北方系の種であり、数千年のオーダーで長期的に衰退していくと推定される種であるが、直接の要因は生育地開発にある。
北海道の湿地面積は大正時代には1,772kuであったのが、現在は709kuと、約60%が消失している(国土地理院HP)。開拓が盛んだった明治期も考慮すれば消失面積はさらに大きい。特に、石狩川周辺湿地は121 kuから1kuと1%以下と著しく減少している。
クロミサンザシのもともとの生育地は、傾斜の少なく、湿っていて、川が分岐合流を繰り返して土壌がたまっている肥沃な氾濫原である(写真2)。河川の氾濫により裸地ができて、生育に好適な、日当たりがよく、湿潤で肥沃な環境が創生される。
現在、このような低湿地は、農地、牧草地、住宅地、工業用地として開発が進み、クロミサンザシの生育地がほぼ消滅してしまった。
また、河川管理・ダム建設によって河川氾濫が著しく減少した結果、高木や耐陰性の高い種の成長が進み、ササを含む高茎草本が侵入して林床が暗くなった。更新適地の創生が減少した結果、光要求性の高い実生は更新不良になった。
このように個体群が小さくなり、また、農地などに囲まれて個体群が孤立するようになると、遺伝子流動がますます制限され、シイナ率が高くなる原因となっている。

写真2.クロミサンザシの自然下での生育環境(サハリン)

保全のための課題と対策

このような状況においてクロミサンザシを保全するためには、次のような対策が必要である。
@土地の乾燥化を防ぐ河川管理
クロミサンザシの生育適地は河畔のやや湿った肥沃な土壌上である。水分供給源である川と湿地がコンクリートなど人工物で遮断され、農地・牧草地などへの土地改変のために明渠・暗渠が掘られ、生育地の乾燥化が進んでいる。乾燥化に伴い、ササ・オオハンゴンソウなどが侵入し、実生や稚樹が定着できない環境になっている。湿地及び湿性林をある程度の面積を確保し、立地環境を保全することが必要である。
A河川氾濫を模した定期的な管理による成木の成長促進と実生の更新適地の創出
都市近郊では安全管理上自然氾濫原を維持することは難しいことから、クロミサンザシの生活史上不可欠な撹乱の要素を人工的に付加してやる必要がある。光要求性の高いクロミサンザシが生き残れるために必要な受光伐や実生を育てるためのササやオオハンゴンソウ等の刈り払いなどが求められる。
B個体群内での交配を可能とする密度管理
クロミサンザシは他殖性であるため次世代の更新には他個体との交配が必須である。また、受粉できる範囲も百数十m程度である。現状でも花粉不足が示されていることから、孤立木や少数集団にならないように気をつける必要がある。必要であれば周辺集団から苗木を育成し、補植してもよい。
C集団間での種子散布を可能とする個体群配置
種子は中型の鳥により散布されるが、ヒヨドリで体内に滞留する時間は1時間程度であり、その間の鳥の行動圏は数百m〜数km程度と考えられる。その範囲内に複数のクロミサンザシの潜在生育環境及び種子散布鳥が立ち寄れる環境を残し、または作ることで、各生育地が種子散布でつながり、遺伝子交換ができるネットワーク状の配置が望まれる。
* 印刷刊行物では、クロミサンザシのレッドリストランクが「絶滅危惧II類(VU)」と誤表記されたまま未修正のものがあります。謹んでお詫びし、「絶滅危惧IB類(EN)」に訂正いたします。
