種の特徴

ハナノキは、カエデ属ハナノキ節に属する雌雄異株の落葉高木で、胸高直径100cm、樹高25mを越えるものもある。日本固有の樹木である。
ハナノキ節の仲間は、第三紀の温暖期に北半球の高緯度地域にまで広く分布していたが、度重なる氷河期を耐えて生き残ったのは、北米に分布するレッドメープル(Acer rubrum)とシルバーメープル(Acer saccharinum)に加え、日本のハナノキの3種のみである。
北米の2種は北米東部に広く分布する普通種であるのに対し、ハナノキは長野・岐阜県境にまたがる恵那山を中心とする半径約50kmというごく限られた地域に、遺存的に分布する。東海丘陵要素と呼ばれる植物種群の一つである。東海丘陵地域から約120km北に位置する長野県大町市居谷里湿原には、隔離集団がある。
ハナノキは、東海丘陵地域では、通常、3月下旬〜4月初旬にかけて展葉に先立って開花する。紅色の雌雄の花は、早春の里山を美しく彩る(写真1)。
種子は約1ヶ月半で成熟し、5月下旬に散布される。冷温帯に分布するカエデ属の樹種では、種子が秋に散布されるのに対して、ハナノキ節の3種は初夏に種子を落下させるのが特徴である。
ハナノキは、種子生産に豊凶はあるものの、毎年、比較的多くの雌雄花が開花し、孤立木以外では充実種子の生産も良好である。しかし、ハナノキの種子は散布時に休眠状態にあり、冷湿状態で3ヶ月以上経過しないと休眠が解除されない。このため、初夏に散布された後、翌春までは発芽せず、その間に、種子が死亡する危険性は秋散布種子より高い。特に、野ネズミ類による食害は、集団によっては致命的な影響を及ぼすことが指摘されており、初夏の種子散布は、実生の発生に不利な特性といえる。
ハナノキは、主に、ミズゴケ類が分布する湧水のある貧栄養の小湿地にシデコブシやハンノキなどとともに生育する。このような湿地では、過湿条件下にあり根系が十分に発達しないため、風によって根返りする個体もある。

写真1. 早春を彩るハナノキの開花(岐阜県恵那市)

衰退要因

ハナノキの主な生育地である阿智川や木曽川支流域の低湿地は、住宅、工場、ゴルフ場建設など、近年、急激に土地開発の対象となり、これによって、多くのハナノキの生育地が消失し、集団の分断・孤立化、小集団化が進んでいる。現在、胸高直径5cm以上のハナノキが100個体を越える集団は長野県飯田市と岐阜県中津川市の2カ所のみであり、50個体に満たない集団が多い。
また、戦後の拡大造林により、ハナノキの生育地やその周囲にスギ、ヒノキなどが植林されている場合が多い。このような林分では、針葉樹の成長に伴って、林内の光環境が悪化し、更新サイトの適地が失われ、ハナノキの次世代確保が困難となっている。
天然記念物の保護制度が国によって制定された大正時代から、ハナノキは希少で保護すべき樹木として、関係者にはよく知られていたようである。現在、ハナノキ自生地の6カ所が、国による天然記念物として指定されている。さらに、県や市の記念物に指定されている自生地も多い。
しかし、保護措置のとられている指定地の全てが個体数が50個体に満たない小集団であり、ハナノキのみが保護の対象となり、自生地の保護・保全措置が十分になされていない事例も多い。その結果、こうした自生地においても、次世代を担う後継樹がほとんど見られないのが実状である。このような自生地では、成木の寿命とともにハナノキ集団が消滅する危険性すらある(写真2)。

写真2.国指定天然記念物「釜戸ハナノキ自生地」
(岐阜県瑞浪市)更新稚樹が見られない.

保全のための課題と対策
自生地においてハナノキ集団を保全するためには、現存する集団を保護するのみならず、実生の発生、定着、成長が保証され、次世代を確保できる環境条件を整える必要がある。具体的には、次のような保全のための対処が必要である。
@ 生育地の保全
現在、残っている局所集団をこれ以上失わないようにすることがまず望まれる。そのためには、現存する個体群を保全するばかりでなく、そうした集団が生育できる自生地の環境を保全することが重要である。
A集団サイズの拡大
現在、ハナノキが生育していない周辺環境を含めて、より広範囲の環境を保全し、更新サイトを広げることで、集団サイズを拡大することが望まれる。これによって、近隣集団との遺伝的交流の復活も期待される。
B光環境の改善
生育地やその周辺が人工林の場合、これまで実生や稚樹が見られなかった場所でも、伐採により光環境が改善すると、実生が定着し、順調に成長するようになった(写真3)。受光伐は伐採率を上げるほど、その効果は高くなるが、急激な林冠の開放は、強風時の風倒被害を引き起こす危険も高くなる恐れがある。このため、受光伐は複数年に亘って実施するなど、慎重に行う必要がある。また、林床の光環境の改善は他の雑草木の繁茂も引き起こすため、下刈りなど適切な抑制策を講じる必要がある。
C 苗木の由来に留意
ハナノキは、街路樹や庭木として植栽される場合も多い。自生地周辺にハナノキを植栽する場合、花粉や種子を通した遺伝子の交流が引き起こされ、地域集団の遺伝的固有性が脅かされる恐れがある。このため、苗木の由来は同じ地域内に限るなど十分に注意する必要がある。また、アメリカハナノキの苗木が、ハナノキと区別しないで扱われる事も少なくない。外来種との交雑は、日本固有のハナノキに遺伝的かく乱を引き起こす深刻な問題であり、特に注意が必要である。
D 地域における保全への理解と協働
ハナノキの生育地の多くは私有地にあり、保全に当たっては、土地所有者、地域住民、行政の保全への理解と協力、連携が必要不可欠である。

写真3. 開放下のミズゴケ上で更新したハナノキ実生
<関連文献>
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<参考資料>
ハナノキ節の樹木とその分布(pdf:189KB)
ハナノキ自生地の現状(pdf:183KB)