種の特徴

シデコブシはモクレン科モクレン属の落葉小高木で、日本固有種である。かつてはレッドリストにおいて絶滅危惧U類(VU)に指定されていたが、2006-2007年発表のレッドリスト第2次見直しの結果、準絶滅危惧(NT)に指定されている。 分布は、東海三県の丘陵地に限られ、具体的には岐阜県の東濃・中濃地域、愛知県尾張・三河・渥美地域、三重県北勢地域で、特に愛知県渥美地域、三重県北勢地域の集団は隔離分布をしている。これらの地域には他にも多くの固有種、準固有種があり、これらの種は東海丘陵要素と呼ばれている(植田 1989)。シデコブシの生育する立地は、湧水のある山裾や小さい谷の湿った谷底(Ueda 1988)、丘腹斜面の小規模な水路(リル)(後藤 1992)、丘陵斜面の水路底(菊池 1994)である。
シデコブシの局所集団は通常小さく、湿地や小さな川沿いに断続的に出現し、局所集団は全体としてメタ個体群構造をとる。樹高は10m以上、胸高直径が20cm以上にまで及ぶ。根元から萌芽幹を出し、しばしば株立ちする。花は早春に、開葉に先立って咲き、雌性先熟の両性花を咲かせる(写真1)。1つ花の開花期間は約10日で、株全体では20日間程度開花する(Setsuko et al. 2008)。同じモクレン科のコブシやタムシバと比較して、花被弁が9-25枚と多いのが特徴である。花粉は主に甲虫によって媒介されるが、セイヨウミツバチやマルハナバチの訪花も観察されている(Yasukawa et al. 1992, Setsuko et al. 2007)。果実は8-9月に成熟し、最大で40個程度の種子を含む集合果をつける(写真2左)。種子はしばしば樹冠下に落下しているのが観察されるが、ヒヨドリ等の鳥類が散布に寄与していると考えられる(写真2右) 。

写真1 シデコブシの花(A)、雌期の花(B)、移行期の花(C)、雄期の花(D)

写真2. シデコブシの集合果(左)、シデコブシの種子を持ち去るヒヨドリ(右)

衰退要因

レッドデータブック(環境庁 2000)によれば、湿地開発、土地造成、ゴルフ場開発などが減少の主要因とされている。しかし、最近では自治体および地元住民の意識の向上により、自生地の開発は避けられるようになってきた。最近では、生育地の光環境が植生遷移や人工林化によって悪化していることが大きな衰退要因の1つであると考えられる。
1995年までに日本シデコブシを守る会傘下の団体によってシデコブシ全分布域を対象とした株数調査が行われ(日本シデコブシを守る会 1996)、さらに、約20年後の2007年よりシデコブシ集団センサス実行委員会による集団の再調査が行われている。この再調査の結果、例えば、各務ヶ原市内の集団において株数減少が認められた8割以上もの集団で、湿地周囲の二次林、スギ・ヒノキ人工林、竹林の発達・繁茂による「被陰」が要因と推定されている。
実際に本種において、集団サイズの減少や、周辺集団が絶滅することによる残存集団間距離の増加によって集団間の遺伝子流動が低下し、そのために集団の遺伝的変異が低下していることが示されている。集団の遺伝的変異の減少は、集団の存続可能性を低下させる一因であるため、このような減少プロセスがあることを認識しておく必要があるだろう。

保全のための課題と対策

集団サイズを大きく保ち、また集団を周辺集団から孤立させないようにメタ個体群構造を保ったまま存続させることが重要である。そのためには、これ以上の生育地の破壊を防ぐことは言うまでもないが、今後は生育地の光環境を改善させ、集団サイズを小さくしないこと、集団を孤立させないことが重要である。具体的な対策および注意点を次に挙げる。
@生育地の光環境の改善
愛知県海上の森のシデコブシ集団では2007年より生育地の光環境を改善させるため周辺樹木の伐採試験が行われている(写真3)。胸高断面積合計で5割程度の周辺樹木を伐採したことで、光量子束密度が20%、開空度が10%上昇した。その結果、翌年の実生の生存率が3倍も向上し、実生の平均伸長量も大きくなった。一方で、翌年の開花個体数や開花量、種子生産効率はあまり変化がなかったが、恐らくこれらのパラメーターは光環境の改善に対する反応が遅いため、もしくはシデコブシの種子生産に1年おきの豊凶があるためだと考えられ、今後も継続した調査が必要である。


写真3. 伐採を行っていないサイト(左)、伐採を行った後のサイト(右)
A生育地集団間の距離
集団の孤立に関しては、花粉散布および種子散布の最大距離が約500mであったこと、集団内の遺伝的変異が半径500m以内の周辺集団数が多いときに最も高くなることから、集団間の距離が500m以上離れないことが望まれる。つまり、500m以上の分断を起こすような自生地の破壊は避けるべきである。
B移植用苗木の由来への留意
集団サイズが数個体というレベルにまで減少している場合や集団が既に絶滅している場合は、人工的な植栽を行うことも有効だろう。しかし、本種は東海3県のみという狭い分布域であるにも関わらず、集団間に遺伝的な違いがあり、その違いは集団間の距離が離れるほど大きなものとなっている。そのため、移植のための種苗は近隣集団から集めたものを用いるように留意すべきである。
(鈴木節子/森林遺伝研究領域、戸丸信弘/名古屋大学、石田 清/弘前大学)
