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2020年5月12日
国立大学法人 東京農工大学
学校法人 東京農業大学
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
ポイント
本研究成果は、日本の哺乳類学誌「Mammal Study(略称:Mamm Stud)」オンライン版(4月15日付)及びVol45 No.2 (4月30日付)に掲載されました。
論文名:Age- and sex-associated differences in the diet of the Asian black bear:importance of hard mast and sika deer
著者名:Tomoko Naganuma, Shinsuke Koike, Rumiko Nakashita, Chinatsu Kozakai, Koji Yamazaki, Shino Furusaka and Koichi Kaji
国立大学法人東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の長沼知子特任助教、農学研究院自然環境保全学部門の小池伸介准教授、東京農業大学、森林総合研究所らの共同研究チームは、ツキノワグマ(以下、クマ)の食性(注1)と、クマの性別・年齢、ブナ科堅果(いわゆる、ドングリ)の結実豊凶(注2)の関係を調べました。この結果から、クマは性別や年齢によって食べ物の構成割合の割合が異なっているという新しい知見が得られました。
雑食動物は、植物質から動物質まで幅広い種類の食べ物を利用する一方、肉食に近い個体からほぼ草食の個体まで、個体による食性の違いが大きいことが知られています。クマも雑食動物で、季節に合わせて様々な種類の食べ物を選択しますが、個体による食性の違いは知られていませんでした。日本では毎年数千頭以上のクマが人里に出没するなどして捕殺されています。クマの人里への出没の原因は、山のドングリの不作や人里で放棄された果樹への誘引など、食べ物が関係することが知られています。ところが、捕殺される個体の性別や年齢には偏りが見られ、個体ごとの食性の違いが影響している可能性があります。そこで本研究では、同じ地域に生息するクマの食性が性別や年齢によって違うのか、また、その違いをもたらす要因は何かを明らかにすることを目的に、性別・年齢、ドングリの結実量の違いと食性の関係を調べました。
2003年から2013年にかけて栃木県・群馬県にまたがる足尾・日光山地で学術捕獲した延べ148頭のクマの体毛の炭素と窒素の安定同位体比(注3)(δ13C・δ15N)をそれぞれ測定しました。これを調べることで、クマが何を食べていたかがわかります。クマの体毛は夏から秋にかけて、その時々の食生活を反映しながら伸びていきます。そのため、本研究ではクマの体毛を根元から5mmずつ切り分けて、それぞれを分析することで、各個体の夏(6-7月)と秋(9-10月)の食べ物の構成割合を推定しました。
一般的にクマは、夏には野生のサクラやキイチゴの果実、アリを食べることが知られていますが、本研究では5歳以上の個体でニホンジカ(以下、シカ)が食べ物に占める割合が高く、特にオスの方がその傾向が強くなっていました(図1)。果実やアリよりも高タンパク、高カロリーである肉は、クマにとって魅力的な食べ物です。クマにとって大きなシカの成体を捕まえることは困難かもしれませんが、夏はシカの出産期とも重なっており、子ジカならば簡単に捕まえることができるでしょう。また、オスはメスよりも体が大きく、このことは食べ物を巡る競争にも有利に働くため、他の個体よりも多くシカを食べることができると考えられます。
秋のドングリは、冬眠中に必要なエネルギー源である脂肪を蓄えるために大切な食べ物です。そのため、秋は老若男女問わずどのクマもドングリ中心の食生活を送ります(図2)。ただし、メスや若いクマは、ドングリが不作の年はスズメバチなどの昆虫やシカをやや多く食べていました。今回の解析ではアリ以外の昆虫とシカを区別することはできませんが、おそらく体の大きいオスとの競争を避けるため、昆虫を食べることでドングリの不作による食物量の減少を補っているのでしょう。一方、詳しい理由は分かりませんが、5歳以上のオスはドングリが豊作の年も、一定の量の昆虫やシカを食べていました。また、秋は子ジカも大きく成長していて捕らえるのが困難でしょうから、昆虫だけではないとすれば死んだシカの肉を食べていると考えられます(図3)。
図1. 夏のクマの食べ物全体に占める「植物(果実など)」、「シカ」、「アリ」が占める割合の平均値と95%信用区間。
図2. 秋のクマの食べ物全体に占める「植物(ドングリなど)」と「昆虫(スズメバチなど)やシカ」の割合の平均値と95%信用区間。秋はほとんどアリを採食しないため図には示していない。
図3. シカを食べるツキノワグマ(撮影:横田博)。春に撮影。体の大きさからシカ成体の死体と思われる。
本結果より、同じ地域に生息するクマであっても、個体の性別、年齢、ドングリの実りの程度によって、異なる食生活を送っていることが明らかになりました。人里への出没などにより捕殺されるクマは、オスの割合が高いことが示されています。本研究の結果から、シカ肉と同様に栄養価の高い生ゴミや放棄された果樹が人里の中に放置されることが、日ごろからより高栄養な食物を欲するオスのクマを人里へ引き寄せている可能性が考えられます。今後は、人里においてこういったクマを誘引する食べ物の撤去や管理を徹底することで、クマと人間との間の軋轢を減らすことが期待されます。
なお、本研究はJSPS科研費 24380088、25850103、16H04939、16H04932、17H00797、17H05971、17J07841、環境省公害防止等試験研究費の助成を受けたものです。
注1)動物の食べ物の種類や食べ方についての性質のこと。
注2)野生の樹木の多くは、果実(種子)の生産量が大きく年変動するとともに、ブナ科の樹木では広範囲の個体間で生産量の年変動が同調する傾向が強い。
注3)動物の体は採食によって得られた物質で形作られる。食物の種類によって含まれる安定同位体(環境中に安定して存在する同位体(陽子の数は同じだが、中性子の数が異なる原子))の割合は異なるため、体毛など動物の体の組織の安定同位体比を測定することで、過去に食べた物の種類を推定することができる。例えば足尾・日光山地のクマの夏の食事メニューでは、植物(果実など)のδ13C・δ15N値は–28.5 ± 2.5(平均値±sd)‰(千分率、1%の10分の1)・–2.7 ± 1.4‰、シカの肉のδ13C・δ15N値は–26.3 ± 0.7‰・1.7 ± 0.6‰、アリのδ13C・δ15N値は–19.1 ± 3.6‰・0.9 ± 0.9‰である。
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