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プレスリリース

2020年5月25日

国立大学法人 弘前大学
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所

種子は同種の葉を手がかりにして「安全地帯」で発芽する

ポイント

  • 植物の種子発芽が同種の葉由来の水溶性化学物質によって促進されることを発見しました。
  • 同種の葉が蓄積した環境では芽生えが生き残りやすいことから、種子が生物的な情報を手がかりにして生育に適した環境を選択している可能性があります。
  • 種子の生物的情報に対する発芽応答を体系化し、今後の発芽応答の評価基準を示しました。

研究の概要

弘前大学の大崎晴菜さん(研究当時、修士課程2年)と山尾僚助教、森林総合研究所の向井裕美主任研究員は、エゾノギシギシの種子の発芽が、同種の葉から浸出する水溶性の化学物質によって促進されることを発見しました。本種の芽生えは親株の近くで生き残りやすいことから、種子が生育に適した環境を選択していると考えられました。生物的環境に対する種子の発芽促進の現象は、他の植物から栄養を奪うことで生育する寄生植物などの一部の植物でのみでしか知られておらず、非常に稀なケースとされてきました。今回、私たちの研究によって寄生などの特殊な生活史をもたない植物種においても種子が生物的環境に応じて発芽の有無を変え、生育適地を選択していることが分かりました。さらに、今回の結果をふまえて、これまで報告されてきた生物的環境に対する種子の発芽応答について整理したところ、種子は主に発芽率に関する「発芽の促進・抑制」と発芽タイミングに関わる「発芽の加速・遅延」の4つの応答を示すことで、様々な生物的環境に対応していることがみえてきました。今後これらの知見を基に、種子の生物学的環境に応じた発芽戦略の理解がさらに進むことが期待されます。この成果は、令和2年5月20日にPlant Species Biologyに掲載されました。

論文情報

タイトル:Biochemical recognition in seeds: Germination of Rumex obtusifolius is promoted by leaves of facilitative adult conspecifics

著書:Haruna Ohsaki, Hiromi Mukai, Akira Yamawo

掲載誌:Plant Species Biology DOI: https://doi.org/10.1111/1442-1984.12275

研究の背景

種子から発芽したばかりの芽生えは、微細な環境変動にも大きな影響を受けやすい、幼く、か弱い存在です。たとえば、草地で発芽した芽生えは、既にその場所で成長していた他の植物と土壌養分などの資源をめぐる競争に曝されます。したがって、種子にとって、少しでも競争相手が少ない環境で発芽することが、芽生えの生存において重要になると考えられます。
エゾノギシギシは、オオバコやシロツメクサなどの他種の競争者と一緒に生育しています。したがって、大人のエゾノギシギシから散布された種子は、芽生えてすぐに既に大きく成長している他種の植物との競争に曝されることになります。このような環境の中でも、大人のエゾノギシギシの周辺では、古くなり落葉した葉に含まれる物質が他種の植物の発芽や成長を抑えることなどにより、他種の植物が生育しにくい環境が形成されています。一方、エゾノギシギシの芽生えはこうした状況でも生き残り、成長することができることが過去の私たちの研究から明らかになっています。つまり、エゾノギシギシの芽生えにとって、大人の同種の周辺は、他種植物の存在しない「安全地帯」となっているのです。そこで私たちは、エゾノギシギシの種子は同種の葉由来の化学物質を手がかりにして発芽することで、同種の周辺という生存率の高い環境での発芽を達成しているのではないかと予測し、検証しました(図1)。

 

図1 同種が広げた葉の下で発芽したエゾノギシギシの芽生えを表した図

図1 エゾノギシギシの植物体と種子の関係

研究の内容・意義

私たちは、エゾノギシギシの発芽が同種の葉の存在によって促進するのかを調べるために、黄色に変色した落葉寸前のエゾノギシギシの葉を2枚の寒天で挟んだものをシャーレに設置し、その上にエゾノギシギシの種子を並べました(図2)。また、エゾノギシギシの葉の代わりに、ろ紙を挟んだものも比較対象として用意し、それぞれのシャーレ上の種子の発芽について観察しました。

 図2 エゾノギシギシの発芽が同種の葉の存在によって促進するのかを調べる様子
図2 実験に使用したエゾノギシギシの古い葉(左)と実験のセットアップ(右)


その結果、エゾノギシギシの種子の発芽率は、ろ紙を挟んだ条件よりもエゾノギシギシの葉を挟んだ条件で2倍以上高くなることがわかりました(図3a)。一方、エゾノギシギシと一緒に生育していることが多いウシノケクサ、シロツメクサ、オオバコの種子についても同様の手順でエゾノギシギシの葉に対する発芽率の変化を調べたところ、発芽は抑制されるか、何も影響を受けないことが分かりました(図3b,c,d)。

図3 エゾノギシギシ、シノケクサ、シロツメクサ、オオバコの種子についても同様の手順で発芽率の変化を調べた結果を示すグラフ
図3 エゾノギシギシの葉が種子の発芽に与える影響


これらの結
果は、私たちの予測の通りに、エゾノギシギシの種子が同種の古い葉が存在している条件でより発芽することを示しています。また実験では、種子と葉は直接接触しておらず、寒天を介して水溶性物質のみが授受されるようになっています。したがって、エゾノギシギシの種子は、葉から浸出する水溶性の化学物質により同種の葉を認識していると考えられました。

上記の結果をふまえ、これまで個別に報告されていた「他の植物の存在に対する種子の発芽応答」を体系化したところ、発芽率に関する応答「発芽の促進・抑制」と発芽速度に関する応答「発芽の加速・遅延」に分けることができました(図4)。これにより、発芽率に関する応答は、エゾノギシギシのように生育適地を選択する際に有効であり、発芽速度に関する応答は他の植物との競争関係を緩和する際に有効となりうることがみえてきました。

図4 発芽率に関する応答と発芽速度に関する応答を示すグラフ
図4 発芽応答のパターン

今後の予定・期待

今後は、まとめられた4つの発芽応答を基準とし、種子の生物的環境の認識能力と発芽応答の進化や多様性について明らかにしたいと考えています。さらに、種子が用いる環境情報の利用特性についても詳細な解析を進めることで、種子の発芽戦略の理解が進むことが期待されます。

 

お問い合わせ

研究担当者:
国立大学法人岩手大学大学院連合農学研究科 地域環境創生学専攻 博士後期課程1年 大崎 晴菜(おおさき はるな)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所 森林研究部門森林昆虫研究領域昆虫生態研究室 主任研究員 向井 裕美(むかい ひろみ)
国立大学法人弘前大学農学生命科学部生物学科 森林生態学研究室 助教 山尾 僚(やまお あきら)

広報担当者:
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所 企画部広報普及科
TEL: 029-829-8372
E-mail:kouho@ffpri.affrc.go.jp


 

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所属課室:企画部広報普及科

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