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プレスリリース

2020年10月28日

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所

コナラの放射性セシウム吸収を決める土壌のカリウム ―利用可能なきのこ原木林判定への新たな手がかり―

ポイント

  • きのこ原木林のコナラ当年枝の放射性セシウム吸収を決める主要な要因を明らかにしました。
  • 土壌の交換性カリウム量が多いほどコナラの放射性セシウム吸収は少なくなります。
  • きのこ原木林として利用可能なコナラ林を判定するために、土壌の交換性カリウムの情報を活用することが有効です。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、放射能汚染されたきのこ原⽊採取⽤のコナラぼう芽林を調査し、⼟壌の交換性カリウム量(⽤語解説*1)がコナラ当年枝(⽤語解説*2)の放射性セシウム吸収を決める主要な要因であることを明らかにしました。
⼟壌の交換性カリウムには、農作物や樹⽊の植栽⽊による放射性セシウム吸収を抑制する効果があることが知られています。きのこ原⽊林のコナラによる放射性セシウム吸収に対する⼟壌要因の影響を明らかにするため、放射能汚染が⼀様な地域においてコナラぼう芽林34か所で当年枝と⼟壌の調査を⾏いました。当年枝は樹⽊の成⻑が盛んな部位でカリウムやセシウムの濃度が⾼くなるため、⼟壌からの放射性セシウム吸収の指標になります。
その結果、コナラ当年枝の放射性セシウム吸収を決める主要な要因は、⼟壌の交換性カリウム量であることを明らかにしました。コナラでも放射性セシウム吸収が⼟壌の交換性カリウムによって⼤きく左右されることから、放射能汚染地域において利⽤可能な原⽊林を判定するために、⼟壌の交換性カリウムの情報を活⽤することが有効です。
本研究成果は、2020年9⽉にJournal of Environmental Radioactivity誌に掲載されました。

背景

福島県は阿武隈地⽅を中⼼にきのこ栽培に⽤いる原⽊の⽣産が盛んで、他県にも多くの原⽊を供給していました。そのような中、2011年3⽉の東京電⼒福島第⼀原⼦⼒発電所事故により原⽊林も放射性セシウムに汚染されてしまいました。事故後初期の調査から、⾷品の放射性物質の基準値である100Bq/kgを下回るきのこを栽培するためには、50Bq/kg以下の原⽊を使⽤することが要請されました。検査により原⽊の放射性セシウムが50Bq/kgを超えたために原⽊⽣産が停⽌してしまった地域は、阿武隈地⽅だけでなく、福島県周辺の県にも及んでいます。原⽊きのこの⽣産者は、⻄⽇本も含め他県から原⽊を取り寄せるなどして、原⽊きのこ栽培を再開するための努⼒をしていますが、「地元の原⽊を利⽤したい」という強い要望があります。本研究ではそのような要望に応えることを念頭に、原⽊に利⽤される代表的な樹種であるコナラの当年枝と⼟壌の化学性や放射性セシウム量の関係を調べました。

内容

調査は、2016年から2017年の冬季に、きのこ原⽊の主産地であった福島県⽥村市都路町で⾏いました(図1)。原発事故後に伐採更新された34か所のコナラぼう芽林で、放射性セシウムが蓄積している深さ5cmまでの⼟壌の化学性及び放射性セシウム137(以下、セシウム137)とコナラ当年枝のセシウム137濃度の関係を調べました(図2)。⼟壌の化学性としては、放射性セシウム吸収を抑制する効果が知られている⼟壌中の交換性カリウム(⽤語解説*1)のほかに、交換性カルシウム、交換性マグネシウム、pHを測定しました。セシウム137は、深さ5cmまでの総量と交換性のセシウム137量(⽤語解説*3)を測定しました。⼟壌から樹体内に吸収されたセシウムは、成⻑部位に集積する傾向があります。そのため、成⻑が盛んな当年枝のセシウム137濃度をセシウム137吸収の指標として調査対象とし、成⻑が休⽌してセシウム137濃度が安定する冬季に調査を⾏いました。
コナラ当年枝のセシウム137濃度に有意な影響が認められたのは、⼟壌中の交換性カリウム量と交換性のセシウム137量でした(図3、4)。とりわけ、⼟壌中の交換性カリウム量の影響が⼤きく、交換性カリウム量が多いとコナラ当年枝のセシウム137濃度が低いことがわかりました(図3)。セシウム137総量(⽤語解説*3)が50〜70kBq/m2で同じ汚染程度の2つの調査区で、⼟壌中の交換性カリウム量が1.0g/m2の調査区では当年枝のセシウム137濃度は6300Bq/kgでしたが、交換性カリウム量が6.4g/m2の調査区の当年枝のセシウム137濃度は39Bq/kgで約160分の1でした。また、⼟壌の交換性のセシウム137量が多い場所ではコナラ当年枝のセシウム137濃度が⾼い傾向があり、コナラのセシウム137吸収には⼟壌のセシウム137総量よりも交換性のセシウム137量の⽅が影響していることもわかりました(図4)。

図1.調査地の福島県⽥村市都路町の位置図
図1 34か所のきのこ原⽊林調査区の位置(緑⾊の丸)とセシウム137沈着量の分布(沈着量データは放射線量等分布マップ拡⼤サイト/地理院地図、原⼦⼒規制委員会から、2012年6⽉28⽇時点。中央の⻘線内が福島県⽥村市都路町)

図2.コナラぼう芽株(左)、当年枝(右上)、株近くの土壌資料採取地(右下)の写真
図2 きのこ原⽊林調査区内のコナラぼう芽株(左)、当年枝(右上)と株近くでの深さ0〜5cmの⼟壌試料の採取(右下)
数⼗メートル四⽅の1つの調査区から、コナラぼう芽株5個体を調査しました。右上の写真は、⾚⾊の破線で⽰した中央の太い前年枝以外の枝はすべて当年枝です。当年枝には冬芽(円内)が付いています。

図3.⼟壌中の交換性カリウム量と当年枝のセシウム137濃度の関係を示すグラフ
図3 深さ5cmまでの⼟壌中の交換性カリウム量とコナラ当年枝のセシウム137濃度の関係
グラフは両対数軸で表⽰されており、主要な⽬盛1つで10倍異なります。⼟壌の交換性カリウム量が多いと当年枝のセシウム137濃度が低く、両対数グラフ上で負の相関が認められます。

図4.⼟壌の交換性のセシウム137量(左)及びセシウム137総量(右)と当年枝のセシウム137濃度の関係を示すグラフ
図4.深さ5cm までの⼟壌の交換性のセシウム137量(左)及びセシウム137総量(右)とコナラ当年枝のセシウム137濃度の関係
グラフは両対数軸で表⽰されており、主要な⽬盛1つで10倍異なります。当年枝のセシウム137濃度に対しては、⼟壌中のセシウム137総量よりも交換性セシウム137量との関係がより明瞭に認められました。

今後の展開

本研究で明らかにされた、コナラぼう芽林においても交換性カリウムが放射性セシウム吸収を⼤きく左右するという知⾒は、放射能汚染地域において利⽤可能な原⽊林を判定するための重要な⼿がかりを与えるものです。50Bq/kgを超える原⽊が⾒つかった地域においても、⼟壌の交換性カリウム量が多いところでは、原発事故後に伐採更新されたコナラのセシウム137濃度が50Bq/kgを下回る可能性があります。このような林地を効率的に⾒つけることができれば、原⽊林の利⽤再開への道筋が開けます。そのため、森林総合研究所では、現在、林地斜⾯における⼟壌中の交換性カリウムの分布特性を明らかにする研究に取り組んでいます

論文

タイトル:Relationship between the activity concentration of 137Cs in the growing shoots of Quercus serrata and soil 137Cs, exchangeable cations, and pH in Fukushima, Japan

著者:Tsutomu Kanasashi, Satoru Miura, Keizo Hirai, Junko Nagakura, Hiroki Itô

掲載誌:Journal of Environmental Radioactivity、220-221巻(2020年9⽉)

研究費:⽣物系特定産業技術研究⽀援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」

用語解説

(*1)交換性カリウム量
植物の必須元素であるカリウムは根からの吸収でセシウムと競合するため、放射性セシウムの吸収抑制効果があります。⼟壌中に含まれるカリウムのうち、植物が吸収可能なものを交換性カリウムと呼び、酢酸アンモニウム溶液で抽出して濃度を測定します。得られた交換性カリウム濃度に⼀定容積中の⼟壌の重量を乗じて、⼀定⾯積の⼀定の深さの⼟壌に含まれる交換性カリウム量を算出します。本研究では、放射性セシウムが集積している、深さ5cmまでの表層⼟壌中に含まれる交換性カリウム量を解析対象としました。

(*2)当年枝 
その年に新たに伸びた枝を当年枝と呼びます。カリウムやセシウムは、植物の成⻑する部位で濃度が⾼くなるので、当年枝は⼟壌からのセシウム137吸収の指標となります。当年枝は、葉が枝から直接出ているか、枝に冬芽が付いていることで⾒分けられます。また、原⽊に利⽤する幹のセシウム137濃度は当年枝のセシウム137濃度から推定可能で、当年枝よりも濃度が低くなることが分かっており、当年枝の濃度から推定する⼿法の開発が進められています。

(*3)交換性のセシウム137(量)、セシウム137総量
セシウム137は、⼟壌中では⼤部分が粘⼟鉱物や有機物に吸着あるいは固定されています。このうち、酢酸アンモニウム溶液で抽出されるセシウム137を交換性と呼び、植物に吸収されやすい性質があります。酢酸アンモニウム溶液で抽出されない残りのセシウム137と合わせた全体がセシウム137総量であり、そのうち交換性の占める割合は数%程度で⼟壌によって割合は異なります。

 

お問い合わせ

研究推進責任者:
森林総合研究所 研究ディレクター ⼤丸 裕武

研究担当者:
森林総合研究所 震災復興・放射性物質研究拠点 研究専⾨員 三浦 覚

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp


 

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所属課室:企画部広報普及科

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