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プレスリリース

2021年9月28日

京都大学
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所

連続して生じる異常気象は樹木の衰退を加速させる ―地球温暖化の森林への影響を高精度に予測する道を開く成果―

京都大学生態学研究センター 石田厚 教授、京都大学大学院理学研究科 中村友美 修士課程学生(研究当時、現 株式会社ナカライテスク)、京都大学生態学研究センター 河合清定 ポスドク研究員(研究当時、現 国際農林水産業研究センター)、森林総合研究所 才木真太朗 研究員、矢崎健一 主任研究員らの研究グループは、世界自然遺産である小笠原諸島にて、種子の大量生産後、引き続いて起きた異常気象によって、樹木がどのように衰退・枯死していったのか、その生理過程を明らかにしました。
近年、地球温暖化等による気候変動のため熱波や山火事、干ばつといったさまざまな異常気象が頻発しています。こういった異常気象により、樹木の枯死や森林の衰退が世界各地で報告されています。今後地球温暖化の進行により、こういった異常気象はさらに頻発していくことが予測されています。一方、樹木は子孫を残すために種子繁殖をします。その際多くの樹木種で、何年かに一度、多くの個体が一斉に開花し大量の種子を生産するという現象が見られ、これをマスティングと呼びます。マスティングが起きる年(なり年)には、あまりに多くの種子を生産するため、樹木が弱ることもしばしば報告されています。今後の温暖化により、マスティングと異常気象が連続したり同時に起きてしまうといったタイミングも増えていくかも知れません。こういったイベントが連続して起きた場合、樹木はどのような影響を受けるのか未だ定かではありません。この研究では、種子繁殖によって樹木体内に貯蔵されていたでんぷん(糖)をより多く使ってしまった個体ほど、その後に起きた異常気象(大型台風や夏の干ばつ)後の回復が弱く、貯蔵でんぷんも貯められず、結局樹木は糖欠乏の負のスパイラルに陥って衰退し、時には枯死にまで至ってしまうことがあることが明らかになりました。
本研究成果は、2021年9月15日に、国際学術誌「Global Change Biology」のオンライン版に掲載されました。

背景

近年の温暖化等により、世界各地で熱波や干ばつ、大型台風といったさまざまな異常気象が頻発しています。
また多くの樹木種は、何年かに一度、多くの個体が一斉に開花し大量の種子を作るといったマスティングと呼ばれる習性をもっています。将来、このようなマスティングと異常気象がたまたま重なってしまうことも頻発してしまうかも知れません。しかし今までの樹木や森林の衰退研究では、マスティングのみや、個別の乾燥、もしくは個別の台風への影響といった調査しかなされておらず、こういったマスティングと様々な異常気象イベントが同時に起きたとき樹木がどのような影響を受けるのか、わかっていませんでした。温暖化により森林生態系がどのように変化していくのか、そういった将来予測の精度を向上させるため、マスティングやさまざまな異常気象の同時発生がどのように樹木に障害を与えるのかといったことを調べることは、世界的にも重要かつ緊急な課題になっています。

研究手法・成果

小笠原諸島では、2018年から2019年にかけての冬、固有樹種シマイスノキはなり年になりました。多くのシマイスノキの個体が種子を生産しましたが、中には種子をほとんど生産しなかった個体も見られました。その後小笠原諸島は、2019年10月24日台風21号の直撃を受け、父島では最大瞬間風速52.7メートルを記録しました。日最大瞬間風速が50メートルを超えたのは、統計データのある1968年8月以降、この時を含めて8回だけです。この台風では、強風により多くの家屋に被害が出るとともに、海から陸上に運ばれた塩水により多くの樹木に被害が生じました。葉が塩をかぶったため、細胞膜が傷み、光合成能力は大きく低下しました(これを塩害と呼びます)。さらにその後、2020年の夏は降水量が少なく強烈な乾燥がかかりました。
この2019年のなり年から2020年の乾燥後にかけて、シマイスノキの樹体内に貯蔵されているでんぷん量や、樹木の成長量、枝内部での水の通りやすさ、光合成能力などを継続して測定していきました。その結果、種子を旺盛に生産した樹木個体ほど、貯蔵でんぷん量は少なくなっていました。さらに結実量とは関係なく、台風による塩害が大きかった個体ほど、貯蔵でんぷん量は少なくなっていました。窪地に生育していたり、台風の風の前面に他の樹木があったりして守られていた個体では、塩害は少なく、貯蔵でんぷん量の低下も少なくなっていました。このように結実量の程度や台風被害によって、樹木個体間で、貯蔵でんぷん量に大きなばらつきが生じていました。そういった状況で、さらに2020年の夏、降水量が少なく厳しい乾燥がかかりました。厳しい乾燥がかかったことで、枝内部の水を通す機能(通水機能)が低下しました。しかしその後に雨が降った時、貯蔵でんぷん量が多かった個体は、枝の通水機能を回復させることができ、さらに枝も伸長成長し、貯蔵でんぷん量も増やしていました。一方、貯蔵でんぷん量が少なかった個体は、枝の通水機能は回復できず、大きく太い枝も枯死し、貯蔵でんぷん量の回復も見られませんでした。この中には、翌年枯死してしまった個体も出てきました。
このようにシマイスノキでは、大量の種子生産や、大型台風や干ばつといった異常気象の頻発は、樹体内の貯蔵でんぷん量を低下させることがわかりました。貯蔵でん量が低下している時にさらに異常気象が起きると、樹木の生理機能の回復を遅らせ、さらに貯蔵でんぷんの回復を遅らせてしまうといった負のスパイラルに陥り、樹木の枝枯れや、時により個体枯死にまで至らしめることがわかってきました。

図1.小笠原固有樹種シマイスノキが枯死した様子
図1:種子生産の後、連続して生じた異常気象(大型台風と夏の乾燥)によって枯死してしまった小笠原固有樹種シマイスノキ

図2.樹木を衰退へと導いていく生理過程の模式図
図2:種子生産や異常気象がどのように樹木を衰退へと導いていくか、その生理過程の模式図。青線は正の効果、赤線は負の効果を表す。台風による塩害は葉面積、光合成、枝の通水性を低下させ、乾燥は枝の通水性を低下させ、種子生産は葉面積の低下をもたらたす。それらの結果、貯蔵でんぷん量は低下し、大きな枝や個体の枯死をももたらす。

波及効果、今後の予定

近年世界各地から、熱波や異常な乾燥、山火事、大型台風のニュースが飛び込んで来ることが多くなっています。こういった異常気象は、樹木の枯死や森林の衰退をもたらし、我々人類の生活をも脅かしています。それは我々の生活が、自然から得られる様々な資源によって支えられているからです。温暖化の影響を予測し、それに対する対策を練っていくためには、温暖化対策を進めるとともに、将来予測を行う基礎的な研究が不可欠です。本研究は、さまざまな異常気象の頻発が、どういった生理機構で樹木や森林を劣化させていくのかを解き明かしています。今後頻発するかも知れないこのようなマスティングや異常気象の同時発生が、樹木や森林にどのような障害を与えるのかを調べ、森林生態系の将来予測の精度を上げていきます。

研究プロジェクトについて

本研究は、科学研究費18H04149(代表 石田厚)の助成を受けて行われました。

<研究者のコメント>
今まで樹木の衰退や枯死について、樹体内での水が通りにくくなる「通水欠損仮説」と、糖が欠乏して飢餓状態になる「糖欠乏仮説」が並び立ち、それぞれ科学的な証拠を持って唱えられてきました。それぞれの仮説が科学的な証拠を持って示されているのが不思議で、当研究室では、樹木の生理的な衰退過程を特に水と糖に着目して研究してきました。ここでは樹体内の貯蔵でんぷん量の低下が、枝内部の水の通り易さに障害を与え、さらにそれが生理的な衰弱を加速させたりといった、樹木の生理機能の制御や樹木枯死に大きく関わっていることが明らかになってきました。

論文タイトルと著者

タイトル:Tree hazards compounded by successive climate extremes after masting in a small endemic tree,Distylium lepidotum, on subtropical islands in Japan(種子繁殖と異常気象の連続発生は、世界自然遺産の小笠原樹木を衰退させる)

著者:Nakamura T., Ishida A., Kawai K., Minagi K., Saiki S.-T., Yazaki K. and Yoshimura J.

掲 載 誌:Global Change Biology, Vol. 27 (20) 5094 -5108, DOI 10.1111/gcb.15764

 

お問い合わせ先

研究担当者:
京都大学生態学研究センター 教授 石田 厚
国際農林水産業研究センター 研究員 河合 清定
森林総合研究所植物生態研究領域 研究員 才木 真太朗

広報担当者:
京都大学 総務部広報課国際広報室
Tel:075-753-5729
Fax:075-753-2094
E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel:029-829-8372
Fax:029-873-0844
E-mail:kouho@ffpri.affrc.go.jp


 

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