研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2023年 > わずかな広葉樹の大きな役割 —人工林内の広葉樹の保持は効率的に鳥類を保全する—
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2023年2月13日
国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
地方独立行政法人北海道立総合研究機構
ポイント
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、地方独立行政法人北海道立総合研究機構森林研究本部林業試験場、アメリカ地質調査所の研究グループは、針葉樹人工林内に生育する広葉樹を伐採せずに残存させる(以下、保持する)ことが費用対効果の高い鳥類保全手法となりうることを大規模野外実験の7年間にわたる調査から明らかにしました。
人工林が世界的に拡大し、木材生産上重要な役割を担うようになった現在、人工林で木材を生産しながらいかに生物多様性を保全するかは重要な社会的課題です。人工林の中に自然に生育する樹木を保持することは有望な手法ですが、それにともなう木材生産量の減少に見合った保全効果を上げられるのかが議論を呼んでいました。
北海道有林では、トドマツ人工林を伐採する際、林内に自然に生育する広葉樹を残す「保持林業」の大規模実験が行なわれており、私たちは伐採前から7年間にわたって生息鳥類を調査しました。結果を解析したところ、少量の広葉樹を保持することによって—人工林の木材生産量をわずかに減少させることによって—トドマツを伐採する前も後も多くの鳥類を保全できることが示されました。
SDGsを達成するためには、木材生産と生物多様性保全を両立する必要があります。針葉樹人工林内に生育する広葉樹の保持が森林施業のガイドラインや森林認証制度等に組み込まれることで、林業分野で生物多様性の保全が促進されると考えられます。
本研究成果は、2022年12月22日に Ecological Applications 誌でオンライン公開されました。
資源を生産しながらどのように生物多様性を保全すべきでしょうか?この問いに答えるにあたって、「土地の共有」と「土地の節約」という二つの対照的な戦略が注目されています。土地の共有では農地や林地を集約せず、耕作や育林をおこなっている場所で生物保全にも配慮して(生産と保全が土地を共有して)両立を目指します。一方土地の節約では、農林地はできるだけ集約化して耕作や育林のみをおこない、一方で生物の保全に特化した保護区の面積を最大化させることで生産と保全の両立を目指します。
土地の共有と節約のどちらが優れているのかという論争はこれまで農業分野で注目を集めてきました。しかし人工林が世界的に拡大し、多くの木材を生産するようになった現在、この問いは林業分野でも重要なものになりました。日本に広がる針葉樹人工林では、広葉樹が混交すると多様な生物が生息するようになることが知られています。しかし広葉樹を保持して生物多様性のために空間を確保することは、針葉樹を育成する空間を減らすことになり、木材生産量は減ってしまいます。人工林に広葉樹を保持することによって、私たちは減少する木材生産量に見合った保全効果を得られるのでしょうか?
北海道有林では、トドマツ人工林を伐採する際に広葉樹を異なる本数で保持する大規模な実験が行なわれています。実験では、生育する樹木をすべて伐採して収穫する皆伐区、haあたり10本の広葉樹を伐採せずに残す少量保持区、50本残す中量保持区、100本残す大量保持区を設定しました(写真1左)。私たちはこの場所で伐採の前から7年間にわたって生息する鳥類を調査し、広葉樹の保持量に対して鳥類の個体数が伐採前後でどのように反応するのか検証しました(写真1右)。
写真1. 広葉樹中量保持区(左)と保持された広葉樹を利用するキビタキ(右)
その結果、トドマツを伐採する前も後も、広葉樹が多いほど鳥類の個体数は増加し、その増加曲線の立ち上がりは急で、その後はなだらかになりました(図1左・黒色と灰色の実線)。具体的には伐採前の調査から、広葉樹が多いトドマツ人工林ほど多くの森林性鳥類の生息が確認され、広葉樹が少し混じることで急速に個体数が増加しました(図1左・黒色の実線)。伐採後はトドマツの苗木が植えられており、広葉樹を多く保持した伐採地ほど多くの鳥類が利用していました。また、伐採後の広葉樹の保持量と鳥類個体数の関係も立ち上がりが急な増加曲線を示したことから(図1左・灰色の実線)、少しの広葉樹を保持することで、伐採後の個体数の減少を大きく緩和できることがわかりました。広葉樹を保持すると針葉樹を育成する空間が減少してしまうため、山元立木価格からみた人工林の経済的価値は減少してしまいます。しかし、広葉樹を少し混交させるわずかな経済的負担(図1右で右端から矢印のように少し左にずらす)によって、伐期を通した平均的な鳥類の個体数がより多く維持される、すなわち鳥類の大きな保全効果が生み出されることが分かりました。針葉樹人工林内に広葉樹を保持する土地の共有戦略は、木材の生産と鳥類の保全を効率的に両立できることが示されたと言えます。
図1. 広葉樹の量(左)と山元立木価格(右)に対する森林性鳥類個体数の反応
(左)伐採の前後で、広葉樹の量に対する森林性鳥類の個体数の反応曲線と誤差範囲を求めました。(右)左図の関係に基づき、伐期を通した平均的な森林性鳥類の個体数が人工林の経済的な価値(山元立木価格)とどのような関係にあるかを描きました。トドマツの材価を立米当たり1千円、広葉樹が存在せずトドマツのみから構成される人工林を300m3/ha、広葉樹が50m2/haまで増えるにしたがってトドマツの材積がその分減少すると仮定しました。広葉樹は鳥類を保全するために伐採せず保持することとし、価格計算には含めていません。
今回の結果に基づくと、トドマツ人工林の本実験地ではhaあたり20-30本の広葉樹(胸高断面積合計1.6m2/haに相当)を保持すれば、皆伐に比べて森林性鳥類の個体数を統計的に有意に多く維持できると期待されました。また伐採地の保持木は、周囲の非伐採地に縄張りを構える鳥類が利用していました。このため、広葉樹の保持を隣接する林分で連携させることで、保持林業の便益がさらに向上すると考えられます。
SDGsを達成するためには、木材を生産しながら生物多様性を保全する必要があります。広葉樹の保持を伐採や植栽に関するガイドラインや森林認証制度に組み込むことで林業分野での生物多様性の保全が促進されるでしょう。そして、針葉樹人工林内に生育する広葉樹の役割や価値の認知度を高める必要があります。こうした取り組みを進めることで、森林や林業、木材の社会的価値、関連する職業の誇りややりがいが向上することが期待されます。
論文名:Sharing land via keystone structure: retaining naturally regenerated trees may efficiently benefit birds in plantations(キーストーン構造による土地の共有:天然更新木の保持は人工林の鳥類へ効率的に便益をもたらすかもしれない)
著者名:山浦悠一(森林総合研究所四国支所)、雲野明(北海道立総合研究機構森林研究本部林業試験場)、J. Andrew Royle(アメリカ地質調査所)
掲載誌:Ecological Applications
DOI:https://doi.org/10.1002/eap.2802
研究費:文部科学省科学研究費補助金「JP25252030, JP18H04154」、三井物産環境基金「R12-G2-225, R15-0025」
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