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プレスリリース

2023年2月21日

福島大学
森林総合研究所
ミュージアムパーク茨城県自然博物館

シカは川沿いにやってきた!?
100年ぶりに茨城県南西部に出現したシカの由来推定

ポイント

  • ニホンジカは、明治時代から昭和初期にかけて強力な狩猟圧などによって個体数が激減していましたが、近年は日本列島各地で分布が急速に再拡大しています。
  • 茨城県では100年近くシカの分布域の空白地帯とされていましたが、2013年に八溝山においてシカの姿が記録されて以降、継続的に目撃情報が報告されており、近年は南西部でも姿が確認されるようになっていました。
  • 本研究では、茨城県の南西部で得られたシカ3頭の個体情報を整理するとともに、周辺地域のシカのサンプルを含めたミトコンドリアDNA解析により茨城県南西部に現れたシカの出自を考察しました。
  • 茨城県南西部で得られたシカは全て1歳のオスジカであり、ミトコンドリアDNAの遺伝子型は栃木県の日光地域のシカと一致しました。
  • さらにミトコンドリアDNA解析により関東地方のシカは那須矢板、日光、房総半島、関東山地の4つの集団に分けられることが明らかになりました。
  • 茨城県の3個体の捕獲・発見地点は鬼怒川および小貝川等の河川に近かったため、日光地域の若いオスジカが河川敷や河川沿いに広がる緑地を利用し移動したことが示唆されました。

概要

ニホンジカは明治時代から昭和時代前半にかけての強力な狩猟圧によって個体数が激減し、生息地が分断化され、各地で地域個体群が絶滅していました。しかし近年シカの分布域は急速に拡大しつつあり、日本の国土の約7割を占めるに至っています。茨城県では過去100年近くシカの生息は確認されていませんでしたが、2013年以降シカの目撃が報告されてきました。そこで、福島大学共生システム理工学研究科の高木俊人氏(博士後期課程3年)および兼子伸吾准教授、森林総合研究所、茨城県自然博物館などとの共同研究において、茨城県南西部で得られたシカの個体情報を整理するとともに、周辺地域のシカも含めたミトコンドリアDNA解析を行いました。その結果、茨城県南西部に出現した3個体は全て1歳のオスジカであり、いずれも日光地域のシカとミトコンドリアDNAの遺伝子型が完全に一致しました。茨城の3個体はいずれも河川の近くで捕獲・発見されており、日光地域の若いオスジカが河川敷や河川沿いに広がる緑地を利用して茨城県内まで移動したことが示唆されました。
本研究成果が「野生生物と社会」学会の学会誌『野生生物と社会』に発表されることになりましたので、ご報告いたします。

図1.ミトコンドリアDNA解析により関東地方のシカは那須矢板、日光、房総半島、関東山地の4つの集団に分けられることを示す図
図1.ミトコンドリアDNA解析により明らかとなった茨城県南西部のシカ(黒点は採集地点)の出自。

研究の背景

ニホンジカは日本を代表する大型の野生動物です。国内では北海道から南西諸島まで広く分布していますが、明治時代から昭和時代初期にかけては高い狩猟圧を受けて個体数が激減し、各地の地域個体群は絶滅していました。しかし近年、分布を回復させ2020年度の調査時点で、シカの分布は日本列島の約7割を占めるに至っています。こうした分布拡大は1990年代までの保護を中心とした政策や、人間の土地利用の変化など複数の要因が指摘されていますが、そのメカニズムは完全には明らかになっていません。茨城県では江戸時代まではシカの生息が確認されており、大規模な鹿狩りが行われていましたが、1920年ごろに常陸太田市および大子町での捕獲を最後に、確実な生息情報は途切れていました。しかし、2013年に茨城県北部の大子町八溝山エリアにおいてシカの姿が記録されるようになり、近年では県南西部においてもシカの目撃や捕獲、交通事故等が報告されるようになっています。
そこで本研究では、2015~2019年に茨城県南西部で得られた出自不明のシカ3頭について個体情報を整理するとともに、ミトコンドリアDNAコントロール領域の塩基配列解析に基づき、周辺地域(栃木県日光エリア、栃木県那須矢板エリア、関東山地エリア、千葉県房総半島)に生息するシカとの遺伝学的関係を明らかにすることで、茨城県南西部に現れたシカの出自判別を試みました。

研究手法

本研究では茨城県南西部で得られた出自不明のシカ3頭(つくば市2頭、結城市1頭)とその周辺地域である栃木県那須矢板(11個体)、栃木県日光(41個体)、房総半島(9個体)のシカのサンプルを収集し、DNAを抽出しました。得られたDNAからミトコンドリアDNA注1のコントロール領域の部分配列を解読しました。さらに、本研究で得られた合計64個体の塩基配列に加え、先行研究によってデータベースに登録されていた房総半島の263個体と関東山地の89個体の塩基配列を加えた、計416個体分のデータを用いて系統解析を行いました。

研究成果

茨城県南西部で得られたシカ3個体はいずれも1歳のオスと判定されました。本研究の対象地域のミトコンドリアDNAのハプロタイプとリピートモチーフの組み合わせは24通りでした。茨城県南西部の3個体は全て、ハプロタイプ:6TCG1、リピートモチーフ:TD-2という組み合わせで、他の地域からは栃木県の日光地域でのみ確認されていました。栃木県那須矢板、栃木県日光、茨城県南西部、房総半島、関東山地のシカの遺伝的差異について検討したところ、栃木県日光と茨城県南西部以外の地域間では集団の遺伝的特徴が異なることが明らかになりました。さらに茨城県で得られたシカ3個体は日光地域を源流とする鬼怒川付近で採取されていたことから、茨城県南西部に出没したシカは、日光地域の若いオスジカが河川敷や河川沿いに広がる緑地を利用し移動したことが示唆されました。

本研究の意義

本研究で用いた遺伝的手法などで得られる科学的情報を用いて野生動物出没を理解することは、複数の自治体の連携体制を促し、より効率の良い野生動物管理に貢献できると考えられます。シカの分布拡大と生息数の急増に伴う農林業被害の増加が大きな社会問題として挙げられる中、研究分野間の連携、科学的情報に基づいた管理単位の構築、行政界の枠組みを超えた連携を一層進めていく必要があります。

著者のコメント

福島大学 高木俊人
急速なニホンジカの分布拡大は、自然生態系のみならず人間の経済活動にも大きな影響を与えています。本研究で明らかとなったように野生動物は行政区画を越えて移動します。今後は複数の自治体が連携する広域的な保護管理の体制を強化していく必要があるでしょう。さらには遺伝解析に加えGPS首輪を活用した実際の移動ルートの解明など、ニホンジカの基礎的な生態情報の収集を広域的に進めていく必要があると考えています。

森林総合研究所 永田純子
現在、日本各地でニホンジカの分布域が広がっています。今回の個体のように河川敷等を利用して長距離を移動し、市街地に出没するシカは今後増加すると予想されます。これまでシカの生息が記録されていなかった地域でも出没の可能性は否定できません。そのような地域も含め各自治体では、シカが出没した際の具体的な対策を事前に整える必要があると考えられます。

茨城県自然博物館 後藤優介
野生動物の分布は人間の活動や自然環境の移り変わりに対応して変化しますが、その動向を捉えるためには、確実な目撃情報や、実物標本を伴う記録が不可欠となります。今回、分析した茨城県南西部のニホンジカの資料は、限られた情報を頼りに、各機関・個人等にご協力頂きながら迅速に連絡調整を行い、現地入りしたことで実物標本の入手が可能となりました。変化する自然情報を標本として残す体制の整備が望まれます。

掲載誌・論文情報

タイトル:茨城県南西部に出没したニホンジカのミトコンドリアDNA遺伝解析による出自の推定

著者:永田純子1、後藤優介2、高木俊人3、兼子伸吾3、原田正史4

著者の所属:1国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所、2ミュージアムパーク茨城県自然博物館、3福島大学共生システム理工学研究科、4元大阪市立大学大学院医学研究科

掲載誌:野生生物と社会(「野生生物と社会」学会 学会誌))

公開日:2023年2月15日付でオンライン公開

DOI:https://doi.org/10.20798/awhswhs.10.0_63

研究費:文部科学省科学研究費補助金(20H00652)

本論文は、オープンアクセスとなっていますので、インターネットを通じて(URL)どなたでも全文をご覧いただくことが可能となっています。

<報道機関関係者の方々へのお願い>
本研究に興味を持っていただきありがとうございます。本研究成果を取り上げる際には、原典の論文を引用していただきますようお願い致します。特にウェブサイト版での記事やSNS(TwitterやFacebook、YouTube等)等での情報発信の際には、上述の論文へのリンク(DOI)を付けていただくことを検討いただければ幸いです。また、このお願いにつきまして生物科学学会連合から提出されました「研究成果をメディアへ報道する際のお願い(https://esj.ne.jp/esj/message/no0804.html)も併せてご覧いただければ幸いです。

用語解説

注1)ミトコンドリアDNA:細胞内に多数存在する細胞内小器官、ミトコンドリアの中に含まれるDNA。母親からのみ子に遺伝情報が伝達(母性遺伝)され、一つの細胞内に多数存在し、コピー数が多いため、PCR増幅による遺伝情報取得が核DNAと比較して容易である。ただし、遺伝子の情報量は核DNAよりも少ない。(元に戻る

 

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 企画部 研究企画科 ダイバーシティ推進室 室長 永田純子

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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