研究紹介 > トピックス > プレスリリース > プレスリリース 2023年 > カミキリムシと酵母の共生関係を特定 ~酵母は特殊な器官で運ばれ、親から子へ受け継がれる~
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2023年3月23日
名古屋大学
国立遺伝学研究所
森林総合研究所
ポイント
東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の岸上 真子 元大学院生、松岡 史晃 大学院生、土岐 和多瑠 講師の研究グループは、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の前野 哲輝 技術専門職員、森林研究・整備機構 森林総合研究所の山岸 松平 研究員、安部 久 室長との共同研究で、カミキリムシの一種ヨツスジハナカミキリは、特殊な器官を発達させて特定の酵母と共生すること、その酵母は餌である木材の成分を分解することを解明しました。
木材を食べる昆虫で、微生物との関係について分かっているものはごく一部に限られます。本研究では、日本の夏山で最もよく見られるヨツスジハナカミキリについて調べたところ、酵母と共生することが判明しました。メス成虫の産卵管に、チューブ状の袋があり、酵母Scheffersomyces insectosaが分離されました。メスの体をマイクロCT注2)スキャンによって調べたところ、このチューブ状の袋は、体内で折れ曲がった状態で存在していました。幼虫の消化管には粒状の袋があり、同じ酵母が貯蔵され、卵からも同じ酵母が分離されました。酵母が木材の成分を分解できるかどうかを調べたところ、キシロースなどのほとんどの昆虫が自力で分解できない木材の成分を分解しました。
このことから、酵母は親から子へ産卵を通して受け継がれ、木材を食べる子の成長に大きく関わっているものと考えられます。
本研究成果は、2023年3月23日午前4時(日本時間)付アメリカ科学誌「PLOS ONE」に掲載されました。
木材は、主に難分解性の成分(セルロース、ヘミセルロース、リグニン)で構成されており、かつ栄養分に乏しいため、ほとんどの動物は自力で消化することができず、口に入れても栄養になりません。しかし、実際には、多くの昆虫が木材を餌として利用しています。実は、共生する微生物が難分解性成分を分解して、昆虫が利用できる物質にかえていると考えられています。これらの昆虫の中には、微生物を貯蔵、運搬するための特別な体の構造(共生器官)をもつものがいます。
カミキリムシは、幼虫が木材を食べて育つ昆虫で、一部の種は酵母と共生しています。幼虫では消化管に粒状の共生器官「マイセトーム」注3)を、成虫ではメスの産卵管付近に膜質でチューブ状の共生器官「マイカンギア」注4)をもちます。しかし、幼虫のもつ酵母と成虫のもつ酵母は同じなのか?その酵母は木材を分解できるのか?といったことは分かっていませんでした。
日本の夏、山では様々な花が咲きます。そこに花粉や蜜を求めてたくさんの昆虫が集まりますが、最もよく見られるのがヨツスジハナカミキリです(図1)。花を訪れた後、ヨツスジハナカミキリのメスは、枯れて朽ちた木に産卵します。幼虫は穴を掘って食い進み、木材の中で蛹になり、成虫へと羽化します。
ヨツスジハナカミキリの幼虫と成虫を解剖し、共生器官を調べたところ(図2)、酵母Scheffersomyces insectosaが入っていることが判明しました(図3)。調べた成虫には、花で採集したものと、枯れ木から羽化して出てきたばかりのものの両方が含まれています。同じ酵母は、卵の表面からも検出されました。マイクロCTを駆使してメス成虫の体内を調べたところ、共生器官「マイカンギア」は折れ曲がった状態で存在することが分かりました(図4)。マイカンギアは産卵管から出ており、その先端には筋肉が付着していました。通常、産卵管はメスの体内に収められていますが、産卵の際には、体外に露出します。それに伴い、マイカンギアは引っ張られ、伸びきった状態になると思われます。膜質で柔らかいマイカンギアが引っ張られることで、内部の酵母が絞り出されると考えられます。
酵母が木材の成分を分解できるかどうかを培養実験により調べました。その結果、酵母は、木材に含まれる難分解性成分のキシロース、セロビオース、キシランを分解しました。
以上の結果から、酵母はヨツスジハナカミキリの親から子へ産卵を通して受け継がれ、子はマイセトームに酵母を貯蔵しながら成長し、成虫になると育った木材の中で酵母をマイカンギアに取り込んで次の産卵場所まで運ぶと考えられます。酵母は、木材を食べる子の成長に大きく関わっているものと考えられました。
図1 ウドの花に集まるヨツスジハナカミキリ
図2 ヨツスジハナカミキリの共生器官(A)メス成虫のマイカンギア,(B)幼虫のマイセトーム
図3 Scheffersomyces insectosa
図4 マイカンギアの立体構造
森林には、木材を利用する昆虫が豊富に生息していますが、どのような微生物とどのように関係して木材を利用するか、分かっているものは一握りに過ぎません。本研究は、日本の森で最も身近なヨツスジハナカミキリについて、酵母との共生関係を初めて特定しました。
ヨツスジハナカミキリは、生きた木や建築材を加害しないので、害虫ではありません。森林に残された枯れ木を酵母と共に食べることで、枯れ木の分解に貢献するものと思われます。木が育ち、枯れ、腐り、土に還る―森の循環の一端を担う、昆虫と微生物の共生関係の理解に役立つ成果といえます。
本研究は、科学研究費助成事業(18K14473, 20KK0349)、発酵研究所一般研究助成(G-2018-1-034)、国立遺伝学研究所共同研究「NIG-JOINT」(26A2022)の支援のもとで行われたものです。
注1)Scheffersomyces insectosa:
これまで、木材を食べる海外の昆虫(ハナカミキリ、クワガタ)から分離された2例があるだけのレアな酵母。パン酵母に近いが、この酵母でパンができるかは不明。(元に戻る)
注2)マイクロCT:
マイクロコンピューター断層撮影の略称。小さな物体の内部構造を非破壊的に調べることができる。(元に戻る)
注3)マイセトーム:
Mycetome。共生菌の存在する組織の名称。(元に戻る)
注4)マイカンギア:
Mycangia (mycetangia)。共生菌を保持・運搬する器官の名称。菌嚢(きんのう)とも称される。(元に戻る)
雑誌名:PLOS ONE
論文タイトル:Yeast associated with flower longicorn beetle Leptura ochraceofasciata (Cerambycidae: Lepturinae), with implication for its function in symbiosis
著者:Mako Kishigami(岸上 真子:名古屋大学大学院生命農学研究科 元博士前期課程学生), Fumiaki Matsuoka(松岡 史晃:名古屋大学大学院生命農学研究科 博士前期課程学生), Akiteru Maeno(前野 哲輝:国立遺伝学研究所 遺伝メカニズム研究系 細胞建築研究室 技術専門職員), Shohei Yamagishi(山岸 松平:森林総合研究所 木材加工・特性研究領域 組織材質研究室 研究員), Hisashi Abe(安部 久:森林総合研究所 木材加工・特性研究領域 組織材質研究室 室長), Wataru Toki (土岐 和多瑠:名古屋大学大学院生命農学研究科 講師)
DOI:10.1371/journal.pone.0282351(外部サイトへリンク)
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