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プレスリリース

2024年11月26日

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所
北海道立総合研究機構

東日本のカシノナガキクイムシの由来を遺伝情報により解明
ナラ枯れがどのように広がったかを理解する手がかり

ポイント

  • ナラ枯れ被害発生に関わるカシノナガキクイムシのDNA分析を行いました。
  • 東日本には複数の遺伝的に異なるグループがあり、近年の被害域拡大はそれぞれのグループの分布拡大による可能性が高いことがわかりました。
  • ナラ枯れが発生していない地域では、近隣被害地からの飛来を警戒し、対策を行うことが重要となります。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、宇都宮大学、青森県産業技術センター、北海道立総合研究機構森林研究本部林業試験場の研究グループは、東日本のナラ枯れの被害域拡大を引き起こしているカシノナガキクイムシの由来を遺伝情報から明らかにしました。ナラ枯れは、カシノナガキクイムシが樹木の幹に多数穿孔し、この虫が媒介する病原菌によって、ナラ類やカシ類などの樹木が大量に枯死する現象です。近年の東日本では関東平野や北東北、北海道南端部で被害が拡大しています。カシノナガキクイムシのDNA分析を行ったところ、東日本には3つの遺伝的に異なるグループが分布することが明らかになりました。一方、それぞれのグループの分布域は最近拡大しており、特に被害域拡大の最前線では隣接する既存の被害地からカシノナガキクイムシが移住することで、新たな被害地が生じていると考えられます。近隣被害地からのカシノナガキクイムシの飛来を念頭に被害対策を考える必要があります。
本研究成果は、2024年10月3日にInsect Systematics and Diversity誌でオンライン公開されました。

背景

ナラ類、シイ・カシ類などが集団で枯死するナラ枯れ(図1.A)が全国各地で発生しています。これは、カシノナガキクイムシという小さな昆虫(図1.B)が大発生して樹木の幹に多数穿孔し、この虫が媒介するナラ菌と呼ばれる菌によって樹木が枯死するものです。ナラ枯れによって、貴重な森林資源が広範囲にわたって失われるとともに、生態系を変化させる結果となっています。
ナラ枯れは、1980年代末以降、主に本州日本海側を中心として発生していました。2007年ごろまでに被害が発生した地域を対象とした研究では、近年分布を拡大してきたものではなく元からいたカシノナガキクイムシが大発生して被害をもたらした例が知られています(森林総合研究所プレスリリース、https://www.ffpri.affrc.go.jp/press/2011/20110131/)。この事例ではナラ類が燃料として利用されなくなって本種の寄生に適した大径木が増加したことなど大発生しやすい条件が増えた結果、カシノナガキクイムシはそれぞれの地域で急増し、被害をもたらしたものと推測されました。
一方で、東日本においてはここ十数年、被害域が関東平野や北東北、北海道南端部にまで、急速に拡大しています(図1.C)。被害域が特定の方向に拡大していることから、カシノナガキクイムシの分布拡大に伴って被害地も拡大したことが疑われていましたが、これらの地域におけるカシノナガキクイムシの由来は不明でした。

図1.A青森県のナラ枯れ被害が広がっている森、Bカシノナガキクイムシ。約5.5cmと約5cmの2匹、C東日本の地図上にナラ枯れの被害地域を色分けで示す。
図1. A青森県のナラ枯れ被害地、Bカシノナガキクイムシ、C東日本におけるナラ枯れ被害域の拡大。

内容

本研究では、東日本各地から採集したカシノナガキクイムシ165個体からDNAを抽出し、多数の遺伝子座の塩基配列を解読しました。塩基配列のデータから東日本のカシノナガキクイムシは少なくとも3つの遺伝的に異なるグループに分けられることが明らかになりました(図2)。このことから、近年のナラ枯れ被害の拡大をもたらしているカシノナガキクイムシの由来は単一ではないことがわかりました。
3つの遺伝的に異なるグループの分布を見ると、北海道南端部、岩手県太平洋沿岸、関東平野など、最近ナラ枯れ被害が新たに生じた地点では、その近隣の既存被害地と遺伝的に同じグループのカシノナガキクイムシが被害の原因となっていました。このことから、東日本において近年新たに発生した被害の多くは、隣県などの近隣の既存の被害地からカシノナガキクイムシが移住することにより被害地拡大が起きた結果である可能性があります。
また、東北地方に2つの遺伝的グループが分布していることがわかりましたが、これらは祖先集団から別々の時期に分岐したあと、分布域を拡大するなかで交錯し、一部地域では交配した集団があることも明らかになりました(図3)。

東日本のカシノナガキクイムシは塩基配列のデータから3つの遺伝的に異なるグループに分けられていることを示す図
図2. 東日本におけるカシノナガキクイムシの遺伝的構造。円グラフの大きさは、解析した個体数を表す(全地域で合計165個体)。円グラフの色は、3つの遺伝的グループに由来する割合を全ての個体についてまとめて示している(単一の個体が複数のグループに由来する場合もある)。

東北地方に2つの遺伝的グループが分布しているが、一部地域では交配した集団があることを示すグラフ
図3. 推定された過去の集団動態のモデル図

今後の展開

本研究によって、カシノナガキクイムシの分布拡大が近年のナラ枯れ被害域の拡大を引き起こしている可能性が示唆されました。このことは、森林被害の拡大の過程を理解する上で重要な知見となります。温暖化に伴い、今後もナラ枯れ被害域は冷涼な高標高域や北方へ拡大し続ける可能性があります。これらの地域には家具用材やウィスキー樽にも活用されるミズナラなど重要な森林資源があります。ナラ枯れが発生していない地域では、最も近い被害地からの飛来を警戒し、ナラ枯れの侵入を防止することが重要となります。また、カシノナガキクイムシの生息域拡大は現在も進行中であり、将来的な再調査により、各遺伝的グループの拡大や接触などに関するリアルタイムな証拠が得られる可能性があります。

論文

論文名:Demographic history of Platypus quercivorus (Coleoptera: Curculionidae), a beetle causing mass mortality of oak trees, in eastern Japan(ナラ枯れを引き起こす甲虫カシノナガキクイムシの東日本における歴史的集団動態)

著者名:Takuya Kobayashi, Akira Ueda, Hisatomo Taki, Mineaki Aizawa, Masaaki Ito, Katsunori Nakamura, Masahiro Isono, Hisayuki Wada, Yoko Uchida, Sawako Tokuda, Etsuko Shoda-Kagaya, Kenichi Ozaki

掲載誌:Insect Systematics and Diversity Volume 8, Issue 5, October 2024, 3

DOI:https://doi.org/10.1093/isd/ixae032

研究費:森林総合研究所交付金プロジェクト「高解像度の集団遺伝解析によるナラ枯れ拡大地域におけるカシノナガキクイムシの由来の解明(202214)」、イノベーション創出強化研究推進事業(体系番号:JPJ007097)「With/Post ナラ枯れ時代の広葉樹林管理戦略の構築(課題番号:04021C2)」

共同研究機関

宇都宮大学、青森県産業技術センター、道総研森林研究本部林業試験場

 

 

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 北海道支所 森林生物研究グループ 主任研究員 小林卓也

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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