森林総合研究所 所報 bT6・2005-11
 
「森林の多面的機能」
解説シリーズ

第39回  物質生産機能(抽出成分の薬品としての利用)
成分利用研究領域  加藤 厚
 
  近代科学が成立する18世紀までは、薬といえば動植物などの天然物をそのまま、または抽出、蒸留などの操作を加えただけの文字通りの生薬でした。今日では治療薬として用いられる医薬品の多くは合成医薬ですが、その多くは天然から抽出して見いだされた薬効成分をもとにつくられたものです。樹木の成分については、既に所報のNo.55(平成5年4月号)からNo.78(平成7年3月号)に「樹木の成分と効用」というタイトルで詳しく解説されています。ここでは最近開発された樹木由来の薬品について紹介し、森林植物からの医薬品開発について解説します。

イチョウ葉エキス
  わが国ではイチョウの種子である銀杏を鎮咳、去痰薬として用いていましたが、葉の薬効については、関心が寄せられていませんでした。イチョウ葉エキスは1965年にドイツにおいて医薬品として登録され、フランスでは全医薬品中の売り上げ1位となっていますが、ヨーロッパで使われているもののほとんどは日本から輸出されています。イチョウ葉エキスは血液循環改善剤として認可されており、脳血管障害、痴呆症患者に対して投与されています。その成分として、フラボノイドが24%、ギンコライドなどのテルペノイドが6%含まれることが分かっていますが、残りの70%の詳細は不明です。このため、70カ国以上で医薬品として認可されているにもかかわらず、日本では認可されておらず、健康食品として取り扱われています。

タキソール
  樹木から見いだされた医薬品で最も有名なものは、タキソール(一般名はパクリタキセル)です。タキソールはイチイ科樹木に含まれるジテルペンアルカロイドで、米国国立ガン研究所が1960年代に13万の植物の抗ガン活性をスクリーニングした結果、見いだされました。特に重症の乳ガン、卵巣ガン、子宮ガンに卓越した効果があり、わが国でも1997年に認可されました。タキソールは植物中の含有量がきわめて少ないため、組織培養や化学合成による大量生産のための研究も行われてきました。化学合成については完全に合成法が確立しましたが、非常に複雑な化学構造をしているため、収率が低く多くのステップが必要です。このため、現在はイチイ科樹木に比較的多く含まれており、タキソールの構造に類似したバッカチンIIIという成分を単離し、これを原料とした半合成によってつくられています。
森林植物からの医薬品開発
  多くの植物が薬として用いられてきましたが、そのほとんどは野菜、果実、穀類のような身近なものです。人間の居住地から離れた所に存在する森林植物、特に樹木のように食経験のないものは、その対象となりにくかったようです。地球上の高等植物の内、何らかの化学成分情報が知られているのは1パーセント以下です。膨大な生物資源の中から薬用資源を発掘するためには、効率的に行う必要があります。その一つは、生態学調査に基づいてある特定の動植物に対する作用分子を生産するものを採集する方法です。例えば、ある植物が昆虫による摂食を忌避している場合、何らかの生理活性物質が関与していることが予想され、その物質は人間に対しても何らかの活性が期待できます。森林は未知の薬用資源が眠る宝庫といえますが、それを利用するためには、森林生態を化学的に研究することも必要でしょう。



タキソールの化学構造
タキソールの化学構造



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