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更新日:2022年11月1日

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自然探訪2022年11月 秋に咲く桜たち

“サクラ(桜)”といえば、春に咲く花の代名詞といえるほど私たちには馴染み深い花ですが、秋に咲くサクラがあることをご存じでしょうか。もちろん、コスモス(秋桜)のことではありません。

サクラはバラ科サクラ属の植物の総称です。この中の一種、ヒマラヤザクラと呼ばれるサクラは、秋、まさにこの時期(11月)に咲きます。その名の通り、ヒマラヤ周辺の標高1,300m以上の高地に生育しています。この地域はサクラの種の多様性も高く、春に咲くもの、秋に咲くもの、様々なサクラがみられ、サクラの起源地だとも考えられています。そこから北上した日本にはこのうち春に咲くグループのみが到達し、現在の私たちのサクラのイメージを形作ったのでしょう。

また、日本でも秋にサクラが咲くのを見ることができます。その一つが、いわゆる“狂い咲き”と呼ばれるものです。小春日和の下、台風や虫の食害によってほとんど葉がなくなってしまったサクラの枝先に、数輪花がつくのを見たことがある方も多いかと思います。サクラの花芽は、前の年の夏にはすでに準備され始めます(写真1)。この時、葉で作られる物質がブレーキに、一方で温度はアクセルのように働き、サクラの開花時期を決めているようです。つまり、秋に葉がなくなってしまうと開花を抑えるブレーキが効かなくなり、かつ気温の高い日が続くと開花が進み、いくつかの芽が「春が来た」と勘違いしてしまうようなのです。

一方、“狂い咲き”ではなく、秋に決まって咲くサクラもいくつか知られています。野生種ではなく、‘十月桜’、‘四季桜’、‘冬桜’など、人の手で作られた栽培品種たちです(写真2、3)。ひっそりと咲く姿は、凜とした秋の雰囲気ともよくあいます(写真4)。これらのサクラがなぜ秋に咲くのかはまだ分かっていませんが、興味深いことに、どの栽培品種も雑種由来と推定されています。例えば‘四季桜’は、マメザクラとエドヒガンという、どちらも日本に自生する春咲きの野生種同士の雑種です。種間交雑により、先の開花のブレーキ・アクセルの制御が崩れてしまったのかも知れません。近年、サクラのゲノム、発現遺伝子の研究が急速に進んでいることから、これら開花時期を制御するメカニズムも明らかになることを期待しています。

今回紹介したサクラのうち‘十月桜’、‘四季桜’、‘冬桜’は、先月の自然探訪のコーナーで紹介された森林総合研究所多摩森林科学園で見ることができます。またこれらの栽培品種は、サクラの名所や公園にもしばしば植えられています。最近、朝晩が急に冷え込むようになりましたが、春とは違った趣のサクラを探しに出かけてみてはいかがでしょうか。

 

(樹木分子遺伝研究領域 鶴田 燃海)

写真1:染井吉野の冬芽
写真1:‘染井吉野’の冬芽(10月9日 豊川市)

写真2:四季桜
写真2:‘四季桜’(10月10日 豊田市)

写真3:十月桜
写真3:‘十月桜’(10月9日 豊川市)

写真4:まばらに咲きはじめた十月桜
写真4:まばらに咲きはじめた‘十月桜’(10月9日 豊川市)

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