今月の自然探訪

更新日:2023年9月1日

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今月の自然探訪

木材が樹木であった痕跡

森林総合研究所(つくば市)の敷地内には、樹木園(写真1)という区画があり、国内外の多種多様な木々が樹種や気候帯などで区分された状態で育っています(https://www.ffpri.affrc.go.jp/facilities/jumokuen/1st-jumokuen.html)。私も時折、お昼休みを利用して植栽された木々の様子を観察しながら園内を散歩しています。

植物である樹木は、動物である我々人間と違い「根ざした土地から一歩も動けず、ひたすら光と水と二酸化炭素をもとに成長を続ける」ということは読者の皆様もご存じかと思います。時に我々は、樹木を伐採して木材に加工して住宅資材や家具などに利用します。種が運ばれて萌芽した天然林の木々であれ、木材としての利用を前提とした人工林の木々であれ、我々の都合で樹木の成長は突如終わりを迎えます。

樹木が成長の過程で細胞壁として蓄積した“木部”は、適切な環境下では朽ちることなく伐採後も木材として存在し続けます。木材としての利用では、切ったり乾かしたりといった“加工”の工程が不可欠ですが、その端々では木材が樹木という生き物であったことを実感する場面があります。今回は、動くことができない樹木が成長する上で行っている“戦略”とその“痕跡”を紹介します。

まず、“製材”の工程では、製材機で丸太を板材などに分割する際、反りなどの変形が生じます(写真2)。この変形は、樹木が成長過程で内部に蓄積した“成長応力”という力に起因しています。同じ場所から一歩も動けない樹木は、成長に伴う自重の増加や風雪といった内外からの負荷が生じます。こういった力の作用に対し、樹形を最適な状態に保ち続けるための生存戦略として成長応力が樹木の内部に蓄えられているのです。この樹木が生存戦略として内部に蓄えた力である成長応力という痕跡は、樹木が立っている間はバランスを保っていますが、製材によってそのバランスが崩壊します。その結果、多かれ少なかれ、木製品として利用する我々にとっては不都合な変形が不可避に生じてしまいます。

次に、製材を経て、直方体の木材に姿を変えた樹木が迎える工程は“乾燥”です。生き物である樹木の中には多量の水分が存在しています。樹種によって様々ですが、例えば日本各地に植林されているスギの場合、木部の重さの約半分が水です。我々が木材として樹木を利用するためには、光合成や細胞の拡大といった生命活動に絶対不可欠であった水という痕跡を適切に除去しなければなりません。蒸気の熱を用いたスギ材の人工乾燥の場合、乾燥機の中でおよそ10日前後の時間かけて乾燥が行われます(写真3)。この乾燥の工程をないがしろにすると、木材は変形や割れなどといった様々な欠点が顕在化し、木製品としての利用に支障をきたしてしまいます(写真4)。

皆さんの身の回りには、どのくらい木製品がありますか?木製品が樹木であったことや木製品になるまでの道のりを考えてみると、愛着も倍増するかもしれません。

(木材加工・特性研究領域 鳥羽 景介)

写真1:森林総合研究所の樹木園
写真1 森林総合研究所(つくば市)の樹木園

写真2:製材時に生じた材の反り
写真2 製材時に生じた材の反り。半分に割った丸太から板を切り出す際、成長応力が解放することで上下に反っています。

写真3:乾燥機に入れられる前の桟積された木材
写真3 乾燥機に入れられる前の桟積された木材
(写真提供:石川県農林総合研究センター 松元 浩 氏)。

​​​​​写真4:板の乾燥前後の断面の変化の一例
写真4 板の乾燥前後の断面の変化の一例。乾燥前に長方形であった断面は、乾燥後に水が抜けて収縮し、変形します。

 

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