ホーム > 業務紹介 > 【コラム】教えて、「東北育種場」のお仕事 > 海を越えてやってきた侵略者との120年の戦い【プロローグ】
更新日:2022年8月10日
ここから本文です。
今、日本の原風景の重要な構成要素の一つである松林は、およそ120年前に太平洋を越えてやって来た侵略者“マツノザイセンチュウ”によって危機的な状況に陥っている。7回目は、全国の松林に壊滅的な被害を与えているマツノザイセンチュウとの戦い、その最前線からのリポートです。
マツ枯れは明治時代後期、長崎で初めて発生が確認されたと言われています。その後、被害は西日本から東日本、そして、さらに北上していき、現在は青森県の一部まで到達、マツノザイセンチュウはおよそ120年かけて日本列島を縦断・侵略しているのです。寒い地方では、南の方ほど急激な被害の拡大はないのですが、それでもジワジワと拡がっています。岩手県、青森県は被害の最前線。岩手県でもマツ枯れが拡大しているのですが、それでも被害のひどい地域から来た人からすると「山に、街に、まだマツが沢山ある!」と、マツ独特の樹形を見て「マツ、良いものですね」と強く思うのでした。
さて、このマツ枯れですが、当初、なぜマツが枯れるのか分からず、被害の原因がマツノザイセンチュウであることが分かったのは、被害発生から70年近くも後のことです。マツノザイセンチュウは太平洋を越えた異国からの侵略者で、日本のマツはこれに抵抗する術を持たず枯れていったのでした。
このマツノザイセンチュウは、体長1mmにも満たない線虫です【写真-1】。このためこれ単独で他の木に移動(感染)することはできません。しかし、思いがけず、日本の在来種であるマツノマダラカミキリに出会い相性が合ったことにより、この昆虫を運び屋に選び、拡がっていったのです。
ちなみに、なぜマツはマツノザイセンチュウに感染すると枯れてしまうのか?あるいはなぜ枯れないマツもあるのか?いまだ正確なメカニズムは分かっていないそうです。マツノザイセンチュウがマツの組織を食い荒らして枯らすという単純なものではなく、樹体内に入ったマツノザイセンチュウに対しマツが過剰な防御反応を起こし、これにより水を吸い上げることができなくなる、など様々な要因が絡み合っているようです。
マツ枯れの対策は、
①マツ枯れの被害木を薬剤処理や焼却して被害を拡げない、
②薬剤を散布し運び屋であるマツノマダラカミキリを防除する、
③マツノザイセンチュウに抵抗性のある苗を開発して植え替える、
という方法があります。いずれも一朝一夕にできることではなく、また決定打でもないのですが、何もしなければ拡がるばかり。できることを地道に続けていくしか方法は、ない、というのが現実。
このうち「マツノザイセンチュウ抵抗性品種の開発」が、育種場に与えられた仕事。これを県と協力しながら行っているのです。
マツノザイセンチュウ抵抗性品種の開発方法を簡単に説明すると、
マツノザイセンチュウの被害が大きいマツ林で生き残っているマツを見つけ、このマツの種子から育てた苗に、実際にマツノザイセンチュウを接種して、それでも枯れないマツを探していく、ということを行います。
以上、説明終わり。ですが、これがなかなかやっかい、長い話になります。
それでは、まず、おおもと、元凶、マツノザイセンチュウについて。
体長1mmにも満たないマツノザイセンチュウをマツに接種してその抵抗性を調べるわけですが、この線虫は、実際にマツノザイセンチュウで枯れたマツから摘出したものを研究室で飼いつづけているのです。昆虫を飼っている感覚とは違うのですが、長い間、世代交代しながら研究室に居続けています(“人事異動”のない線虫一族は、もしかすると研究室で一番の古株かも)。
この線虫、普段は4℃の冷蔵庫の中で休眠しているのですが、約3ヶ月に1回、眠りから起こして繁殖、世代交代(継代)させています(これをしないと死んでしまう)。継代に使う餌はカビの一種であるボトリチス菌(灰色カビ病の病原菌)。マツノザイセンチュウ、なかなかこだわりの食通らしく、カビなら何でも良いわけではなく、ボトリチス菌一点オーダーです。このため、ボトリチス菌も長年研究室で飼っています。
具体的な作業は、【写真-2】~【写真-6】のように進めるのですが、マツノザイセンチュウもボトリチス菌も以外に神経質(?)なので、雑菌が増殖しないよう常に細心の注意を払います。(“雑菌”という言い方も変ですが、この場合、求められていない菌と言うこと。“雑草”と同じようなことですか・・・)
マツノザイセンチュウの継代は3ヶ月に1回行いますが、これは世代交代を進めながら線虫を維持していくために行うもので、大量に増殖させる必要はありません。一方、接種検定を行う時は、接種対象本数によりますが、一般的に大量の線虫が必要になることから、行うことは今回と同じようなことですが、培地を変え大量培養対応となります。
次回は、この接種検定についてです。
![]() |
![]() |
![]() |
【写真-1】マツノザイセンチュウ |
【写真-2】クリーンベンチで作業 マツノザイセンチュウの継代に向け、餌であるボトリチス菌を増殖。作業はクリーンベンチと呼ばれるホコリや浮遊微生物などの混入を防ぐ管理された囲いの付いた作業台で行う。 |
【写真-3】ボトリチス菌 ジャガイモ寒天培地の上に切り分けたボトリチス菌を置く。この後、25℃に設定したインキュベーター(恒温器)に入れ培養。 (ちなみに、培地を自作するときに混ぜるイモは男爵芋が良いそうです) |
![]() |
![]() |
![]() |
【写真-4】マツノザイセンチュウの継代① ボトリチス菌と同じようにインキュベーターに入れ増殖。マツノザイセンチュウは10日前後でボトリチス菌を食べ尽くし、継代完了。その後は冷蔵庫で休眠させ管理。 |
【写真-5】マツノザイセンチュウの継代② 真っ白に増殖したボトリチス菌の上にマツノザイセンチュウの塊をのせた。この作業も雑菌が混入しないよう細心の注意を払いながら、クリーンベンチ内で行う。 |
【写真-6】マツノザイセンチュウの継代③ マツノザイセンチュウは、真っ白なボトリチス菌【写真-5】を食べ進む。結果、ボトリチス菌が僅かに残った右端を除き、シャーレの中は増殖した線虫で褐色となっている。 |
お問い合わせ
Copyright © Forest Research and Management Organization. All rights reserved.