平成12年度 森林総合研究所 研究成果発表会

森林が気候に及ぼす影響をモデル化する

 

森林環境部 気象研究室主任研究官  渡辺  力

  

1.はじめに 

 現在,地球環境の急速な悪化に対応するべく,各国で研究や技術開発,新たな政策の立案などの方策が模索されている。そのような中で,温暖化などの気候変動が今後どのように進んで行くのかを正確に予測することが求められている。気候変動の進行速度や程度によってとるべき対策やその効果が違ってくるためである。しかし,これまで多くの機関で数値モデルを用いた気候予測が試みられてきてはいるものの,その結果にはいまだに多くの不確実性が残されている。例えば,今後の気温上昇の見通しについても,使用するモデルが違うと予測結果が異なるのが現状である。数値モデルの予測結果に不確実性をもたらす要因には,大気中の化学物質や雲・水蒸気などの挙動がモデルの中でうまく表現されていないことの他数多くあり,それらを解明する努力が今も続けられている。

 森林総合研究所では,これら数ある問題のうち,森林をはじめとする植生地における,大気と地表面の間での熱や水蒸気及び二酸化炭素のやりとりをより正確にモデル化する研究を行っている。植生は,自身をとりまく環境が変化すると,その生理・生態的な特性に応じて蒸散や光合成の速度を変化させ,それを通して大気に対する影響を変化させる。そして,それが再び環境を変化させることにつながっていく。このようなフィードバック機構が,現在の数値モデルには十分に取り入れられておらず,気候予測の不確定性を増やす要因の一つになっている。また,植生は種類によって蒸散や光合成の機能が異なり,たとえ同じ種類であっても生育条件が違えば環境に対する応答の仕方が異なっている。このような複雑多様さは,植生が生き残るために獲得した本来の性質であるが,それが適切なモデル化を遅らせている原因にもなっている。

 

2.森林が気候に影響を及ぼすしくみ 

 地球大気の上端に降り注ぐ日射のエネルギーは,大気の層を通過する間に雲に反射されたり大気成分に吸収されるなどして減少するものの,その約半分のエネルギーが地表面に到達する。そうして地表面に到達した日射のエネルギーは,一部が反射される他は,地表面を暖めたり地表面上の水分を蒸発させるのに使われる。地表面が暖まると,その上にある大気が下から直接加熱されることになる。また,蒸発によって大気中に放たれた水蒸気は,そのままでは何ら作用を及ぼさないが,いったん雲ができるとその中で膨大な凝結熱を放出し,大気を強く加熱することになる。日射のエネルギーは,こうして地表面を経由して大気に与えられるのである。

 ところで,地球上には,海面,雪氷面,森林,農耕地,草原,砂漠など様々な種類の地表面が混在している。地表面に水分の少ない砂漠などでは,吸収される日射エネルギーの大部分が地表面を暖めるのに使われるため,地表面温度が著しく上昇し,大気を下から強く加熱することになる。一方,森林など水分の豊富な地表面では,同じ量の日射エネルギーを吸収しても,その多くが水の蒸発に使われてしまうため,地表面の温度はあまり高くならず,結果として大気を加熱する割合は小さくなる。また,大気を加熱する割合が場所によって違うと,大気中の熱量分布にかたよりができる。すると,大気中に対流のような流れが起こり,熱が横方向に運ばれることになる。このようにして大気中に熱が配分された結果,各地の気候が決まることになる。

 従って,今後の気候の変化を正確に予測するためには,各種の地表面において,日射エネルギーがそれぞれどのように使われているか,またそれが今後どう変化していくのかを正確に把握することが必要なのである。中でも,森林をはじめとする植生は,地球上の全陸地面の約半分を覆っており,気候の形成に対して重要な役割を果たしている。しかも,植生はその形態・生理的特性や環境条件に対する応答特性が多様であるため,その影響は複雑である。

  

3.森林における熱や水蒸気のやりとり(実測データより) 

 森林総合研究所は,1995年に埼玉県川越市郊外の落葉広葉樹林(いわゆる武蔵野の雑木林)に川越森林気象試験地を設立した。ここには,気象を測定するための高さ25mの観測タワーが設置され(写真),森林と大気との間での熱や水蒸気や二酸化炭素などのやりとりを直接測定しているほか,森林内の微気象や土壌の温度・水分環境などが継続的に観測されている。このデータをもとに,森林では日射のエネルギーが実際にどのように使われているのかを見てみよう。

写真.川越試験地の気象観測タワー

 後に示すように,森林の葉量が変化すると気象的な要素にもいろいろな影響が及ぶので,最初に葉量の季節変化を調べておく。図1は,1996年に測定された葉面積指数の季節変化である。ここで,葉面積指数とは,葉量を表す指数で,森林内の樹木についているすべての葉を重ならないように敷き詰めたとき,その面積が群落面積の何倍になるかという数字である。この図によると,この年は4月下旬から5月上旬にかけて葉が展開し,6〜7月に葉量が最大になり,その後次第に葉を落とし,12月に入ってすべての葉がなくなったことが分かる。

図1.川越試験地における葉面積指数の季節変化

折れ線:林冠を通過する日射量からの推定値  黒四角:落葉量からの推定値

 これと同じ期間において,森林が群落の上で日射を反射する割合(アルベードという)の季節変化を求めると,図2のようになった。アルベードが大きいと,森林が日射を反射してしまう割合が増え,そのエネルギーを吸収する割合が少なくなる。そのため,アルベードは熱や水蒸気のやりとりに影響を及ぼす重要なファクターである。さて,図2によると,まず落葉期(1〜3月)には,アルベードの値は積雪が無い限り0.1以下と低い。そして,4月後半に群落全体の葉が一斉に開くのと同時に急上昇し,この直後に年間の最大値(0.14程度)を示す。若葉色の新緑が光をよく反射するためである。その後,夏に向けて葉が成熟し色が深まるにつれて,アルベードの値は次第に減少する。

図2.川越試験地におけるアルベード(日射の反射率)の季節変化

 また,森林に吸収された日射のエネルギーが,大気の加熱(顕熱),水分の蒸発(潜熱),樹木および土壌の加熱(貯熱)のそれぞれにどのように割り振られているのか,またそれがどのように季節変化しているのかを示したのが図3である。まず,冬(落葉期)には潜熱の割合が小さく,結果として日射エネルギーの大部分が顕熱となり,森林が大気を強く加熱する形になっている。この状況は,群落の葉が開くとともに急変し,潜熱の占める割合が大きくなる。樹木が活発に蒸散を行うようになるためである。このため,夏(着葉期)には顕熱へのエネルギーの配分が小さくなっている。また,貯熱に費やされるエネルギーは年間を通して小さい。このように,森林が大気を加熱する割合は,季節や森林の葉量などによって大きく異なっている。

 

図3.川越試験地における日射エネルギーの配分の様子

正味放射:ほぼ森林に吸収される日射エネルギーに対応

顕熱:大気を加熱するエネルギー,潜熱:水分の蒸発に使われるエネルギー

貯熱:樹木と土壌を加熱するエネルギー 

 

4.熱や水蒸気のやりとりのモデル化 

 森林と大気との熱や水蒸気のやりとりは,上で示したように季節的に大きく変化するが,ここでは大気に対する森林の影響が最も現れやすい真夏について,モデル化の例を紹介しよう。

図4.森林における熱や水蒸気のやりとりの模式図

 森林上に降り注ぐ日射のエネルギーは,一部が葉面などで反射され,別の一部が林冠を透過して地面に達するが,残りの大部分は葉などに吸収される。吸収されたエネルギーによって,葉などに含まれる水分が蒸発したり,それらに接する空気が暖められる。このとき群落内の大気中に放たれた熱や水蒸気は,群落内を通り抜ける風の渦(乱流)によって群落の外へ運び出され,大気中へ広がっていく(図4)。森林ではこのような過程を経て大気との間で熱や水蒸気がやりとりされている。これを,森林の葉量,葉の光学的特性,風に対する抵抗係数,葉の熱交換特性,葉層と地面の蒸発効率(蒸発の起こりやすさを表す指数)などの指数を組み合わせて表現できるモデルを開発した。ところで,植物は天候などに応じて葉の気孔を開閉し,光合成の速度を調節しているが,このとき同時に蒸散の速度も変化する。すると,日射エネルギーのうち蒸発に使われる割合が変化し,大気に及ぼす影響が変化することになる。つまり,森林などの植生地においては,植物の生理作用による気孔の開閉の様子をモデルに取り入れなければならない。今回開発したモデルでは,それを蒸発効率という指数の変化で表現している。その大きさは,日射量が大きいときに大きくなり,乾燥した気象条件のときに小さくなるよう設定されており,植物の環境応答の効果が簡便に表現されている。

 このモデルを使い,川越試験地で観測された真夏の気象条件の下でシミュレーションを行った結果が図5である。森林に吸収される日射のエネルギーが時間変化すると,それに応じて蒸発に使われるエネルギー(潜熱)や大気を加熱するエネルギー(顕熱)が変化する様子がよく再現されている。

 

図5.日射エネルギーの配分のシミュレーションの結果(2日間分)

点:観測値,折れ線:モデルによる計算値 

 

5.モデルの応用例 

 森林が気候に及ぼす影響の一例として,日本の真夏の気温に対する影響を調べよう。日本の国土は約7割が森林に覆われているが,その森林における蒸散能力が一斉に半減してしまったらどうなるであろうか。図6がその計算結果である。この計算は,数百km四方の領域の風や気温などを予測する局地循環モデルに,上述した森林モデルを組み合わせて行ったものである。図6は,森林の蒸散能力を半減させた場合,通常の場合に比べて気温がどの程度上昇するのかを示している。これによると,一般には森林の多い山地で気温が大きく上昇するが,松本や甲府などの盆地や伊那地方などの谷状地の底にあたる地域では,現地には森林が少ないにもかかわらず,気温が上昇する。これは,山地を広く覆う森林と大気との熱のやりとりが変化するために,いたるところで風の強さや分布が変化し,それによって水平方向への熱の移動量が変化するためである。

図6.森林の蒸散能力を半減させた場合の気温の上昇量

(・:0.3〜0.6℃,+:0.6〜0.9℃,△:0.9〜1.2℃,■:1.2〜 ℃)

 

6.今後の課題 

 前述したとおり,森林などの植生は,種類や生育条件によって光合成や蒸散の特性が異なり,大気に及ぼす影響が違う。これをうまくモデル化するには,何よりもいろいろな場所での観測データが必要である。現在,世界の各地でこのような目的のタワー観測が実施されており,それらのデータをネットワークを通して共有しようとする動き(フラックスネット)が始まっている。そのような中で,森林総合研究所は,川越試験地の他にも日本国内に5か所のタワー観測施設を設立し,それぞれ異なる樹種や異なる気候下におけるデータを取得しつつある。

 また,長期的な視野で見ると,植生は気候の変化に適応して光合成などの特性を変化させたり,その分布域を変化させる。そして,そのことが再び気候に影響を及ぼすことにつながる。従って,長期の気候変動を予測・研究するには,植生と気候との間のこのような相互作用を考慮に入れていかなければならない。

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