平成12年度 森林総合研究所 研究成果発表会
タイ熱帯林の生育環境と季節変化の観測
企画調整部 海外森林環境変動研究チーム長 沢田 治雄
1.はじめに
タイなどに見られる熱帯季節林は,焼畑移動耕作,伐採,薪炭材の採取,大規模な農業・鉱業開発等が原因となって減少している。このため,洪水などの自然災害の増大,表土流出による土壌環境の悪化が進行している。さらには,これらの環境の破壊により野生動植物の減少等,生態系の破壊が深刻化している。しかし,熱帯林の減少に伴うこれらの変動機構の解明は十分にはなされておらず,植林等の熱帯林の保全・再生技術を効果的に活用するための熱帯地域に関する科学的なデータ及び知見も不十分である。
この研究は以上のような状況を踏まえて,平成2年から平成11年度にかけて行われた「熱帯林の変動とその影響等に関する観測研究(科学技術庁地球科学技術特定調査研究)」の成果の一部である。
2.研究方法
人工衛星データを用いてタイの熱帯季節林地帯における季節的,経年的な変化を観測して,種々の森林型の分布とその生育環境の実態を調査した。具体的にはタイ北部の熱帯山地常緑林,中部の熱帯季節林及び南部のマングローブ林を研究対象地として(図1),森林型の区分を行うとともに,変化のモニタリング手法の開発,焼畑移動耕作の実態把握,マングローブ林の変動分析等の観測研究を行った。
利用した衛星データは,主に,スペクトル分解能と地上分解能に優れたランドサットTMと,周期的な観測能に優れたノア衛星である。いずれのデータでも,季節変動解析を主な解析方法とするために,各対象地域でできるだけ多くの衛星データを収集・利用した。
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図1. 研究対象地
ベースの画像はノア衛星,比較的濃い部分は常緑林地帯
3.タイ北部(チェンマイ)の森林
タイ北部の森林地帯の時系列的なランドサットTMデータを収集して,森林植生分類を行い,常緑林や落葉林の分布図を作成した。また,TMデータと重なるデジタル標高データを作成して,その分類結果と比較したところ,常緑−落葉の移行帯が標高700〜800mに現れることが示せた。
また,乾季の初めと終わりのデータを重ね合わせてその変化を抽出すると,新たに開発された焼畑移動耕作地が明瞭に確認できた(図2)。この解析によってチェンマイ地域での焼畑移動耕作は常緑林と落葉林の移行帯が終わった直後の常緑林地帯に標高に沿って分布する様子がとらえられた。
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図2. チェンマイの熱帯山地常緑林地帯の焼畑
4.タイ中部(カンチャナブリ)の森林
タイ中部の熱帯季節林地帯でも時系列的なランドサットTMデータを利用して森林被覆度(図3)と常・落混交率を推定し,デジタル標高データと比較することで,標高が上がるに従って常緑樹が増えるようすなどを明らかにした。
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図3. ランドサットTMデータによる植生被覆率推定図
また,ランドサットTMデータを用いて画素ごとに水分含有を推定できる水分含有指数LWCIを開発した。月平均のLWCIと降雨量との相関は高い(図4)。リターの乾燥重量との関係(図5)は,タイムラグがあるがLWCIが乾燥度を示していることを伺わせるものである。植生観測に一般的に使われている正規化植生指数NDVIとの比較では,水分含有指数の方が乾燥による植生の変化に敏感で,その差は2か月程度あることが確認できた。この指数で作成した画像を用いたクラスタリングによって,水分含有状況の類型化を行った。この結果から,各対象地域の地形条件が地域的な水分環境特性をよく現すものであることなどが確認できた。
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図4. 水分含有指数(LWCI)と降雨量との関係
時間差が見られるが,両者の間の相関は極めて高い
図5. 水分含有指数(LWCI)とリター乾燥重量との関係
乾季に水分含有が減少するにつれてリター量は増加するが,2月にピークを迎え,それ以降は減少する。一方LWCIは3月に最小となる。
図6. 植生指数(NDVI)と水分含有指数(LWCI)との関係
LWCIは乾季の到来をすぐに反映する(11月,12月)。
5.タイ南部(パンガ湾周辺)の森林
マングローブ林を主体とするパンガ湾地域では,マングローブの分布とその変動を高精度に把握する手法を開発した。具体的には,TMデータからのマングローブ林抽出はFuzzy C Means分類法が最適であることが明らかになった。それによって,マングローブ林の減少と,エビ養殖池の拡大の様子が確認できた。また,水,植生,土壌のスペクトルパターンをもとに類型化するパターン展開法がマングローブ地帯の遷移や冠水状況の把握に極めて有効であることが示された。
6.地上調査法
地上調査に当たっては,当初からGPSを用いた調査で衛星データと地上調査との対応を可能にした。また,GPSカメラの利用によってその有効性はさらに高められた。調査期間にわたってGPSカメラ写真をデジタル化してデータベース化し,衛星データ解析結果の評価に利用できるようにした(図7)。
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図7. GPSカメラによる現地調査記録と衛星画像との比較
また,カンチャナブリでは40mタワーの上に自動撮影カメラを設置して,毎日写真を撮ることで森林植生の季節的な変動観測データを蓄積できた。これは,衛星データの観測時の森林状況を示す補助情報として利用できることを示した。
7.まとめと今後の展望
熱帯季節林地帯の典型的な森林を対象として,森林環境の実態と経年的な変動及び季節的な変動を観測する技術を開発し,森林変動の実態を明らかにすることができた。特に,水分含有指数は植生の乾燥状態をよく示すことが明らかになり,火災危険度の評価や,砂漠化の進行などを早期に捕らえることが可能だと考えられる。
また,今後,利用可能性が向上する超高分解能衛星などによって森林の質的・物理的な計測を行うとともに,季節変動をモニタリングして,植生の成長量を把握し,森林の炭素固定能を高精度に評価する技術の開発が期待されている。
平成12年度 森林総合研究所 研究成果発表会
他の課題へ1.ランドスケープエコロジーに基づく里山ブナ林の保全 2.森林が気候に及ぼす影響をモデル化する