平成13年度 森林総合研究所 研究成果発表会

ブナ林の資源を空から測る

 

東北支所 森林資源管理研究グループ長  粟屋 善雄

 

 地球温暖化が深刻な問題になってくる中で,温室効果気体の一つである二酸化炭素の貯留量やフラックスを正確に把握することが求められています。樹木は光合成によって二酸化炭素を材木として固定し,森林は陸上生態系の中では最も二酸化炭素の貯留量の多い生態系です。ランドサット衛星が打ち上げられて以来,衛星データを用いて広域でバイオマス(材木と葉の量)が推定されてきましたが,残念ながら推定精度があまり高くない例が多いようです。一方,技術革新によって開発された多波長,高地上分解能の光学センサや,レーザ測距儀を応用したレーザスキャナは,従来の衛星搭載の光学センサより詳細な情報を記録できるため,森林バイオマスの推定精度を向上できると考えられます。本講演では航空機搭載の高地上分解能センサ(航空機センサ)とレーザスキャナのデータを用いて,ブナ林を対象に幹・枝の量(蓄積)と樹冠の3次元構造を解析した例を紹介します。

 

1.蓄積推定の原理

 光学センサは,地表面で反射される太陽光の強さを波長(虹の色)ごとに記録します。緑葉は葉中の色素によって可視光を吸収しますが,葉は光を吸収するだけでなく,反射し透過します。このため,葉層が厚くなるにつれて反射,吸収,透過の量が変化します。また,大きい木は小さい木より濃い影を作ります。これらの結果,小さな林より大きな林のほうが暗く写ります。葉量や個々の木のサイズによって,反射光の強さが違ってくるので,これを利用して蓄積を推定することができます。この場合,木のサイズは反射光から間接的に推定されるので,高い精度での推定は難しくなります。一方,航空機センサでは小さな物体を識別できるだけでなく,従来は256段階で表していた反射光の濃淡を4096段階で表すため,樹冠が作る肌理の情報を利用できるようになり,精度の高い蓄積推定が可能になると期待されます。

 レーザスキャナはレーザ光線を地表に向けて発射し,地表からの反射光をとらえて航空機と地表の距離を測定します。この結果から地表面標高を推定し,地面と樹冠の部分に分離して,樹冠面の高さを推定します。孤立木を利用して樹高測定精度を検証したところ,非常に高い精度で推定できることが分かりました(図1)。光学センサと異なり,レーザスキャナは樹冠高を直接測定しているといってもよいでしょう。樹高と蓄積には密接な関係があるので,比較的高い精度で蓄積を推定できます。

図1. 単木の樹高推定結果

孤立木について地上計測値とレーザデータによる推定値を比較したところ,高い精度で測定できたことが分かった。両者の相関係数は0.99だった。

 

2.対象地とデータ

 青森県八甲田連峰にはブナ林が大面積に広がり,道路沿いには林齢の異なる二次林がパッチ状に連なります。通常,多雪地域のブナは純林を形成し,二次林の場合は上層木の樹冠がよく揃います。研究対象には八甲田山ロープウェイ付近の標高約800mで傾斜が緩く,蓄積の差が大きい林分を選びました。1998年8月,1999年8月,2000年8月に調査を実施して,約90地点で全ての木の高さ(樹高)と1.2mでの幹の直径(胸高直径)を測りました。胸高直径と樹高から毎木の幹と枝の量を推定して各地点での蓄積を計算しました。リモートセンシングのデータとして,1998年9月に航空機データを(図2:図6と合わせて掲載),1999年9月にレーザデータを収集しました。航空機データのメッシュサイズは約3mで,大径ブナの樹冠が識別でき,樹冠の肌理が分かります。レーザデータから作成した樹冠表面の3次元図では,個々の樹冠の形と樹冠の間に点在する地上までの空間(ギャップ)をはっきりと識別できました(図3)。

図3. ブナ林の3次元プロファイル

レーザデータで推定された標高をもとに,ブナ林の樹冠の3次元プロファイルを描いた。樹冠の凹凸や地表に到達するギャップの様子が分かる。このブナ林の樹高は20m前後である。画素の間隔を1.5mとして編集した。

 

3.蓄積の推定

 リモートセンシングデータと地上データの関係を統計的方法で解析して蓄積を推定し,精度を検証しました。航空機データを用いて蓄積推定に有効な波長を検証したところ可視域の赤が最も有効で,明るさと蓄積の相関係数は約0.8でした。一般に衛星センサに比べて航空機センサの場合,相関係数は0.1ほど向上します。バイオマス推定に有効とされる近赤外は蓄積との関係が不明瞭でした(図4,5)。原因を解析したところ,樹冠の影の濃淡が影響していることが分かりました。樹冠形の揃っている常緑針葉樹の場合,木のサイズに比例して影が大きく,濃くなりますが,樹冠が不定形なブナの場合は影の濃淡が入り交じるので蓄積と影の濃さが比例しません。このため影が明瞭に現れる近赤外では濃淡の差が蓄積推定の障害になります。

図4. 波長ごとの明るさと蓄積の相関係数

光学センサのデータと蓄積の間には負の相関がある。赤の波長で相関が高いのに対して近赤外では相関が低いことが分かる。

図5. 航空機データの明るさと蓄積の関係

近赤外の方が蓄積に対する航空機データのばらつきが大きいことが分かる。相関係数は赤の場合0.78,近赤外の場合0.17である。航空機データは数字が大きいほど明るい。

 

 一方,樹冠面の高さを表すレーザデータの場合,蓄積との相関係数は0.91と航空機データよりかなり大きくなります。また,航空機データの場合,地形の影が蓄積推定の障害になりますが,レーザデータでは問題になりません。レーザデータと航空機データを単独あるいは組み合わせて,蓄積を推定して精度を検証しました(図6,図7)。その結果,併用した場合は光学データへの地形の影響が表れにくく,高蓄積の林で推定精度を改善できることが分かりました。

図2. 解析対象地の航空機データ

八甲田山の周回道路沿いに広がるブナ林(淡いエンジ色)で,道路から離れた所にはスギやカラマツの植林地(濃いエンジ色)が広がる。土は青緑色で表示。

図6. ブナ林の蓄積の推定結果

航空機センサとレーザスキャナのデータを組み合わせて推定した結果。やや影の影響が出ているが,蓄積の分布状況がよく分かる。

図7. 蓄積推定結果の検証

レーザスキャナと光学センサを併用した場合,高蓄積での推定結果が改善した。相関係数は光学センサのみの場合0.64,レーザのみの場合0.73,併用した場合0.78だった。

 

 ところで,レーザデータは樹冠表面の立体的な構造を正確に表しています。この情報を基にすれば,林の3次元構造を推定できるでしょう。そこで,ブナを伐採して,高さ別に幹,枝,葉の分布割合を解析し,その結果を利用してレーザデータから幹,枝,葉の3次元分布を推定しました(図8)。地上調査に基づく垂直分布の推定結果とレーザデータによる推定結果は,幹と枝で極めてよく一致しました。葉の場合は,樹冠が単層の森林で精度が高く,下層木が繁茂する複層の森林では,下層の葉量を正しく推定できませんでしたが,鉛直構造を推定できる見通しが立ちました。リモートセンシングによる林の鉛直構造の推定は国内初の試みで,成長予測に役立つと期待されます。

図8. ブナ林の鉛直構造の推定例

若くて多層なブナ林の例。横軸は総量を1としたときの各項目の出現率を表す。凡例中の測定は地上調査データに基づいて推定した値,推定はレーザデータによる推定値。幹や枝が精度よく推定できるのに対して,葉の推定精度が低くなる。

 以上のように,高性能化したセンサによって,従来の衛星センサよりも蓄積推定精度が向上し,森林の垂直構造を推定できることが明らかになりました。このようなデータが普及すれば,広域で蓄積を推定して温暖化問題や森林管理に貢献できると期待されます。本研究は,科学技術庁促進費による研究課題「高精度森林バイオマス解析モデルに関する研究」により実施しました。

 

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