平成13年度 森林総合研究所 研究成果発表会

緑のダムを検証する

 

水土保全研究領域 水保全研究室長  藤枝 基久

 

1.緑のダムとは

 緑のダムとは,健全な森林生態系の存在により豪雨時における河川の増水量(直接流出量)を軽減させるとともに,無降雨時の低水流量(基底流量)を安定的に供給する機能と考えられている。しかし,緑のダムの貯水容量やその流量調節機能については,未だ不明な点が多くある。本課題では,既存の森林流域試験や林野土壌調査の結果を活用し,水文学的手法と土壌学的手法の両面から緑のダムの貯水容量の推定を試みた。

図1. 洪水ハイドログラフ

 図1は,ある一降雨により発生した増水を模式的に示したものである(洪水ハイドログラフという)。この図で,総降雨量(P:mm),直接流出量(Q:mm)及び損失雨量(L:mm)の関係は,(1)式で表される。また,損失雨量は遮断貯留量(I:mm),窪地貯留量(D:mm),土壌水分貯留量(S:mm)の3成分から成り,これらは一時的に森林流域に貯留される雨水である。

     L = P − Q (1)

     L = I + D + S (2)

 山地流域では窪地貯留量は極めてわずかであるため,森林流域の損失雨量は森林植生による遮断貯留量と土壌層による土壌水分貯留量の和となる。ここで,遮断貯留量とは,雨水が樹冠層や下層植生に雨滴として貯留された後,大気中に蒸発する損失成分である。土壌水分貯留量は雨水が土壌に浸透して土壌孔隙に貯留された後,樹木の根から吸収されて蒸散する損失成分と地中水として山腹斜面を移動し基底流量をかん養する流出成分とに分けられる。従って,損失雨量(主要成分は土壌水分貯留量)の多い流域は,1直接流出量を減少させ洪水軽減に貢献すること,2地下水のかん養成分が多いため基底流量の安定供給に貢献すること,が考えられる。すなわち,緑のダムは森林流域の貯留効果ということができる。

 

2.水文学的な推定方法

図2. 総降雨量と損失雨量の関係

 図2は,森林総合研究所宝川試験地の初沢1号沢(6.5 ha)と2号沢(4.4 ha)を対象に代表的な増水を抽出し,総降雨量と損失雨量の関係を示したものである。両者の関係は例えば(3)式で示され,保留量曲線と呼ばれている。ここで,S(mm)は森林流域の最大保留量(貯留量と同義),Kは流域の定数である。

     L = S・〔1 - exp(-KP)〕   (3)

 損失雨量は総降雨量の増加に伴い増大し,限りなく最大保留量に近づくが,この値が緑のダムの貯水容量限界と考えられる。流域内の湿潤状態により点がばらつくため,(3)式は平均的な流域の最大保留量を示す。地形及び地質条件が類似する1号沢と2号沢の最大保留量の差は,主に土壌層の厚さの相違に起因するものと推察される。図3は,前述の方法により推定した最大保留量を,堆積岩流域と花崗岩流域に分類して示したものである。おおむね,堆積岩流域は100〜200 mm,花崗岩流域は200〜500 mmの範囲に分布している。しかし,図3の放牧草地流域(1)や採石場を含む流域(2)では,花崗岩流域であっても最大保留量は100 mm以下であり,森林流域の保留量は土壌層の攪乱や喪失と密接な関係がある。

図3. 森林流域の流域保留量

1:荒廃地を含む放牧草地流域,2:採石現場を含む流域

3:基盤岩層が亀裂に富む流域,4:火山灰層を含む流域

 

 水文学的手法は I,D,Sの他に基盤岩層に貯留される水分も評価するため,深層風化を受けた花崗岩流域や堆積岩流域でも基盤岩層に亀裂の多い流域(3)や火山灰で覆われた流域(4)では,最大保留量が大きい値を示す傾向がある。

 

3.土壌学的な推定方法

 土壌学的手法は,堆積有機物(A0層)を含む土壌層に貯留され得る雨水,すなわち,保水容量(S:mm)により評価される。保水容量は次式により求まる。ここで,Θ は土壌孔隙(容積%),Hは土壌層位の厚さ(mm)である。

     Θ = Θ(0.6) − Θ(2.7) (4)

     S = Σ(H・Θ) (5)

図4. 1号沢及び2号沢の保水容量分布図(有光ら,1995)

 

 図4は,図2と同一流域における保水容量の分布図を示したものである(有光ら,1995)。また,表1は有光らの方法により推定された流域規模の保水容量を整理したものである(藤枝・吉永,1994)。なお,Θを中孔隙量(pF0.6〜1.8)と小孔隙量(pF1.8〜2.7)とに区分して保水容量を示した。

 保水容量は花崗岩流域である筑波流域の533 mmを除くと,おおむね200〜350 mmの範囲に分布している。これらの数値からも明らかのように,森林流域では通常の総降雨量をほぼ貯留できる容量の孔隙量が存在するものと考えられる。

表1. 森林流域の保水容量

 さて,『森林の公益的機能計量化調査報告書』(林野庁,1974)によれば,土壌深を100 cmと仮定し,全国各地の単位面積当たりの土壌貯水量(保水容量と同義)を130〜250 mmと推定してある。資料数が少ないが,表1の保水容量は土壌貯水量の約1.5倍であり,この結果は流域の保水容量の推定に際し,土壌層の厚さをどのように見積もるかが重要な課題であることを示唆するものである。

 

4.まとめと今後の課題

 水文学的手法(Sを指標)と土壌学的手法(Sを指標)により,緑のダムの貯水容量の推定方法を述べたが,堆積岩流域(基盤岩層に亀裂の多い流域を除く)では両者の間に次式が成立する。ただし,0<α≦1

      S = α・S    (6)

 この式は,森林土壌層を一つの大きな仮想貯留槽(タンク)と仮定した時,土壌学的手法は空の貯留槽の全容量を評価し,水文学的手法は土壌水分の残っている貯留槽への追加容量を評価することを意味する。すなわち,α=1は流域内の全粗孔隙量が空気で満たされる強度の乾燥状態を示す。ところが,わが国のような湿潤温帯地域では乾燥状態になっても,1粗孔隙が空の状態になることは希であること,2渓畔部や斜面下部では湿潤状態に維持されている場合が多いこと,などの理由により,α<1と考えられる。従って,αの範囲が定まれば,(6)式は任意の流域において土壌学的手法により緑のダムの貯水容量を推定する方法として利用できる。

 森林・林業関係では,全国規模で適地適木調査のための林野土壌調査が行われ,膨大な調査資料がある。また,山地流域では復旧治山工事や理水工法の効果判定のため各地で量水試験が実施されている。これらの貴重な資料を収集し,本報告で述べた統一的手法により検討することにより,流域規模における『緑のダムの貯水容量』がより簡易に推定できるものと考えられる。

 

参考文献

 

有光一登・荒木 誠・宮川 潔・小林繁男・加藤正樹(1995) 宝川森林理水試験地における土壌孔隙量を もとにした保水容量の推定 −初沢小試験流域1号沢および2号沢の比較−,森林立地37(2),49〜58

藤枝基久・吉永秀一郎(1994) 森林の水源かん養機能と地下水,地下水問題この10年とその将来展望,27〜34,日本地下水学会

林野庁(1974) 森林の公益的機能計量化調査報告書(III),47〜66

 

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