平成13年度 森林総合研究所 研究成果発表会

森林の持つ表土流亡防止機能を評価する

 

水土保全研究領域 治山研究室主任研究官  大倉 陽一

 

1.はじめに

 森林は,最上層を構成する樹木の樹冠部と,その被陰に耐えて生育している稚樹・雑草木,さらに地表面上を覆っている落葉や落枝などの成層構造を持つ。さらに,地表面下では,植物の根系や小動物の活動によって孔隙に富んだ土壌構造が発達している。実は,この森林の構造が表土を保全するのに重要な役割を担っている。特に,下層植生や落葉落枝の存在は大変重要である。

 樹木の枝葉や下層植生,落葉落枝による地表面被履がなくなると,降雨の雨滴が地表面上を直接打撃するようになる。そうなると,孔隙に富んだ土壌表層の構造が破壊され,目詰まりが生じ雨水の地下浸透が阻害される。地下に浸透できない雨水は地表流となって,雨滴の打撃により巻き上げられた土粒子を取り込んで流れ去る(表面侵食の発生)。すなわち,下層植生や落葉落枝は,雨滴の地表面打撃を防いで地表流の発生を防ぐとともに,地表流の流速を弱めて土砂の運搬力を減衰させて表土の流下を防止する機能を有する。

 ところが,熱帯地域で観られる焼き畑や,森林伐採に伴う作業道の作設や集運材作業が無計画に行われると,下層植生や落葉落枝による地表の被履が破壊されると同時に,地表面が攪乱され表土の孔隙が破壊されることで,表面侵食が発生する。また,半乾燥地域で観られるような耕地造成に伴う広域の森林破壊も,植林などのアフターケアを伴わない点で表面侵食発生の危険性が大きい。特に侵食の発生が広域にわたると,地表流の集中による流水の侵食力が増加して,表土のみならず地盤の流失をもたらし,水資源,気候,食料生産に大きな打撃を与える(写真1)。

写真1. 中国黄土高原での,表面浸食が極端に進行している状況

 

 そこで,山地における表面侵食の危険度を,地形や植生などの条件毎に予測して防止対策を立てることが,森林の持続的な利用を可能にするとともに,今後の循環型社会を創造する上で重要なポイントになると考えられる。本研究では山地森林における表面侵食量の予測モデルを開発するとともに,それを流域からの土砂の流出量予測に応用した事例を紹介する。

 

2.表面侵食危険度の予測

 従来,農地での表土の流出量を予測する手法として,USLE(Universal Soil Loss Equation:汎用土壌流亡式)が世界的に用いられてきた。これは米国農務省により,数多くの侵食プロット試験から開発された経験式であり,1ヘクタール当たりの年間侵食土砂量を,以下の各係数の積算により予測するものである。すなわち,R:降雨の侵食性,K:土壌の受食性,L:斜面長の侵食営力,S:傾斜の侵食営力,C:植物の侵食防止効果,P:侵食防止策の効果。CPについては0〜1の値を取り,数値が小さいほど侵食量が小さくなる。図1に各係数の算定手順を示す。

図1. USLEの各係数算定方法

 

 山地森林への適用には解決すべき課題がいくつかある。例えば,農地に比較して山地では斜面長・斜面傾斜が大きく,その適用性が不明である。また,様々な森林植生や侵食防止工の影響がCPにどう反映するのか未定である。さらに,森林荒廃跡地の植生回復に伴うCの経年変化も考慮しなければならない。そこで本研究では,群馬県水上町の大利根国有林ブナ林内にプロット試験地を設置して,侵食土砂の観測と降雨データの収集を行うとともに,既往文献資料を用いてこれらの点について検討を行った。

 プロット試験結果並びに文献調査により,斜面傾斜30度,斜面長50メートル程度まではUSLEにより適切に侵食量が予測できることが明らかとなった。また,代表的な林相に対するC値並びに侵食防止工のP値を算定したので,表1にそれを示す。Cについては,人工幼齢林で値が大きくなる,あるいは林床植生の繁茂により1オーダー程度小さくなる傾向が観られたが,その他の場合には天然林と人工林の間で顕著な差異はなかった。さらに,プロット試験地の経年観測データより,裸地周囲からの植生回復に伴うCの経年変化予測モデルを作成した。

表1. 作物係数Cと保全係数Pの例

 

 以上より,USLEの山地森林への適用は十分可能と判断されたので,水上のプロット試験地周辺における侵食危険度の予測を試みた。図2(a)は裸地面上での予測結果を示している。図2(b)は,Cの経年変化予測モデルをUSLEに組み込んで,(a)から4年経過した後の侵食量を予測した結果を示している。例えば,(a)の中で,斜面長8m,傾斜25度の侵食量は地力減退のレベルであるが,4年経過して周囲からの植生回復が進むと,(b)では地力保持の領域に推移している様子が分かる。

(a). 裸地状態
(b). 裸地状態より4年経過
図2. 斜面長と傾斜に応じたUSLEによる浸食危険度の予測

(a)は裸地の状態,(b)は裸地状態から4年経過して,植生の回復が進んでいる状態。

 

3.樹林帯の浮遊土砂阻止量の予測

 森林は,表面侵食の発生を抑えるとともに,表面侵食により発生した浮遊土砂が流下するのを阻止する機能(緩衝機能)も有する。これは地表を流下してきた濁り水が,樹林帯の土壌中を通過する間に濾過されるためである。森林からの流出土砂量を適切に予測するとともに,浮遊土砂の流下防止対策を講ずるためには,この樹林帯の浮遊土砂阻止量を予測する必要がある。

 図3(a)は既往モデルを用いて,ササを主体とする林帯に土砂が流入した際の,通過林帯幅と林帯からの流出土砂量との関係をグラフ化したものである。そこで,樹林帯を構成する樹種によって,緩衝機能に違いがあるのか確かめるため,森林土壌並びに種々の樹種の落葉を濾材として用いた,浮遊土砂濾過実験を行った(図4)。濾過前後の濁水中の浮遊土砂濃度を比較することにより,広葉樹あるいはササの落葉層の方が針葉樹に比べて約2倍の濾過能力があることが明らかとなった。これは広葉の方が針葉よりも葉の表面での濁水の滞留時間が長くなり,より多くの浮遊土砂を葉の上に蓄積できるためと考えられる。図3(b)に,実験結果より算定した針葉樹林帯での通過林帯幅と流出土砂量との関係を示す。図3(a),(b)より,緩衝林帯の樹種は針葉樹よりも広葉樹の方が望ましいといえる。

(a). ササ・広葉樹林帯
(b). 針葉樹林帯
図3. 樹林帯幅と流入土砂量に応じた流出土砂量の予測

図中,裸地レベル,草地レベル,林地レベルとは,それぞれ裸地,草地,林地からの流出土砂量レベルであることを表す。

図4. 森林土壌を濾材に用いた濁水濾過実験の様子

 

4.流域からの流出土砂量の予測

 以上の成果より,斜面上の地形・植生条件に応じた表面侵食量の予測が可能となった。そこで次に,斜面を流下してきた土砂が渓流に流入して,流域から流出する土砂量の予測に,USLEを応用した事例を紹介する。対象流域は,米国カリフォルニア州キャスパークリーク流域試験地であり,1962年より米国林野局により流域出口での流出土砂量の観測が実施されている。流域面積は4.5平方キロメートル程度で,流域全体を50メートル四方の矩形メッシュに区分してUSLEにより侵食量を推定した。

 先に述べたように,斜面で発生した浮遊土砂は,樹林帯で捕捉されたり,渓流中に沈滞するなどして全て流域外に出てくるわけではない。そこで,この影響を流達率(侵食土砂量に対する流出土砂量の割合)で表現して,USLEによる予測侵食土砂量と流達率の積により流域からの流出土砂量を推定した(図5)。図は実測値をよく再現しており,USLEが流域からの流出土砂量を推定する際にも有効であることが明らかとなった。

図5. キャスパークリーク流域試験地での実測流出土砂量とUSLEによる予測値との比較

 

5.まとめと今後の課題

 山地森林における広域的な表面侵食危険度の評価手法を提示するとともに,樹林帯の浮遊土砂阻止量の予測手法を提示した。これら両手法は,例えば表面侵食を防止するための荒廃地復旧計画や森林伐採計画策定時の指針となりうる。また,侵食土砂の流下を防止するための緩衝林帯の配置計画に活用される。

 今後の課題は,総合的な流域土砂管理計画の策定に有効に活用できるように,流域からの流出土砂量の解析例を増やすことである。

 

参考文献

阿部和時(2001) 農林水産業及び農林水産物貿易と資源・環境に関する総合研究,農林水産技術会議, 78〜79

川口武雄(1985) 森林の土砂流出防止機能,日本治山治水協会,37〜39

 

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