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プレスリリース
2017年3月22日

 国立研究開発法人森林総合研究所 

長期間断片化した熱帯雨林でフタバガキ樹木の珍しい雑種を確認 ―雑種化による親種消滅の危機―

ポイント

  • 長期間断片化されていた東南アジアの熱帯雨林で、優占種であるフタバガキ科樹木の雑種の実態を初めて詳細に解明しました。
  • 雑種化はフタバガキ科数種の間でみられ、雑種の占める割合は稚樹段階では最大4割に達します。また、その生存率や成長速度は親種と同じ程度であることがわかりました。
  • 雑種化が進めば、熱帯林から親種が消えてしまう危険があります。

概要

国立研究開発法人森林総合研究所(以下「森林総研」)は、高知大学、愛媛大学、大阪市立大学、国際農林水産業研究センター、シンガポール国立南洋理工大学と共同で、シンガポールにほぼ唯一残された貴重な熱帯雨林(ブキティマ自然保護区)に優占するフタバガキ科数種で雑種化が起こっている事実を発見し、初めてその実態を詳細に解明しました。

フタバガキ科の樹木は、東南アジア熱帯林の優占種として森林全体の炭素固定を支える重要な樹種です。上述の熱帯雨林は、150年以上も小面積で孤立化した状態で大切に保全されてきました。しかし、この森林のフタバガキ科数種の稚樹を対象に雑種の割合や生存率、定着環境を調べたところ、稚樹段階での雑種の割合は非常に高く、母樹が100本以下まで減少した種では4割以上が、母樹が1000本程度は残存する種でも2割近くが雑種でした。雑種の生存率や成長速度は、両親種の稚樹と比べても差がありませんでした。しかし、雑種の稚樹は、明るく乾燥した環境に多く生育していたことから、今後気候変動の影響で林内がより乾燥すれば、さらに定着が進むことが考えられます。また、雑種の成木の種子には発芽能力があり、親種との戻し交配も起こっていることから、雑種化が進むことで、シンガポールの貴重な熱帯雨林で、純粋な親種が消失してしまう危険があります。今後、雑種化のメカニズムやほかの地域での雑種化の程度を調べることで、熱帯雨林の保全に貢献していきます。

本研究成果は、2016年12月9日にPlant Ecology and Diversity誌で電子版が公開されました。

背景

東南アジアの熱帯雨林は、世界的に見ても植物の種多様性が高く、保全すべき貴重な森林のひとつです。しかし近年の開発により、森林面積の減少とともに、断片化、孤立化した小面積の森林が増えつつあります。古くから開発の進んだシンガポールでは、元の自然植生の99%が失われ、植物種の26%が絶滅しました。その結果、中央部のブキティマ丘陵にわずか164ha残された森林(ブキティマ自然保護区)は、同国の植物種の約半数が生育する貴重な熱帯雨林として、これまで150年以上保護され、今後も厳格に保護することとされています。

この保護林を含めて、東南アジアの熱帯雨林にはフタバガキ科の樹木が優占しています。フタバガキ科の種多様性は非常に高く、現在500種近くが分布しています。また、それらの材は経済価値も高く、合板として日本にも輸入されています。一般に、大面積で保全された熱帯雨林では、フタバガキ科に限らず樹木の雑種化は非常に希な現象とされていました。これは、もともと近縁種が多く生育する熱帯雨林では、生殖隔離機構(注1)が働いて種間で雑種が作られにくいことが関係しています。しかし、雑種ができやすくなると、もともとの親種の純血な子孫が相対的にできにくくなるのに加え、雑種と親種との戻し交配が起こる場合には、親種の遺伝子に他種の遺伝子が浸透していきます。また、植物では、親種よりも雑種が旺盛な成長を示す雑種強勢と呼ばれる現象はよく知られており、雑種が親種を駆逐してしまうことがあります。さらに雑種では、花粉や果実が正常に生産されない場合もあり、遺伝子も受け継がれない状況が危惧されます。

内容

調査地のブキティマ自然保護区は、周辺の開発により150年以上も孤立していました(図1)。これほど長期間断片化された状態で保護されてきた熱帯雨林は、東南アジアでも非常に珍しく、断片化の影響を調べることができる貴重な森林と言えます。私たちは、この森林に優占するフタバガキ科樹木の中に、変わった葉を持つ個体が多数生育していることを発見しました(図2)。遺伝子を解析したところ、これらはテンバガサラノキ(Shorea leprosula)とセラヤサラノキ(Shorea curtisii)を両親とする雑種であることが明らかになりました。

次に、固定プロットを設け、この両親種と雑種の稚樹について、定着数や生存率、定着環境などを調査しました。さらに、林床の光環境などの測定とともに、マークした稚樹の生存や成長経過を4年間追跡しました。調査の結果、稚樹に占める雑種の割合は予想以上に高く、この森林全体で母樹がわずか80本程度まで減少していたテンバガサラノキでは40%以上に、母樹が1000本程度残るセラヤサラノキでも17%近くに達しました(図3)。これら雑種の稚樹の生存率や成長速度は、両親種の稚樹と比べてもほとんど差がなく(図4)、より明るく乾燥した林床に多く定着していることがわかりました。今回調べた雑種では、雑種強勢は検出されませんでした。しかし、森林のさらなる断片化で明るい場所が増えたり、気候変動によって林内が乾燥したりすると、雑種の生存率や成長速度が上がり、定着がさらに進む一方、親種を衰退・絶滅に向かわせる可能性が示されました。

今後の展開

今回の研究成果で、シンガポールの残された貴重な熱帯雨林について、樹木の雑種化がかなり進んでいることが明らかになりました。この森林の樹木種の健全な保全のためには、雑種化の抑制が課題のひとつといえます。今後はまず、雑種化が起こるメカニズムを解明する必要があります。また、この研究では少数ながら雑種と親種の戻し交配個体も見つかっており、このような雑種化がほかの地域の熱帯降雨林についても進行していないかどうかや、雑種形成と種の分化との関係についても調査を進める必要があります。

お問い合わせ先

研究推進責任者:森林総合研究所 研究ディレクター 平田 泰雅

研究担当者:森林総合研究所
 植物生態研究領域 物質生産研究室 主任研究員 田中 憲蔵

広報担当者:森林総合研究所 広報普及科 広報係 Tel:029-829-8372 E-mail:kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

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お問い合わせ

所属課室:企画部広報普及科

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