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プレスリリース

2021年7月7日

福島大学
環境放射能研究所
広島修道大学
森林総合研究所

福島第一原子力発電所事故後に逸出した家畜ブタ遺伝子のゆくえ ―ブタとの交雑はイノシシの増加に拍車をかけるのか?―

福島大学共生システム理工学研究科の兼子伸吾准教授ならびにドノヴァン・アンダーソン研究員(現筑波大学アイソトープ研究動態研究センタ―、福島大学共生システム理工学研究科博士後期課程令和2年度修了)を中心とする研究グループは、大熊町や浪江町とその周辺に生息するイノシシを対象にDNA分析を行い、震災後に逸出した家畜ブタに由来する遺伝子の広がりについて検証しました。その結果、ブタの遺伝子が一定割合で存在するものの、交雑系統と純粋なイノシシとの戻し交配によって、その割合は低下していく可能性が高いことを明らかにしました。

研究の背景

平成23年3月の東北地方太平洋沖地震によって発生した津波と東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射能汚染により、広範囲で人間の生活が規制されました。住民の避難や作付け制限によって空き家や耕作放棄地、放任果樹等が生じ、様々な野生哺乳類の個体数が増加しました。さらに、逸出後に野生化した家畜のブタが野生のニホンイノシシと交雑していること、逸出したブタを母方の祖先に持つイノシシが分布を拡大している可能性があること等が、福島県内のニホンイノシシを対象としたミトコンドリアDNAの分析により明らかになっていました。しかし、イノシシの形態や生態等に大きな影響を与える核DNAの分析は行われておらず、家畜ブタ遺伝子の核DNAにおける拡散状況については不明なままでした。

ブタの野生化やイノシシとの交雑は、ヨーロッパや北米大陸など、多くの地域で問題となっています。特に北米大陸では、分布拡大が問題となっている野生ブタの多くが交雑由来であり、特定の交雑系統が広がっていることが明らかにされています。日本でも、在来のイノシシの個体数の増加や分布の拡大に伴う農林業被害、豚熱の拡大は、大きな問題となっています。また、帰還困難区域内では、昼間の活発な行動や車を恐れないといったイノシシの行動も確認されています(図1)。東日本大震災と原子力発電所事故によって生じたブタの野生化とイノシシとの交雑が、産子数の増加や人間の活動圏での行動増加に繋がる場合、これらの問題がより深刻になることが予想されます。そこで我々の研究チームでは、福島県内におけるイノシシ個体群における家畜ブタ遺伝子の広がりを明らかにする目的で、核マイクロサテライトマーカーを用いた遺伝解析を実施しました。

核マイクロサテライトマーカーは、核DNAに存在するマイクロサテライト領域と呼ばれる部位に着目して解析をするマーカーです。親子鑑定や樹木の品種識別、交雑分析などにも使われています。まず、我々の研究チームでは、ブタとイノシシで対立遺伝子が異なり、交雑の分析に適したマイクロサテライトマーカーを選抜しました。それらのマーカーを用いて、福島県内の帰還困難区域およびその周辺で捕獲されたイノシシについて分析を行いました。

帰還困難区域で撮影したイノシシ

図1. 昼間に行動し、自動車も恐れなかった帰還困難区域のイノシシ(撮影:大平創)

今回の成果

分析した191個体のイノシシのうち31個体(16%)について、祖先におけるブタとの交雑の痕跡が観察されました。ミトコンドリアDNAでの分析では、これらの過去に交雑した個体が広い範囲に広がっていることが示されていました。しかし、核DNAでの分析は、ブタ由来の遺伝子を高頻度でもつ個体の分布は福島第一原子力発電所付近に限られていること、距離が離れるにしたがってブタ由来の遺伝子の割合は減少していることが明らかになりました。ミトコンドリアDNAはブタ由来であるものの、核DNAではほとんどの遺伝子がイノシシに置き換わっている個体も多く確認されました。この結果は、ブタとイノシシの交雑個体は、イノシシと交配し、その子孫はまたイノシシと交配する、というような戻し交配によって、個体のブタ由来の遺伝子の割合が減少している状況を反映していると考えられます。

ブタ由来の遺伝子の割合を示した図

図2. ブタ由来の遺伝子をもったイノシシの割合(A:ミトコンドリア、B:核マイクロサテライト)。ミトコンドリアではブタ由来の遺伝子が広がっているものの、核マイクロサテライトではブタ由来の遺伝子の割合は低い。また、福島第一原子力発電所付近(今回の交雑の原因となったブタの生息地)から離れるにつれて、ブタ由来の遺伝子の割合は顕著に低下した。

核の遺伝子がイノシシに置き換えられていく様子を示した図
図3. 戻し交配によって核の遺伝子がイノシシに置き換えられていく流れ。核の遺伝子は、戻し交配により頻度が下がっていく。その一方で、ミトコンドリアは母親のものを受け継ぐため、母系の子孫においてはブタ由来のミトコンドリアが残存する。

成果の意義

今回の結果は、東日本大震災によって生じたブタの野生化とイノシシとの交雑がイノシシ個体群の動態に与える影響を考えるうえで、重要な示唆を与えています。もし、北米大陸のように交雑系統が生き残りやすく、分布拡大や個体数の増大に寄与している場合、より高頻度でブタ由来の遺伝子が観察されるはずです。今回の事例では、ブタに由来するミトコンドリアの残存というかたちで交雑の痕跡は残ることとなりますが、イノシシの形態や行動に大きな影響を与えると考えられる核DNAについては、交雑の影響が次第に消えていくと考えられます。その一方で、ブタに由来するミトコンドリアDNAの解析やイノシシの遺伝構造の解析結果は、一度生じた遺伝子汚染のような問題が、イノシシの高い移動性によって、急速に拡大する危険性も示唆しました。人為的に導入された近縁種と在来種の交雑の問題は、予防措置が極めて重要であることを改めて示す結果となっています。

本研究は、英王立協会の担当編集者より “This manuscript will make an impact on this area of the literature and be useful for researchers investigating introgression dynamics in many other systems.”という高評価と受けたように、家畜と在来種の交雑をはじめとする遺伝汚染に関する研究にインパクトを与え、その交雑動態の研究にとって有益な知見となっています。

掲載誌・論文

本論文は、令和3年6月30日付でProceedings of the Royal Society B: Biological Sciences(英王立協会紀要)にオンラインで公開済みです。

掲載誌:Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences

(https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2021.0874)

タイトル:“Introgression dynamics from invasive pigs into wild boar following the March 2011 natural and anthropogenic disasters at Fukushima”

著者:Anderson D, Negishi Y, Ishiniwa H, Okuda K, Hinton T, Toma R, Nagata J, Tamate HB, Kaneko S

著者の所属:
ドノヴァン・アンダーソン(現筑波大学アイソトープ研究動態研究センタ―研究員、福島大学共生システム理工学研究科博士後期課程令和2年度修了)
根岸 優希(福島大学共生システム理工学研究科博士前期課程 令和元年度修了)
藤間 理央(福島大学共生システム理工学研究科博士後期課程2年)
兼子 伸吾(福島大学共生システム理工学類 准教授、環境放射能研究所 准教授(兼任))
石庭 寛子(福島大学環境放射能研究所 特任助教)
トーマス G. ヒントン(福島大学環境放射能研究所 客員教授)
奥田 圭(広島修道大学人間環境学部 准教授)
永田 純子(国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 室長)
玉手 英利(山形大学 学長)

 

お問い合わせ

研究担当者:
福島大学 共生システム理工学類 准教授 兼子 伸吾
森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室 室長 永田 純子

広報担当者:
福島大学総務課広報係
Tel:024-548-5190
E-mail:kouho@adb.fukushima-u.ac.jp

森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
Fax 029-873-0844
E-mail:kouho@ffpri.affrc.go.jp


 

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所属課室:企画部広報普及科

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