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プレスリリース

2022年6月15日

国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所

植物細胞壁は葉から吸収された水でもできている
― 二種類の重水を用いた新手法により発見 ―

ポイント

  • 細胞壁の主成分であるセルロースの酸素と水素は従来根から吸収された水が起源であると考えられてきました。
  • 本研究では、スギ苗木の根および葉からそれぞれ異なる重水を吸収させる実験を行いました。
  • その結果、降雨時およびその直後に形成されたセルロースの酸素と水素の一部は葉から吸収された水起源のものであることが分かりました。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、維管束植物の細胞壁を構成する酸素と水素(例えばセルロース((C6H10O5)n) 中のOとH)の一部は、葉から吸収された水起源であることを発見しました。従来の教科書では、光合成は図1aのように説明され、セルロースや糖を構成する酸素と水素は根から吸収された水が起源であると考えられてきました。ところが、植物が葉から吸収する水の量は根から吸収する水の量に比べて無視できないことが最近の研究により明らかになりました。そこで我々は、質量数の大きい酸素の同位体*1)を多く含む重水*2)と、質量数の大きい水素の同位体を多く含む重水の一方をスギ苗木の根から吸収させ、もう一方を葉から吸収させることにより、セルロースを構成する酸素と水素の起源について調べました。その結果、降雨中およびその直後に形成された葉のセルロースの酸素と水素の大部分は葉から吸収された水起源であり、逆に根のセルロースの酸素と水素の大部分は根から吸収された水起源、木材のセルロースでは両者の割合が半々程度であることが分かりました(図1b)。今回の結果は光合成が将来図1bのように説明されるようになる可能性を示すもので、2022年5月11日にTree Physiology誌でオンライン公開されました。

背景

植物は葉から取り込んだ二酸化炭素(CO2)と、根から吸収した水(H2O)を原料として、太陽の光エネルギーを利用した光合成反応により、糖(C6H12O6)などの有機物と酸素(O2)を生産する、と多くの生物学の教科書に書かれています。光合成は簡略化すると以下の化学反応式で表せます。
【6 CO2 + 6 H2O → 6 O2 + C6H12O6
ここで糖を構成する酸素原子は二酸化炭素の酸素原子ではなく、植物中の水の酸素原子が起源であることが分かっています(Deniro & Epstein 1979, Science他)。これまで糖などの有機物の合成に用いられる水は根が吸収したものだと考えられてきましたが、実は葉が吸収した水も使われているということを、今回の研究で明らかにしました。
最近の研究により、植物は根だけでなく葉(正確には、樹皮を含む地上部全体)からも水分を吸収することが明らかにされました(Azuma et al. 2015, Trees他)。その結果、「細胞壁の主成分であるセルロースの酸素と水素全体の何割が葉から吸収した水起源で、何割が根から吸収した水起源なのか?」という新たな疑問が生じました。葉から吸収した水が、樹体内に一時的に存在する非構造性の有機物である糖の酸素の起源となりえることは最近解明されましたが(Lehmann et al. 2018, New Phytologist)、樹体内に半永久的に存在する細胞壁のような構造性の有機物(セルロース等)の酸素と水素については未解明でした。また、従来の研究は一種類の重水(または重い同位体が非常に少ない水)しか用いなかったため、セルロースへの葉から吸収した水と根から吸収した水のそれぞれの寄与の割合を定量することは困難でした。そこで当研究所の香川聡主任研究員は二種類の重水を用いた実験を世界で初めて行い、上記の疑問に対する答えを探りました。

内容

梅雨期間中に、スギ苗木3本の葉から重い酸素の同位体が多く含まれる水(H218O)を吸収させ、同時に根から重い水素の同位体が多く含まれる水(2H1HO+2H2O)を吸収させました。酸素と水素の化学的性質の差が結果に影響を及ぼすかもしれないので、スギ苗木をもう3本追加し、上下の重水を入れ替えて同様の実験を行いました。葉内の重水濃度を測定した結果、葉の表面が重水により濡れ始めてから12時間以内に葉内の水の約4割が重水に置き換わることが分かりました。
次に、重水を与えてから数週間~数か月後に採取した葉・根・木材から抽出したセルロースに含まれる重い酸素の同位体(18O)および重い水素の同位体(2H)の濃度を測定しました。そして、セルロースに取り込まれた重水起源の酸素と水素全体のうち、何割が葉から吸収された水起源で、残りの何割が根から吸収された水起源であるかを計算しました。その結果、葉のセルロース中の重水起源の酸素と水素のうち、69%が葉面吸収させた重水起源、31%が根から吸収させた重水起源であり、逆に根のセルロースではそれぞれ20%、80%、木材のセルロースではそれぞれ55%、45%であることが分かりました(図1b)。言い換えると、降雨中および降雨直後に形成されるセルロース*3)に限って言えば、葉は主に葉から吸収した水から、根は主に根から吸収した水からできており、木材は葉から吸収した水と根から吸収した水を半分ずつ使ってできていました。
糖が師部を通って樹体各部に転流され、形成層*4)で細胞壁が形成されるまでの間に、糖(例えばスクロース)は他の物質(ホスホグリセリン酸、でんぷんなど)に変換されたり、再び糖に戻ったりします。この相互変換反応が降雨時~降雨直後に繰り返される結果、糖の酸素と水素の約9割は周囲の水(形成層付近の水など)の酸素と水素と入れ替わってしまいます。降雨時および降雨直後は、図1bのように葉から吸収された水が樹体上部(葉に近く、根から遠い部位)に多く分布しているので、成長が旺盛な樹体の上部で形成されるセルロースに葉から吸収された水起源の酸素と水素が多く取り込まれたと考えられます。一方、降雨直後に陸上植物が光合成により生成する酸素ガス(O2)の一部もおそらく葉から吸収された水が起源であることが推定されます。

左(a)従来図、右(b)修正後の図
図1. 従来の光合成の図(a)と本研究の結果から予想される修正を加えた光合成の図(b)
スギの根から吸収された水起源の酸素と水素を赤色で、葉から吸収された水起源の酸素と水素を青色で示してあります。(a)多くの教科書では、糖やセルロースを構成する酸素と水素は根から吸収された水が起源であると説明されていますが、教科書の考え方では今回の実験結果は説明できません。(b)実際は、植物は葉からも水分を吸収していることが明らかにされており、降雨中および降雨直後に形成されたセルロースに限って言えば、セルロース中の酸素と水素全体のうち、葉から吸収された水(点線囲部)を起源とするものの割合は、根から吸収された水起源のものの割合と同程度でした。本研究により、前者の割合が決して無視できないことが世界で初めて実験的に証明されました。

今後の展開

今回の研究は梅雨期に植物に起こる現象を解明しています。梅雨期間中は蒸散量が少ないため、樹体の上部には葉から吸収された水が、樹体の下部には根から吸収された水が停滞している状況(図1b)が長期間続きます。一方、樹木が成長する、すなわち細胞が膨らんで大きくなるためには、細胞内の膨圧が高くなる(細胞が水を吸ってパンパンになる)ことが必要です。このような状況が起こるのは、晴れて乾燥した昼間の、植物がしおれているときではなく、葉に結露が起こる夜間や降雨中および降雨直後で、この時に樹木の旺盛な成長が起こることが知られています(Zweifel et al. 2021, New Phytologist)。降雨後のタケノコが一日で1メートル以上も成長する事実からも分かるように、植物は降雨中および降雨直後は非降雨時に比べて数倍以上のスピードで成長することがあり、スギでも梅雨期間中は伸張成長(樹高が高くなる)・肥大成長(幹が太くなる)速度が最大になることが観測されています。
以上をまとめると、1. 梅雨期間中は樹体上部には葉から吸収された水が多く分布しており(図1b)、2. そのような条件下で樹木上部の旺盛な成長が起こる結果、3. 細胞壁(セルロース)に葉から吸収された水起源の酸素と水素が多く取り込まれると結論できます。日本のような湿潤な気候条件下で生育する樹木では、梅雨期以外を含む成長期全体を通して見ても、その細胞壁中の酸素と水素全体に占める、葉から吸収された水を起源とする酸素と水素の割合は意外と多いのかもしれません。
今後の研究により、成長期間全体を通して見た場合でも葉から吸収された水の有機物への寄与の割合が無視できないという結果が得られた場合、ひょっとしたら将来、光合成は図1bのように説明されるのかもしれません。本研究の成果は、例えば葉からの水分吸収を考慮に入れた苗木や農作物への潅水方法の最適化により、植物の成長量を促進するなどの応用が考えられます。

論文

論文名:Foliar water uptake as a source of hydrogen and oxygen in plant biomass.

著者名:Akira Kagawa

掲載誌:Tree Physiology

DOI:10.1093/treephys/tpac055

研究費:文部科学省科学研究費補助金基盤研究(C)「酸素・水素同位体年輪気候学のための、重水パルスラベリングによる樹木生理学的研究」、基盤研究(B)「植物バイオマスを構成する酸素・水素の起源としての葉面吸収水の役割の解明」

用語解説

(*1)同位体
同位体は原子番号(陽子数)が同じで、質量数(陽子と中性子の数の和)が異なる原子同士を指します。例えば、酸素の安定同位体は16O , 17O, 18Oの3種が、水素の安定同位体は1H, 2Hの2種が存在します。16Oと1Hの自然界での存在比は、それぞれ99.76%、99.99%で、ほとんどが質量数の小さい原子で占められています。(元に戻る

(*2)重水
自然界の水のほとんどは軽い同位体(16O, 1H)で構成されていますが(*1)、人工的に重い同位体を濃縮した水が市販されており、これが重水です。今回の実験では、重い酸素の同位体を多く含む重水(H218O)と、重い水素の同位体を多く含む重水(2H1HO+2H2O)の二種類を用いました。(元に戻る

(*3)降雨中および降雨直後に形成されるセルロース
実験では降雨を模した形で苗木に重水を与えていますが、晴れて蒸散が活発になると重水は樹体内から消失します。このようにして、降雨中および直後に形成されたセルロースのみを同位体で標識することができます。(元に戻る

(*4)形成層
植物の茎や根にある分裂組織。樹木では樹皮と木部の間にあり、形成層の細胞が分裂することにより、樹幹が太くなります。(元に戻る

 

 

お問い合わせ

研究担当者:
森林総合研究所 木材加工・特性研究領域 組織材質研究室 主任研究員 香川 聡

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係
Tel: 029-829-8372
E-mail: kouho@ffpri.affrc.go.jp

 

 

 

 

 

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