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研究情報 No.6 (Nov. 1987)

巻頭言

地域研究問題
「都市林及び都市近郊林の育成管理技術の向上」の取り組み

支場長 安永朝海

林業試験場の新しい研究推進目標の策定に当たり、支場では、地域の特徴を踏まえた林業活性化のための、いわゆる地域研究に主力を注ぐこととし、4つの研究問題を設定した。ここでは、そのうちの1つである上記の研究問題について概略を述べる。

関西支場が対象とする地域は、近畿・中国の全部と東海・北陸の一部を含む14府県に及び、全国森林面積の20%を占める。したがって地域の環境条件は極めて多様であるが、一つの大きな特徴は、近畿・山陽を中心に都市が早くから発達し、今なお人口の集中が進みつつある地域を広く抱えていることである。京阪神をはじめ多くの都市周辺では、都市圏の拡大と各種の開発によって緑地空間の著しい減少と森林の活力の減退がみられるが、これら都市及び都市近郊地域の森林の機能強化や自然環境を保全するにはどうしたらよいか。これが支場としてこの研究問題を設けた背景事情であり、問題意識である。

この研究問題への接近のためには各専門分野からの取り組みが必要であり、当面の重要課題として、次の大・中課題を設け、系統的に研究の推進をはかっている。

  1. 都市林の造成・管理技術の向上
    1. 植栽地盤の改良
    2. 都市的環境下における病虫害発生とその対策
  2. 都市近郊林の林相管理技術の向上
    1. 林相の推移の予測
    2. 複層林化誘導技術の確立
  3. 都市近郊林の防災的管理技術の向上
    1. 風化花崗岩地帯における森林の崩壊防止機能の解明
    2. 斜面排水工法の改善
    3. 防火・耐火林の構造と配置

それぞれの中課題の下には、段階的に解決を必要とする小課題を設け、現在12課題を実施中であるが、これには支場の全研究室が参画している。また、研究の実施に当たっては、大阪営林局にも参加を願い、神戸営林署箕面国有林に共同試験地を設け、積極的に取り組んでいるところである。

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箕面の滝

研究紹介

マツノマダラカミキリの繁殖行動

伊藤賢介

マツノマダラカミキリの成虫による交尾・産卵行動は主として夜間に行なわれるため、詳しい観察例は少ない。そのため、鱗翅目を中心とする多くの種類の昆虫で知られている性フェロモンの有無についても、本種については明らかな結論は出ていない。

そこで、本種の繁殖行動における特性あるいは雌雄の役割について明らかにする目的で、1986年6月~7月に、未交尾成熟成虫を大型ガラス容器および屋外ケージに放出し、夜間における行動を詳しく観察した。

日中(8時~17時)は雌雄とも摂食行動とゆっくりした歩行を繰り返しているが、日没が近づく17時頃から交尾・産卵行動が始まり、深夜2時頃まで続く。図-1に交尾前後の雌雄の行動の連鎖を示す。オスは最初、マツの枝先やケージの天井などにとまり、触角を左右に大きく広げたままじっとしている。一方、メスはその付近を活発に動きまわり、メスがオスに近づくとオスはメスに駆け寄って、その背中にしがみついてマウントする。メスはオスを背に乗せたまま歩き出すが、オスがメスのさや翅をなめてメスが歩行をやめると交尾(交尾器の結合)が成立する。オスがマウントした状態は長時間続き、その間に交尾と産卵が繰り返される。

これまでに調べられているカミキリムシ類の交尾行動では、まずオスが求愛行動を開始し、メスの役割は受け身的であることが多い。しかし、ブドウトラカミキリではメスがオスの放出する性フェロモンに誘引されてオスの近くに飛来することにより交尾に至る一連の行動が開始される。この間、オスは静止しているが、メスが近くに着地した後は活発に動き出す。

マツノマダラカミキリでも、最初オスは触角を広げたまま動かずにいる。メスはこの待ち伏せオスに向かって真っすぐに歩いてゆくか、あるいは徘徊と摂食を繰り返しているうちにオスから10cm以内の近傍に接近する。このことは、オスによって放出されメスを誘引する性フェロモンの存在を示唆している。

オスとメスの触角が何度か触れ合うと、メスがオスを避けて遠ざかることもあるが、オスはメスに駆け寄ってマウントしようとする。触角は異性の認知に役立っているように思われる。また、交尾ペアにメスが近づくと、交尾中のメスは触角を激しく振って接近するライバルを追い払おうとする。接近個体がオスのときは、交尾ペアのオスが同じ行動をとる。おそらく、交尾ペアのオス(およびメス)は、接近する同性個体から放出される性フェロモンによって、ライバルの接近を認知するのであろう。

交尾ペア(オスがメスを捕捉した状態)は平均208分(23分~390分、8例)持続し、その間に2~9回の交尾を繰り返す。1回の交尾は3秒~100秒で完了する。オスは他のオスによる交尾メスの乗っ取りを防ぎながら長時間の交尾ペアを維持して交尾を繰り返し、メスは産卵を繰り返す。メスの産む卵が直前に交尾したオスによって受精しているとすれば、こうした行動によってオスは少しでも多くの自分の遺伝子を次世代に残すことが保証されるであろう。

マツノマダラカミキリ成虫が衰弱したマツの匂いに誘引されるとはいえ、それだけでは誘引された成虫は衰弱木上のいろいろな部位に分散しているであろう。今回観察された行動によって、オスもメスも個体上での交尾相手との遭遇のチャンスを高めているものと考えられる。

なお、本研究は昆虫研究室と京都大学とが共同で行なったものであることを付記する。

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図-1 マツノマダラカミキリの配偶行動の過程
(Fauziah · Hidaka · Tabata, Appl. Ent. Zool., 1987 を改変)

材の変色に対するスギの防御機構

山田利博

樹木が傷づいたり病原菌の感染を受けたりして微生物が村内に侵入すると材の変色・腐朽が生じる。これに対して樹木の防御反応が働き変色・腐朽が拡がるのを食い止める。その結果、変色・腐朽は材の一部分にとどまり全体には拡がらない。この現象を説明するためにCODIT(Compartmentalization of Decay in Trees、樹木の腐朽の区画化)と呼ばれるモデルが考案された。このモデルは変色・腐朽の上下・内外・側方それぞれへの拡大を阻止する防御壁が形成され、変色・腐朽部を区画化、すなわち封じ込めるというものである。封じ込めの機構としては細胞壁のスベリン(木栓質)化による物理的障壁や抗菌性物質(ファイトアレキシン)の集積による化学的障壁の形成が考えられている。

また、区画形成能力は遺伝的な支配を強くうけると考えられている。区画形成能力が優れていればそれだけ変色・腐朽の範囲は小さくなる。従ってCODITの機構を探ることは、変色・腐朽の範囲を最小限に抑えることのできる施業技術の開発だけでなく、区画形成能力の優れた品種の効率的な選抜・育成をも可能にする。

筆者らは、近年スギカミキリによるスギの被害が増えていることから、スギカミキリ被害木を用いて、変色の側方への拡大を阻止するスギの防御機構を調べた。スギがスギカミキリの加害を受けると、材にはまず変色部が形成される(図-1)。この変色部にはFusariumMacrophomaCryptosporiopsisといった菌が定着するが、健全部からは菌は検出されない。解剖観察によると変色部のスギの組織は壊死しているが、その外側に形成される移行材の柔細胞は大部分が生きている。そして菌糸の伸長は変色部外層-移行材内層の間で阻止されている。

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図-1 スギカミキリの加害に伴うスギの材の変色

移行材内層にはノルリダナン類のアガサレジノール、ヒノキレジノール、セクイリン-Cなどが集積している(図-2)。この部分に集積する物質について変色部から分離されたFusariumMacrophomaに対する抗菌性検定を行った結果では、この内のヒノキレジノールと他2、3の物質(未同定)が抗菌性を持っている(図-3)。また、移行材内層の仮道管や壁孔には油滴状物質がみられ(図-4)、この油滴状物質にはヒノキレジノールを始めとしたノルリグナン類が含まれている(図-2)。

このことから、抗菌性物質を含む油滴状物質(放射柔細胞から分泌されたと思われる)が仮道管や壁孔を塞ぎ、これが連続した防御壁を形成して、菌を抑え変色・腐朽が側方に拡がるのを防ぐ機構の一つとして働いていると考えられる。

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図-2 スギの材の抽出物の分析
(a)健全部、(b)移行材内層、(c)変色部外層、(d)変色部内層、(e)油滴状物質
S:セクイリン-C、A:アガサレジノール、H:ヒノキレジノール

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図-3 薄層クロマトグラフでみたF. oxysporum(左)とF. solani(右)に対する抗菌性物質 (矢印で示した黒い部分)

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図-4 移行材内層の油滴状物質

 

おしらせ

近畿・中国ブロック会議終る

本年度から運営要項の変更により名称の部が変った「林業研究開発推進近畿・中国ブロック会議」は10月29日、関西支場会議室において林野庁から藤森研究普及課企画官、林業試験場から小林調査部長を迎えて、営林局、林木育種場、14府県関係者の出席により開かれた。

会議はまず、林野庁、林業試験場、林木育種場、大阪営林局から研究開発についての現状説明ののち、各府県から主要な研究成果が報告された。

ついで、府県側から事前に提出されていた研究推進上緊急かつ重要課題」36課題、「国・公立林業試験研究機関相互における研究協力分担」が望まれる課題13課題、合計49課題について府県から提案の背景、国側から研究の現状などが説明され協議が行なわれた。

この結果、近畿・中国ブロックにおける重要課題として次に掲げる3つの問題を摘出して中央協議会に上げることが決定された。

  1. 北陸・山陰地帯における松くい虫抵抗性マツの作出と特性調査
  2. 旧薪炭林地における有用広葉樹林の育成技術
  3. 間・択伐作業のための低コスト供出技術の確立

研究成果発表会を開催

10月30日、関西支場会議室において第2回関西支場研究成果発表会が開かれ、林業試験場の志水林産化学第二科長の特別講演を始めとして、研究者4名による成果の発表が行なわれた。

特別講演ならびに研究発表の要旨は次のとおりである。

特別講演
木材成分の総合利用プロセス

林業試験場 林産化学部第2科長 志水一允

木質系資源は食料、飼料、化学工業原料、エネルギーとして潜在的に高い価値をもっているにもかかわらず、その交換技術には経済性で問題があった。しかし、最近、進展の著しいバイオテクノロジーを導入することによって新しい可能性が拓かれつつある。

木質系資源を蒸煮・爆砕処理して、それを反すう動物用飼料として利用したり、あるいは、その成分を分画し、ヘミセルロースは食品添加物や甘味料に、リグニンは炭素繊維に、セルロースは微生物蛋白やアルコールに変換して、木質系物質に含まれる成分を総合的に利用するプロセスの開発研究についての最近の成果を紹介する。

1. 樹冠による降雨遮断とその役割

育林部 防災研究室 服部重昭

樹冠が降雨を遮断することは古くから知られており、我国の森林では、降雨遮断量が年降水量の15~20%にも及ぶといわれる。そのため、樹種による差、森林の生長や森林地業に伴う降雨遮断量の変化を知ることは、森林の水保全機能を定量的に評価するうえで欠かすことができない。本発表では、いろいろな杯分での降雨遮断測定と成果の概要を報告する。また最近の話題として、微気象学を基礎とした降雨遮断研究の現状を紹介する。

2. マツ枯投跡地におけるヒノキ樹脂胴枯病の発生

保護部 樹病研究室 山田利博

関西地域では近年、マツ枯損跡地でのヒノキの造林が多くなっている。それに伴いヒノキ樹脂胴枯病が幼齢林を中心に多発しており、汚染の拡大が懸念される。本病はヒノキの材質を低下させ、甚しい場合には局部的に成林を困難にする恐れがある。今回は、合理的な防除の指針を得るために、解剖観察・抵抗性検定・疫学的調査を通じて、被害形態や感染様式について検討してきた結果を紹介する。

3. ヒノキ人工林における下層植物群落の制御モデル

育林部 造林研究室 清野嘉之

ヒノキ林が成林すると、下層の植物群落が失われ、リターや土壌の移動量が増えるので、土地生産力は低下しやすくなる。下層の生長を促すには、林内を適切な明るさに保っ必要があるが、それには、光を直接に遮っている樹冠の生長をコントロールする技術が不可欠である。樹冠や下層の生長を調べてモデルに表し、様々な条件下の相対照度や下層高の経年変化を予測した。結果を紹介しながら、望ましい間伐や枝打の方法を明らかにする。

4. 自然立地からみた林地利用の区分法

育林部 土壌研究室 白井喬二

林地の利用区分を考れる場合、地形、地質、土壌条件などの自然環境要因の類似性を検討して、林地の環境を類型化する必要がある。地域区分に際して利用目的や対象地域によって区分基準やその重要度が異なる。広域区分では気候的要因の重要度が高くなるが、対象区域が狭くなり、精度が求められる場合には土壌条件が重要となる。