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昆虫研究室長 田和幸
関西支所に赴任してやがて1年になり、支所の研究のやり方について、諸先輩方を見習ったり、教えを受けたりしているうちに、徐々にイメージが形成されてきました。たとえば、「地域に共通な基礎的、先導的、基盤的研究」、「総合化・体系化」ときけば、確かに研究機関の戦略としてはやりがいのある部類に属します。しかし、支所は常に成果が要請される機関であること、数人の専門家からなる研究室が8つしかない小所帯であること、森林を相手にしていて時間をかけることが避けられない研究があることなどを考えると、支所の研究には独自の戦術が必要な感じがしてきます。ここでは、当研究室の主要テーマである松くい虫対策、とりわけマツノマダラカミキリ(以下マダラカミキリ)の防除にかかわる研究を題材に、頭に浮かぶところを述べてみます。
マダラカミキリはたくさんの生物と関係をもちながら生活しています。かれらはマツ類を摂食していますが、その対象は幼虫では衰弱木や枯死木、成虫では生きた木と異なります。マダラカミキリの中にはマツノザイセンチュウを体内にもっている個体があり、これがマツに移ってマツ材線虫病を引き起こしますが、マツにも病気に強い弱いがあります。また、マダラカミキリの体内には別の線虫が共生することがあって、マダラカミキリの生存や繁殖に悪影響を及ぼす種もいます。マツの衰弱木や枯死木には、マダラカミキリの他にもキイロコキクイムシのような穿孔虫類が多く生息していますし、それらに依存する天敵生物のなかにはオオコクヌスト、コマユバチの様な昆虫類、アカゲラの様な鳥類、ボーベリアのような病原菌もいます。
防除、とくに生態的防除法と呼ばれるやり方は、上に挙げたような生物間相互関係を利用すること、つまり関係の保護、増強、軽減あるいは断ち切る等の改変を行うことに他なりません。当研究室でも、生物間相互関係の解明と防除法の開発を並行させ、どちらが鶏、どちらが卵というのではなく、お互いの成果を取り込む方向で推進していくことになります。
現在の環境重視の流れの中では、たとえ緊急性の高い松くい虫防除であろうと、生態系全体を考える、生態系を壊さないということが、研究の基幹的ポリシーになりつつあります。生態系の解析には、「生物多様性の保全」や「森林の育成利用」といった研究の総合化、技術の体系化があり、広範な研究者の結集を必要としています。特定の生物間相互関係の解析が生態系の機能解明と結びつけられれば、解析自身も技術の開発も見通しがぐっと広がります。生態系全体と特定の相互関係(部分)はフラクタル構造(自己相似)をしている、あるいは全体は部分の寄せ集め、とかいう単純な仮定でうまく説明できるかは興味のある話ですが、それはさておき、当研究室では両者を結ぶ研究として、穿孔虫とその天敵昆虫群集解析が進められています。
関西地域には、支所内外に異なるレベルを対象とする研究者がいる利点があるので、時には、かれらを縦断する体系的な研究に参加し、またその成果を持ち帰っていくという構図が頭に浮かびます。その際、地域としての看板は「先進開発地域」、つまり「ヒューマン・インパクトがもたらしてきた光と陰」というのが用意されているそうです。
風致林管理研究室 安原加津枝
保護林制度には7種類の保護林があり、生態系や植物群落、特定動物生息地、地域の象徴の森林の保護など、広範囲な保護目的をもっています。最近では希少野生生物種の保護事業も行われるようになりました。保護林制度は大正時代に始まりましたが、保護目的があまりに多様で、時代によって設定状況が大きく異なってきたため、実態がつかみにくくなっています。また、保護林の管理とは実際には手を加えず何もしない、ということであったため、十分な調査や管理手法の策定がなされていませんでした。
そこで新たに、適切な管理手法を考える手段として、ランドスケープエコロジーの観点から保護林の現状を把握したり、あるいは調査を行うことが大切になってきました。とりわけ絶滅危惧種などの特定の種の保護や生物種の多様性の保全を目的とする場合、保護林の設定場所だけでなく、周辺環境も含めた包括的な保護管理を実施することが重要です。
図-1は、関東周辺にある20箇所の自然林(ほとんどが保護林となる)と38箇所の二次林の面積と種数との関係を示しています。小面積では二次林の種数が多くなっていますが、大面積になれば林床植物の種数は等しくなり、樹木の種数は自然林の方が多くなってきます。二次林は自然林に比ベオオバコなどの林内に特有でない種の割合が多いことから、大面積になれば自然林の方が林内種の多様性が高くなるといえます。
図-2は、自然林の中の林床植物の種数と希少種の出現頻度との関係です。林床植物の多様性には希少種の出現が貢献しています。これらのことから、大面積の自然林には、保護すべき植物の種数が多いことが予測できます。そのため、従来の保護林の設定基準のように、最小限の面積を残すような方法には問題があります。コアとなる部分だけでなく、周辺の森林等を含めた管理手法の確立が重要なのです。
それでは、実際の保護林の設定状況を大まかにみていきます。植物群落保護林では、保護対象の多くは、スギやブナ等の木本植物や高山植物に限定されています。そして、植生図(環境庁, 5万分の1)から周辺の様子をみてみると、保護林が自然植生域から孤立化したり分断化されたりしています。大面積の保護林は標高の高い地域に偏在する傾向があり、多くは小面積で植林地に取り囲まれたり、あるいは森林レクリエーションなどの森林利用によるヒューマンインパクトを受けやすい状況にあります。東京・前橋営林局内の植物群落保護林(108箇所)に対象をしぼって調べた結果、保護林の中には植生図上に表示されないほど小面積のものや、保護林自体が自然植生でない樹齢の高いスギ植林地など、自然植生域にない保護林が35%を占めることがわかりました。
また、保護林の中心から半径5kmの円内にある自然植生の割合(これを自然林率とします)の平均は23%でした。約半数の保護林の自然林率は10%未満であり、自然林率が50%以上のものは保護面積は大きいものの、標高が高い地域に限られているのです。
以上のことから、それぞれの保護林の設定状況を見直して、適切な管理手法を考える必要があると思われます。そして、総合的な見方で調査を進め、保護林の管理を森林管理全体の中でとらえる考え方をしていくことも重要でしょう。
昆虫研究室 伊藤雅道
土壌動物の森林生態系における役割の大きさについては、今更私が言わなくともすでにご存じの方が多いことでしょう。しかし、具体的に森林内にどのような土壌動物がどのくらいいて、個々の動物がどのような役割を果たしているかという問題となるとはたと答えに窮してしまいます。土壌動物に関する現在までの知識はずいぶん増えてきてはいるのですがまだ断片的です。
先日「生物多様性の生態学的展望」という国際シンポジウムでE.O.ウィルソン教授の講演があり、聴きに行ったのですが、このなかで教授は熱帯の多様性の研究も大切であるが、もっと身近なところでも瞠目すべき多様性が見られるといい、その例として土壌中の小型節足動物群集をとりあげていて大変印象的でした。熱帯の研究にあらずんば多様性の研究にあらずと思い込んでいる(ように見える)日本の生態学者にはいい薬だったかもしれません。
このように森林土壌中にはきわめて多くの土壌動物が生息しています。筆者の富士山麓での調査例ではダニ類の中の1つのグループであるササラダニ類の種数だけで65を数え、神奈川県の照葉樹林での例ではやはりササラダニ類だけで98種を数えています。一見すると土壌は単純な環境であるようにみえ、そこに生息する動物にこれだけの多様性が見られるのはやはり不思議です。このような多様性がどうして生じたのかというのは土壌動物学の中心的なテーマの1つです。この問題を考える上で重要なポイントは土壌の環境がはたして本当に単純なのかということと、土壌動物にとっての基本的な資源である枯死有機物がどのように利用されているかという2点でしょう。林床に年毎に供給される植物の枯死有機物は落葉、落枝、球果、倒木など様々であるしそれぞれが樹種によっても形状が異なっています。それらはただちに生物的な分解を受けますが、結果として土壌表層の有機物ほど新しく、深くなるほど古くなるという序列ができあがります。林床に積もった落葉を1枚1枚はがしてゆくとまさに1枚ごとに色や湿り気が変化するのを観察することができます。土壌動物にとって土壌は環境条件の異なる小さな生息場所単位が一定の序列をもちながら配列されているかなり複雑な場所なのです。土壌動物の生息場所はまた同時に彼らの餌資源でもあり、生息場所の環境の複雑さは餌資源の多様性にもつながります。
土壌動物はこの土壌中の環境の変化に対応して分布しています。筆者は林床の落枝に着目し、その分解程度とササラダニ類の生息との関係について調査し、分解程度が異なると種類組成も異なってくることを示しました(ITO,1987)(下図)。
一方最近になって土壌動物の細かい食性の違いを明らかにし、資源の分割のありさまを具体的に明らかにする研究も盛んになってきています。筆者らもリターバッグを用いて落葉の種類や置かれた条件と小型節足動物群集の関係について調査しています。それにより土壌動物相互間の種間関係や菌類との相互関係が明らかにされ、土壌動物の多様性についての実体的な把握が進んでゆくものと期待されます。
落枝の腐朽度(5が最も新しい)とササラダニ6種の出現頻度。(Ito, 1987)
樹病研究室 黒田慶子
ヒノキ材が多くの人に好まれる理由は、そのきめ細かさにあります。材(木部)の構成要素は仮道管、点在する軸方向柔細胞、および放射組織のみで(写真1)、クロマツとは異なり樹脂道はありません。材表面の美しさは、直径がやや小さく細胞壁の薄い仮道管が整然と並んでいることによります。スギの材の構成要素はヒノキと全く同じですが、年輪幅と仮道管が大ぎめで細胞壁がやや厚いため、材は粗雑な感じを受けます。
健全なヒノキは本来、樹皮にも材にも樹脂道がありません(写真1)。ヒノキの内樹皮(師部)は、師部繊維、師細胞、師部柔細胞がそれぞれ横一列に順序よく並ぶのが特徴です。しかし虫の食害やカビなど外敵の侵入があると内樹皮の中に新たに「傷害樹脂道」を作る能力があります(写真2)。樹皮が傷つくと、形成層に近い位置にある師部柔細胞がエピセリウム細胞に変化し、それらの細胞間が剥離して樹脂の通路ができます。傷ついてから数週間でエピセリウム細胞は樹脂を分泌し始め、虫やカビの侵入をくい止める「防御機構」として働きます。ところが時には樹脂造形成が異常に増加し、樹脂の流出が止まらなくなることがあります。このような症状を示す病気として、ヒノキ樹脂胴枯病、ヒノキ漏脂病などが知られています。
平成5年度林業研究開発推進近畿・中国ブロック会議が10月21日京都市呉竹文化センターにおいて開催されました。会議には林野庁から金谷主席研究企画官、金澤試験場係長、森林総研から小池連絡科長を迎え、大阪営林局、関西林木育種場、23の府県関係機関が出席しました。
会議では、国側機関から研究開発の現状が説明され、各府県機関から主要な研究成果が報告されました。次いで「研究推進上緊急かつ重要課題」の検討が行われ、以下の3課題が摘出されました。
平成5年度関西支所研究成果発表会が10月22日京都市呉竹文化センターにおいて開催されました。今年度は、森林総研の中野達夫木材利用部長の特別講演「国産材の利用技術開発と今後の利用方向」を始め、以下の6名の研究成果が報告されました。
10月28日には平成5年度関西支所非常勤研究員の羽澄俊裕先生のラジオテレメトリー法に関する講演会が開催されました。野生動物の捕獲から麻酔、発信器の装着、追跡にいたる一連の作業を実例を交えながら指導いただきました。当日は支所職員の他、府県の関係機関からも多数の方々が参加され、ラジオテレメトリー法に対する関心の高さをうかがわせました。
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