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研究情報 No.32 (May 1994)

巻頭言

ヒノキ漏脂病の原因究明に向けて

樹病研究室 伊藤進一郎

樹木が受ける被害には枯損など目にみえるものだけでなく、材部の変色や腐朽のように外からはみえないが材質を劣化させ材価を著しく低下させる被害があります。その原因としては、材質腐朽病の発生があるほかに枝枯性の病害、穿孔性害虫の加害や鳥獣害、凍裂害などの気象害や枝打ちによる傷などさまざまあります。樹木生立木の材に変色や腐朽を発生させる病害を材質劣化病害と総称しています。

材質劣化病害の一つにヒノキ漏脂病がありますが、この病害による被害木は、樹幹部から樹脂が異常に流出し、病患部の形成層は壊死するために肥大成長が止まり、結果的に幹部が異常に変形します。また病患部からは二次的に菌類が侵入して変色や腐朽が発生します。被害の発生は、大正時代の始めから東北地方で知られており、昭和初期の林学会誌にすでに「ヒノキ漏脂病」が登場しています。その当時から、東北や北陸の多雪地帯では漏脂病がヒノキ不成績造林の一要因とされてきました。原因として、雪圧説、害虫説、病原菌説などがさかんに議論されましたが、いずれも充分に納得できる説明が得られませんでした。その後国有林の一部ではヒノキ造林が中止されたこともあり、漏脂病の原因は充分究明されないままとなっています。

1970年代後半からマツの材線虫病による被害が急増しましたが、そのマツ枯損跡地にはヒノキが植栽され、その造林面積が増加する傾向の中で漏脂病に対する関心も再度高まり、1980年代になって漏脂病に関する調査・研究が活発になってきています。その一つとして公立研究機関は、各地域において漏脂病の被害実態を明らかにするための調査を行いました。この調査は、同一の調査基準と様式で全国の漏脂病被害の実態を明らかにしようとした初めての試みです。その結果、今までに知られていたよりもはるかに広域に漏脂病が発生していることが明らかになりました。関西地域では、被害は石川県、福井県、滋賀県、京都府、兵庫県、岡山県、鳥取県、島根県の各府県で主に日本海側で発生していること、また石川県や福井県など多雪・寒冷地域で激しく発生する傾向があることなどが明らかにされています

この調査が契機となり、新たな2つの研究課題がスタートすることになりました。平成5年度からは、全国19県が参加し、「ヒノキ漏脂病の発生に関与する要因の解明と被害回避法の開発に関する調査」を始めました。この課題では、被害実態が明らかになった地域・杯分を対象に、さらに詳しく発生原因や発生環境を明らかにするための調査が進行中です。また平成6年度からは、森林総合研究所、林木育種センター、東京大学により「ヒノキ漏脂病の発現機構の解明と被害軽減技術の開発」がスタートします。この課題の中で、生物的要因(特に菌類)と非生物的要因(雪圧や寒冷条件)による樹脂流出機構や被害の発現機構を実験的に明らかにすること、被害の発生に関与する気象・環境要因を被害林分で詳細に計測を行うことなどが計画されています。両課題の終了時には、ヒノキ漏脂病の発生原因が究明され、被害の防除法や回避技術が確立されることが期待されています。

研究紹介

二次林の階層構造について

造林研究室 隅田明洋

『森林の階層構造』などと一口に言ってもその意味するところは定義によってさまざまです。ここでは、森林群落における葉群の三次元的構造(葉がどのように空間的に分布しているか)について、名古屋市にある広葉樹二次林を例にとってお話しします。

いわゆる雑木林(二次林)を外から見ると、様々な種類・大きさの樹冠が空間内にでこぼこに配置され、それら全体の投影が人間の目に写るため、葉がごちゃごちゃに茂っているように見えます。しかし、PCMという方法で森林の縦断面の葉群配置を詳しく調査すると、決して葉がごちゃごちゃに配置されているわけではなく、葉が集まって一定の厚みを保ちながら層を形成していることがわかります(図-1)。この森林ではいろんな樹種の樹冠が集まって主に2つの層(上から第1葉層、第2葉層)をつくっていました。各葉層の位置(地上高)は決して一定でなく、場所によって変わります。どの葉層も平均の厚みは2m程度で、2つの葉層は平均2.8mの厚さの全く葉の無い空間によって隔たれています。第1葉層が厚いところではその真下の葉層は薄くなるといった傾向も認められました。

このような葉層の三次元構造は、それを構成する樹木にとってどのような意味があるのでしょうか?葉は太陽エネルギーの吸収装置ですから、葉の集まりである葉層の構造は樹木の光の獲得に関わっています。森林内の明るさ(相対照度)の空間分布は葉層の空間構造に依存的で、明るさの等値線の位置が葉層の位置の変化に応じて上下する様子が分かります(図-1)。葉層のあるところでは等値線の間隔が密になっており、光の吸収によってそこで急激に暗くなることが分かります。概して言えば、第1葉層は相対照度10%以上、第2葉層は10%以下の光環境下にありました。つまり、葉層の構造は光の吸収の構造であると言えます。同一の葉層内では、樹冠はできるだけ自己被陰が少なくなるように広がっているわけです。

調査地内には19の樹種が出現しましたが、主に第1葉層を構成する種と第2葉層を構成する種とに分類できました。図-2に示すように、同じ葉層に属する種の間では樹冠の量が多いものほど成長速度は大きく、また、樹冠の量が同じものどうしで比較すると明るい光環境の樹種、すなわち第1葉層の樹種のほうが成長速度が大きいことがわかりました。つまり、この結果は、それぞれの樹種がどの葉層に属するか(=樹冠がどのような光環境にあるか)ということと樹冠の量がどれだけあるかということの両方によって、その樹種の成長がほぼ決まってしまうことを示唆しています。その意味では、群落内の種がそれぞれ持つ様々な個性の違いはあまり成長に関係ないと言えるでしょう。ただし、たとえ明るい光環境(第1葉層)にたくさんの葉を保持していても、樹木の維持コスト(例えば幹や根などの呼吸速度)が大きければ成長速度は低くなり、ついには枯れてしまうこともあります

以上かなり大ざっぱな説明をしましたが、換言すれば、二次林を構成する樹種の光環境は自らが構成する葉群の構造に依存的であり、それらの成長もまた自らの葉群構造と密接に関連しているということです。

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図-1. 森林の縦断面: 葉層(陰の部分)および相対照度の等値線の空間分布。
Sumida (1993) の実測値より描いた。等値線の値は上から 90, 50, 20, 10, 5, 2, 1, 0.5 (%)。

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図-2. 各樹種の樹冠の量 (樹冠が占める空間の体積, Vc) と胸高断面積成長速度(ΔBA)との関係。
○: 樹冠の多くが明るいところ(相対照度10%以上≒第1葉層)にある樹種。
●: 樹冠の多くが暗いところ(相対照度10%以下≒第2葉層以下)にある樹種。

里山は竹林で被われる?

土壌研究室 鳥居厚志
造林研究室 井鷺裕司

テレビの時代劇ファンの方は、殺陣シーンのバックに竹薮が多いことに気づかれると思います。これは、竹林の多い京都の嵯峨野近郊でのロケが多いからなのですが、実は時代考証の上では問題があるのです。これらのタケは、よく見るとモウソウチクであるとわかりますが、モウソウチクは、1700年代に中国から渡来した帰化植物であり、東日本にまで拡がったのは、ずっと後のことと考えられます。ですから「遠山の金さん(奉行職は1800年代前半)」が江戸郊外のモウソウチク林内で立ち回りをしているのはまだしも、「水戸黄門(諸国漫遊は1600年代後半)」が、各地でモウソウチクに出くわすはずがないのです。

近年、西日本各地で、タケが丘陵地の斜面を這い登るように森林に侵入する姿が観察されています(写真-1)。そこで、土地利用図や空中写真を使い、最近数十年間で、竹林の分布がどのように変化してきたのかを調べました。調査したエリアは、京都府南部の田辺丘陵(田辺町: 木津川の西岸)です。図-1は、昭和30年、50年、60年の竹林分布を示したもので、図示エリア1346haのうち、竹林面積は10haから133ha、204haへと増加していました。左上の図(地形概念図)と照合してみると、竹林の分布はおおむね標高50-100mの丘陵地の上であることがわかります。丘陵地上の森林では、かつては燃料材を得るために薪炭材施業が行われていましたが、昭和30-40年代に筍栽培のためにモウソウチクが植えられたようです。その後、それらが自然にテリトリーを拡張し現在に至っていると考えられます。

それでは田辺丘陵の竹林は今後も増え続けるのでしょうか。増え続けるための要因としては、(1)地質や土壌がタケの生育に適しているか、(2)人為的に阻止されないか、(3)樹木との競争に勝てるか、などがポイントになります。まず(1)ですが、田辺丘陵は、大阪層群と呼ばれる、およそ百万年前の地層から成っていますが、木津川をはさんで田辺丘陵の対岸にも同じ地質の丘陵地があります。対岸ではほぼ一面竹林で被われており、条件の似た田辺丘陵でも竹林の拡張に大きな不都合はないと考えられます。次に(2)ですが、竹林の周囲はアカマツや広葉樹の放置された二次林で、土地利用のうえで竹林の拡張が阻止されることもなさそうです。また(3)ですが、周囲の二次林よりも竹林の方が林冠が高いので、タケの侵入に伴って数年で樹木が枯れるという状況が観察されています。このようにみてくると、このまま里山が放置された場合、数十年後には田辺丘陵はタケで埋めつくされると考えるのが妥当でしょう。

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写真-1. 斜面を這い上るタケ

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図-1. 京都府田辺丘陵の竹林分布

連載

樹木の解剖学(4)
ブナ

樹病研究室 黒田慶子

ブナはかなり緻密で白っぽい材を持ち、安価な材として農器具の柄や積み木などの玩具によく使われてきました。しかし最近ではお目にかかる機会が次第に少なくなっています。広葉樹であるブナの材はコナラと同様、道管、木繊維、軸方向柔細胞、放射組織柔細胞などの要素から成り立っていますが、横断面の様子はコナラと全く異なります(写真1)。直径0.1mm以下のやや小さい道管が多数、全体にばらまいたように並んでおり、年輪界はあまり明瞭ではありません。このような材は「散孔材」(さんこうざい)と呼ばれ、コナラなどの環孔材と区別されます。道管と道管の間を埋めているのは、軸方向柔細胞や細胞壁の厚い木繊維です。散孔材を持つ樹木はカツラ、サクラ、ポプラなど多数あります。

ブナ材の特徴は1~3細胞幅の放射組織の他に、「広放射組織」(こうほうしゃそしき)を持つことです。この特徴により他の散孔材と容易に区別できます。写真2の板目面(写真1の矢印の方向に切った断面)では広放射組織断面の長さは1~3mmあり、肉眼でも褐色の細長い斑点としてよく見えますから、身の回りの品で一度探してみて下さい。ブナには重大な病害はありませんが、本来白っぽい色調の心材が時として褐色になることがあり、「偽心材」と呼ばれます。

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おしらせ

研究検討会・研究推進会議開催

関西支所の研究問題に関する研究検討会が2月14、15日に、また研究推進会議が2月22日に関西支所会議室で開催されました。平成5年度は総計62課題が実行され、内「水保全機能の評価モデルの開発」、「ノウサギの被害防止技術の開発」など28課題が完了しました。また、平成6年度より「広葉樹の成長に及ぼす葉量および樹冠の光環境の影響の定量化」など13課題が新規に開始されます。また、7課題が重要研究素材として摘出され、特別検討事項「関西地域における新分野研究の動向」に関して後藤義明(防災研)、日野輝明(鳥獣研)の2氏より話題が提供されました。

「緑資源」の総まとめ

3月4日には、国立機関公害防止等試験研究「緑資源の総合評価による最適配置計画手法の確立に関する研究」の研究推進会議が関西支所会議室で開催され、兵庫県林務課今里卓主査、農林水産技術会議糸瀬裕行公害対策技術係長、同赤間亮夫研究調査官、林野庁研究普及課海野達也研究企画官、森林総合研究所竹谷昭彦企画斜長が出席されました。兵庫県林業試験場、森林総研、関西支所から多くの研究員が参画して平成3年度から実行されてきた緑資源も最終年度にあたり、評価手法、計画手法に斬新なアイデアと多くの成果を得て完了しました。これらの成果は平成6年度中に総括報告が取りまとめられる予定になっています。