文字サイズ
縮小
標準
拡大
色合い
標準
1
2
3

森林総研トップ

ホーム > 研究紹介 > 刊行物 > 研究情報 1987年 > 研究情報 No.33 (Aug. 1994)

ここから本文です。

研究情報 No.33 (Aug. 1994)

巻頭言

地域林業研究の展開

保護部長 松浦邦昭

日本の国土のほとんどは急峻な脊梁山脈とそれに続く山々で占められています。急峻な山々は遠くに眺めているのにはよいのですが、そこで、林業を営むのはたいへんなことです。それでも、多くの山間地で、見事な造林地が見渡すかぎり広がっているのには感銘をおぼえます。

山に木があることによって、私たちは多くの恩恵を受けています。山で降った雨がそのまま平地に流れ下ったら下流は洪水となりますが、森林が、雨水を腐植土壌に溜めたり、地中に浸透させたりすることで、水資源として有効につかわれるようになります。また、山は希少な生物の生存を許容します。尾根や谷で隔離された複雑な地形から成る山には、変化に富む多様な森林生態系が形作られ、構成生物の様々な営みがみられます。山の緑にはその他多くの効用があります。

一方、山の自然は美しい反面、樹木の長い成育期間には荒々しい気象や、恐ろしい加害生物に襲われることもあります。苦心して育てたスギ・ヒノキが、大型台風で、無残に幹を折られ、なぎ倒された恐ろしい光景を目にしたのは記憶に新しいところです。マツ材線虫病が全山のマツを枯らし、スギカミキリやヒノキ漏脂病などのスギ・ヒノキ材質劣化病害虫が材を台無しにするばかりか、シカなどの中・大型動物の行う樹皮剥ぎも材をつかいものにならなくします。また、一斉造林といっても、条件のよい木材産出国の林業とは違い、日本の山地形での造林では管理や供出に労力を要し、一般的には、国産材はコスト面で外材との競争に勝てないでいます。最近の円高はそれに追い打ちをかけようとしています。安い木材が輸入される。それにとどまればよいのですが、林業従事者にとってそれが材の計画的収穫で生計を立てられないものになるとしたら、困ります。現在、山に働く人達の老齢化、山離れが続いていますが、これがさらに続けば山に人がいなくなり、管理されない山が増え、その影響は下流の人々の生活をも脅かすことになりかねません。

これらの問題をどう解決できるのか。国産材生産体制の整備、流域管理システムの推進等での行政の役割は大きいといえます。しかし、それらの問題に的確な技術で応えるのは、研究の役割です。森林環境を保全しつつ、収益力が高く、永続性のある林業を行う。そのためには地域の自然林の成立の仕組みを明らかにしたり、今までの施業法を見直す必要もあります。自然を知り、気象災害や病虫獣害に強い山をつくる技術を確立することも必要です。これまであまり利用されてこなかった価値のある林産物を発掘することも必要です。外国林業がわが国へ及ぼす長期的影響を知るのには、外国の森林資源状況を解析する必要もあります。また、山の健康的・文化的・教育的価値を科学的に測定・評価し、その結果を一般の人達に伝え、山の大切さの理解を深めてもらう必要もあります。研究成果を集約し、総合化するための各種の林業技術森林総合研究所関西支所研究情報のネットワーク作りも必要です。当支所では、研究基本計画の下、本所や他支所などとともに多くの問題、研究課題にこれまでも長期的に取り組んできていますが、本年はそれに総合化の新しい研究課題を加えるなど必要な改訂を行ったところです。この展開により、豊かな森林環境と活力ある山村の息づく地域社会づくりに一層の寄与ができたらと考えています。各般からの広い御意見・御叱正を期待します。

研究紹介

トラベルコスト法による保健休養機能評価の試み

風致林管理研究室 奥 敬一・杉村 乾

環境が持つ様々な機能を経済的に評価するのはなかなか難しいことです。森林の保健休養機能の評価もそうした算出が困難なもののひとつですが、森林計画の際にはその本当の価値をとらえておく必要があります。今回その評価に用いたのが「トラベルコスト法(以下TCM)」です。この方法はレクリエーション需要についての需要曲線を求めることによって、来訪者が調査対象地の環境財を利用して得る便益(どれだけトクをしたか; 総消費者余剰)を計量するものです。それでは、以下嵐山での調査結果をもとに算出した事例をみていきます。

嵐山での調査は1990年に行われたもので(本報19号参照)、6月429名、11月431名の観光客から有効回答を得ました。通常TCMでは、まず旅行にかかる金銭的、時間的な様々な費用(旅行費用)と、ある地域から単位人口当り調査対象地を訪れる人数(来訪比)とを回帰させます。今回の例では、全員が公共交通機関を利用して嵐山で一日観光し、宿泊費は一泊14,500円だったとの仮定の下に、全旅行日程中の一日当りの費用を算出し、これを旅行費用としました。さらに、各都道府県を出発地の単位とし、都道府県毎の来訪比の対数と一日当り旅行費用とを単回帰させました。

TCMがうまくいくかどうかはこの回帰分析の出来に左右されます。今回の分析では近郊圏(近畿及び中部地方の一部)での来訪比と旅行費用の相関(r2=0.86)が高く、また6月の調査結果でも比較的高い相関(r2=0.65)が得られました。しかし、11月の調査結果や遠方も含んだ通年の場合にはあまり高い相関が得られず、回帰直線からのばらつきが大きくなりました。この理由として近郊圏の人々が嵐山を日帰りレクリエーション地として利用している一方、嵐山の全国的な知名度や秋の京都のイメージに惹かれて、交通費に関係なく遠方からやってくる人も多いためと考えられます。また、遠方からの観光客ほど広い地域をめぐるため、見かけの旅行費用よりも割安に感じていること、なども原因として考えられます。従来からTCMは移動時間や、訪問先の多い旅行の評価が難しいことが指摘されていましたが、今回の結果からも同様のことがいえるようです。TCMは利用者が比較的狭い範囲から訪れるレクリエーション地の評価に適しているようです。

旅行費用と来訪比との回帰ができると、旅行費用の変化に応じた、ある都道府県からの来訪者数を予測することができ、これを合計すれば嵐山への予測来訪者数となります。予測来訪者数が0になるまで、現在の旅行費用から少しずつ費用を増加させ(新たに入場料をとると考えてもよい)、費用の増加額と予測来訪者数との関係を図に表せば、目的の需要曲線が得られます。この需要曲線の下側の面積が総消費者余剰、つまり調査対象地が産みだしたレクリエーションの便益の総和となります。

嵐山での初夏と秋の需要曲線は図の通りです。11月には矢印の分だけ需要曲線がシフトした格好になっていますが、これは一般には環境の質の向上と考えることができます。紅葉の時期の方がレクリエーションにとっての環境がよいというわけです。サクラやマツの植栽によって春や夏の環境質を高めるのと同時に、カエデの重要性を認識して秋の環境質を維持する必要があると考えられます。今年は美空ひばり記念館などが新たにオープンしましたが、こうしたことでまた環境質が変化しているかもしれません。

嵐山では森林が最も重要な観光資源とみなされていることが、アンケート調査などから明らかになっています。しかしこの消費者余剰は多様な観光資源を全て含んだ「嵐山」の推定評価であり、森や水などが一体となって作る景観の、個々の要素の評価値を算出することはTCMだけでは困難です。今後、狭義の「嵐山」国有林が果たしている割合を表す手法を検討していくことが必要です。さて総消費者余剰の計算結果ですが、6月65億円/月、11月87億円/月という結果になりました。皆さんはこの数字を多いとみるでしょうか、それとも少ないとみるでしょうか。

photo
図. 需要曲線

林床面蒸発量の季節変化
―落葉広葉樹林の場合―

防災研究室 玉井幸治

太陽から森林に降り注ぐエネルギー(純放射)は、大まかにいえば水を蒸発させること(潜熱)と気温を上げること(顕熱)に消費されます。一般に森林では、都市に比べ潜熱に消費されるエネルギーの割合が高くなっています。森林の気温が都市の気温よりも低い一因として、このことがあげられます。森林における「水の蒸発現象」は、その発生場所の違いなどにより3つに分類されます。雨に濡れた葉の表面から蒸発する「遮断蒸発」、葉の中から気孔を通じて蒸発する「蒸散」、そして林床から蒸発する「林床面蒸発」です。

ところで、林床面蒸発に関する研究はあまり行われていません。とくに林床面蒸発の季節変化についてはほとんどわかっていません。そこで、筆者の開発した林床面蒸発量計算モデル(EFFモデル)を使って落葉広葉樹二次林における林床面蒸発量の季節変化をシミュレートしてみました。EFFモデルは、日射量、気温、湿度、降水量といった気象データから林床面蒸発量を推定するモデルです。森林・土壌タイプの違いによる影響は、それぞれ相対日射率、土壌水分特性曲線によって評価されています。また林床面蒸発は落葉層による影響が大きいと考えられますが、これは「被覆効果率」と「落葉層蒸発量一日射量・含水準関数」によって評価されています。

京都府南部の風化カコウ岩地域に位置する北谷国有林(京都営林署管内)内の一流域を対象に、1990年6月~1991年5月の一年間についてシミュレーションを行いました。流域面積は1.6ha、コナラ、ネジキ、コバノミツバツツジが主林木ですが、ソヨゴ、ヒサカキといった常緑樹も点在しています。林床面蒸発量、蒸散量、遮断蒸発量の月別平均量を図-1に示します。遮断蒸発量の季節変化には、冬期に少ない傾向がみられました。遮断蒸発量の多寡は、主に降水量の多寡に依存しています。今回対象とした森林は京都府南部に位置し、降水量は冬期の方が少ないため、遮断蒸発量は冬期に少ない季節変化となったようです。蒸散量は夏期に多くなる季節変化を示しました。冬期には葉量が少なくなったり、樹木の生理活動が不活発になることによって減少するものと思われます。それに対して林床面蒸発量は、若葉期に0.3mm/day、落葉期には0.4~0.5mm/dayと落葉期に大きくなる季節変化となりました。落葉期には林床まで到達する日射エネルギーが増加するためと考えられます。全蒸発散量のうち、林床面蒸発量が占める割合は落葉期で36%、若葉期で10%、通年で18%でした。すなわち、年蒸発散量の5分の1弱を、落葉期は特に3分の1強を林床面蒸発量が占めていることがわかりました。

(注)EFFモデルについて、詳しくは拙稿「落葉広葉樹林における林床面蒸発のモデル化と流域への適用」、日本林学会誌76巻233-241ぺ一ジをご覧ください。

photo
図-1. 遮断蒸発量、蒸散量、林床面蒸発量の季節変化

連載

ドングリを食べる虫達(1)
ハイイロチョッキリ

昆虫研究室 上田明良

みなさんの中には買ってきたクリや子供が拾ってきたドングリを放っておき、そこから大きな穴を開けて芋虫が出てきて驚かれた方がおられるでしょう。クリやドングリはご存知のとおり、わが国の広い地域で広葉樹林の優占樹種となっているブナ科、すなわちブナ、ナラ、カシ類の種子です。そして、その種子を加害する昆虫は樹木の天然更新に大きく関わるものと考えられます。そこで、私は以前関西支所のアラカシ、シラカシとマテバシイのドングリを加害する昆虫について調べました。ドングリは別名“堅果”と言われるくらい堅い果皮を持っていますが、その中に詰まっている栄養満点の子葉をめがけて様々な昆虫が、手を変え品を変えこの堅い果皮を破ってドングリを加害していました。その虫達を4回に分けて紹介したいと思います。

1回目から3回目まではドングリが枝から落下する以前に産卵・侵入する昆虫について紹介します。これらはいずれもドングリが殻斗(いわゆるドングリの帽子)に隠れた部分(そこはドングリの果皮がやわらかい)を噛み破って産卵、侵入します。マテバシイのドングリは殻斗に隠れた部分の果皮も堅いためか落下前にはほとんど被害を受けませんでしたが、アラカシとシラカシはかなりの被害を受けました。今回紹介するハイイロチョッキリはオトシブミ科に属する甲虫です。オトシブミ科の多くは葉に産卵しますが、本種はドングリのみに産卵する変わり者です。アラカシとシラカシ以外にコナラに加害することが知られています。本種はドングリが急速に大きくなる9月に、めぼしいドングリがついている枝を少し切り、その後殻斗上より長い口吻でドングリの子葉に達する穴を穿ち、子葉に作ったくぼみに1卵産下します(写真2)。次にその時に出た屑で穴に栓をし、最後に枝を切り落とします。幼虫は頭部が白色で、子葉を食べ尽くし、秋または翌春に大きな穴を開けてドングリから脱出して土中で蛹になります。7月に羽化した成虫は、まだ小さくて未熟なドングリを食べて成熟し(写真1)、交尾・産卵します。

photo
写真-1 小さなドングリを摂食中の成虫
photo
写真-2 産下された卵 (ドングリの右下部)

おしらせ

施設紹介 森林微生物生理実験棟

平成5年12月、樹病研究室が要求していた森林微生物生理実験棟(118m2)が本館と育林棟の間の中庭に完成しました。新しく建てられた別棟は、病害試料調整室(病害試料保管庫を含む)、殺菌室、無菌操作室、生理実験室の4つの部屋に区切られ、野外で採集した病害試料の調整、ガラス器具の殺菌や培地の作成、無菌的な操作、病原微生物の培養や観察などが行えるようになっています。

(伊藤進一郎)

photo