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研究情報 No.48 (May 1998)

巻頭言

地域森林におけるDNA情報収集の必要性

育林部長 小谷圭司

1995年、国際的な科学誌Nature誌上に、花芽形成を調節する遺伝子をポブラに導入することにより、7カ月で着花させたとする論文が掲載されました。ことが樹木であり、しかも樹木では一般に着花に長期を要するので、林学関係者は強い衝撃をうけました。

このような分子生物学の進歩は、生態学の分野にも強い影響を与えています。DNA情報を生態研究に活かす試みは、森林生態学の分野においても、この5年の間に飛躍的な進歩をもたらしてきました。その背景のひとつには、生物の多様性保全という生態学に寄せられる期待の高まりが、保全生態学という新たな生態学分野の研究の進歩を促していることにあるでしょう。特定生物種の個体数滅少の主要因は、開発行為と採集(商業目的)といわれます。経済成長への要請と、保全への要請は、あらゆる分野においてせめぎ合ってきた訳であり、どこに調和点を求めるのかを明らかにすべきという、経済成長と保全のそれぞれ両面からの学問的要請が生態学に対する期待となって現れてくるのは当然です。

保全すべき生物の個体数、およぴそれを維持できるだけの保護区の面積、数、距離等などに関する科学的な回答が常に求められています。この回答のためにはその生態学的特性とともに、その集団の遺伝的特性を知ることが大変重要です。

例えば、東京大学千葉演習林のゴョウマツは島状孤立集団ですが、今や種子の稔性を失い子孫の存続は絶たれています。しかし、外部の花粉で人工受粉をさせると稔性のある種子ができます。これはこの集団が過去に何代も近親交配を重ねてきたことを示唆します。またスギの大面積クローン造林地は、いかに大量の本数があろうとも遺伝的な価値は一本分しかなく、子孫も残せず、むしろ未経験の病虫獣害の来襲でこの集団は完全に失われる可能性が高いわけです。このことは、遺伝的多様性をある程度持つと思われるマツ類がマツノザイセンチュウによって極端に小集団化したことをみても明らかです。それでもわずかな数の抵抗性個体が各地に残され育種母材として利用されています。

このような集団の遣伝的特性の把握は、従来酵素多型を指標として利用するのが主体でしたが、今日DNA情報を直接扱うことで飛躍的に多くの明確な情報を得ることが出来るようになりました。上述のゴョウマツの例のような遺伝的な似かより程度の把握(近交度合い)、親子の判定、異なる集団間での花粉の交換や種子の移動などその集団を保全するための基準を決めるために必要な情報をDNA情報から得ることができます。

関西支所では、すでにシラカシ、ホオノキ、トチノキなどの樹木やツキノワグマやニホンジカなどのほ乳類について個々の生物集団のもつ遺伝的特性を解明しつつあり、その成果は国際的レベルにおいて最先端をいくものです。いにしえからの先進開発地域である関西地域では、多くの生物集団が開発行為等により分断化され、小集団化しています。一方、経済発展に対する要請も大きいこの関西地域を特徴づけるものとして、森林の生物集団に関するDNA情報の研究と収集を一層進める必要があるといえます。

研究紹介

光環境による林床可燃物乾燥度のちがい
― シミュレーション結果に基づいて ―

防災研究室 玉井幸治

瀬戸内、京奈地方では例年、春先に林野火災が発生しています。これら森林火災は環境を破壊するばかりでなく、その周囲における市民生活にも危険を及ぼしています。林野火災は一般に、林床可燃物(林床に堆積した落ち葉など)が最初に燃え始めます。したがって林床可燃物の燃焼性を予測することが、林野火災の発生危険度を判断するためには重要です。林床可燃物の含水率が高くなると燃焼しなくなり、林野火災の発生危険度は極めて低くなるといえます。林床可燃物が燃焼しなくなる含水率の値は、たとえば瀬戸内、京奈地方における二次林の代表的な樹種であるコナラの落ち葉が堆積した場合には、含水率が20%以上になると燃焼しなくなるといわれています。

そこで樹木の密度が異なる2つの森林を対象に林床可燃物の含水率変化をシミュレーションモデルによって1年間にわたって予測し、含水率が20%以下となる日数の比較結呆を紹介します。対象とした森林は、京都市左京区銀閣寺国有林内にある常緑樹と落葉樹の混交林と京都府相楽郡山城町北谷国有林内にある落葉広葉樹二次林です。林床に到達する光の量を大まかに示す開空度を2つの森林で測定したところ、混交林では夏の着葉期で13.3%、冬の落葉期で23.0%、落葉広葉樹二次林では着葉期で17.1%、落葉期で45.6%でした。このように林床に到達する光の量は、落葉広葉樹二次林のほうが大きいと思われます。林床可燃物の堆積深度は、ともに3cm以下でした。

林床可燃物の含水率変化をシミュレートするのに、林床面蒸発量計算モデルを用いました。このモデルは、森林土壌や林床可燃物からの蒸発量を日射量、降水量、林内湿度等から推定するモデルであり、林床可燃物の含水率も同時に推定することができます。シミュレートの対象とした期間と期間中の降水量は、混交林で1994年9月~1995年8月、1,680mm、落葉広葉樹二次林は1990年6月~1991年5月、1,760mmでした。図-1は、含水率が20%以下となる日数の割合を月ごとに示したものです。たとえば点線で示されている落葉広葉樹二次林の4月を例に説明しますと、約32%という値になっています。これは、林床可燃物の含水率が20%以下と乾燥している日数が、10日間のうち約3.2日の割合であることを意味しています。

この図をさらに検討してみますと、2つの森林とも2~4月の期間が、1年の中でも特に乾燥している日数が多いことがわかりました。これは瀬戸内、京奈地方において林野火災が多発する時期と一致しています。この時期は一般に湿度が若千低いものの、降水量が特に少なかったり風速が大きい訳ではありません。それにもかかわらず2~4月に特に、なぜ林床可燃物が乾燥するかといいますと、この時期は比較的太陽高度が高い季節に属し、かつ落葉期であるために林床まで到達する光エネルギー量が多いためでしょう。落葉広葉樹二次林は、混交林よりも乾燥している日数が多いという結果となりました。落葉広葉樹二次林の開空度は混交林よりも大きいことから、林床まで到達する光エネルギー量も落葉広葉樹二次林のほうが多いと考えられます。そのために落葉広葉樹二次林における林床可燃物のほうが、乾燥が促進されるのでしょう。

レーザー距離計を内蔵した測高器の試用

経営研究室 細田和男

 

経営研究室は、スギ・ヒノキを中心とする人工林の長期的な成長経過や林分構造の変化、生産力の地域性などを調べるため、大阪営林局管内の国有林に「収穫試験地」と呼ばれる14個所の長期固定試験地を設定しています。5~10年ごとに行う定期調査の内容は、個体識別をしたすべての生立木の胸高直径・樹高・枝下高・樹幹級区分で、直径は1mm括約、樹高は0.1m括約で記録しています。

一般に直径の測定に比べて樹高の測定、特に10m以上の樹高の測定はより多くの労力と時間を要します。このため実務の現場では、樹高については標本調査にとどめたり、目測を併用するなどの方法が用いられます。しかしながら、こと試験研究用の時系列データとなると、過去の測定値との整合性を確保する必要があるうえ、時には単木レベルでの成長解析を行うこともあります。したがってより高い正確度・精度が求められます。

筆者らの研究室では、樹高10mぐらいまでは検測竿を用いて実測しますが、それ以上の場合は三角法による間接測定によっています。具体的には、視準点から対象木の胸高位置までの斜距離を巻尺で測ったあと、ブルーメライスやハンドレベルで樹頂・胸高位置の見通し角度を測り、樹高に換算します。ブルーメライスに内蔵されている光学式の距離計を使わないのは、距離測定誤差を最小限にするためと、任意の位置からの視準を可能にするためです。

近年、超音波やレーザーを用いた携帯用の距離計が安価になり、巻尺の代わりに使用できるようになってきました。さらに欧米では、こうした距離計に鉛直角・方位角センサーを組み合わせた新しいタイプの測樹器が市販されています。

筆者も3年前からは、収穫試験地での樹高測定の際、巻尺の代わりに携帯用の超音波距離計やレーザ一距離計を用いるようになり、だいぶん能率をよくすることができました。それでも、過去の測定値との突合・再測を逐次行い、枝下高も同時に測定した場合、3人1組で1時間あたり40本程度が作業能率の限界です。正確度・精度を下げずに、より能率よく測定する方法がないものかと考えていたところ、昨年国内でも販売されるようになった新型の測高器を使用する機会を得ました。その使用結呆を以下に紹介しましょう。

使用した測高器は米国Laser Technology社製Impulse(製造番号i00956)で、大きさは家庭用8ミリビデオカメラ程度、重さ1kgで鉛直角センサーとレーザー距離計が内蔵されています(写真-1)。高さの測定原理は三角法で、1つの高さを測るのに、距離・根元の見通し角・樹頂の見通し角の3点の測定操作を要します。測定値は内部で高さに換算・液晶表示されます。距離測定の際、反射器を用いなくても測定可能ですが、林内で使用する場合低木などの障害物で思わぬ誤測を招きかねないので、反射器を用いたほうが安全だと考えられます。

表-1は、関西支所構内の平地に15mの検測竿をなるべく垂直に立て、測竿と視準点の距離を変えて高さを測定した結果です。距離測定には直径70mmの反射器を使用し、三脚は使わずに手持ちで測定しました。平均誤差率はすべての水平距離において1%を下回り、森林調査用としては十分な正確度を持つと認められました。またいずれの水平距離でも、10回の試行中8回以上は平均値から±10cm以内の測定値で、精度上の問題はありませんでした。

表-1 測高器の試用結果
水平距離(m) 約10 約15 約20 約30
試行回数 10 10 10 10
誤差平均(cm) -6.8 -6.1 -6.2 1.2
標準偏差 7.7 7.8 5.0 7.8
最大 3 5 2 14
最小 -21 -16 -12 -12
平均誤差率(%) -0.45 -0.41 -0.41 0.08
注)真値を15mと仮定した場合

作業能率については今回のテストでは算出できませんが、距離・根元の見通し角・樹頂の見通し角の3点の測定操作に要する時間はあわせて15秒程度でした。ただし測定距離を大きくした場合、距離測定用の反射器を正確に視準するのに手間取るようになりました。このことは、より大きな反射器を用いることでカバー可能でしょう。

今回用いた測高器は定価約80万円と高価であり、操作性・携帯性にも改良の余地があるように感じられるものの、試験研究目的等で「正確度・精度を落とさずに能率をあげたい」という場合の選択肢の一つになると思われました。

連載

大文字山の植物(3)
コバノミツバツツジ

造林研究室 伊東宏樹

関西の低山で新緑の時期をいろどる花といえば、まずツツジの仲間があげられるでしょう。コバノミツバツツジ (Rhododendron reticulatum D. Don) は、その中でも代表的なもののひとつです。

ツツジ科ツツジ属に属し、本州(滋賀県、岐阜県、長野県、静岡県西部以西)・四国・九州に分布していますが、中国地方西部から四国・九州のものは別変種 (アラゲミツバツツジ var. ciliatum) としてわけられることもあります。ミツバツツジのなかまは、その名のとおり枝先に3枚の葉が輪生するのが特徴で、日本には十数種類以上が自生していますが、関西の低山で見かけるミツバツツジは本種と思ってまず間違いはないでしょう。

大文字山では、モチツツジ(Rhododendron macrosepalum Maxim. )とならんで最も普通に見られるツツジで、4月上句から終わりにかけて、紅紫色の花をつけます。

材は、たきつけの柴(しば)として以前はよく利用されていましたが、最近では便われることはごく少なくなりました。

おしらせ

平成9年度研究検討会・椎進会議開催される

さる2月4・5日に研究検討会が、2月21日に研究推進会議が関西支所会議室で開かれ、関西支所の研究課題について成果の発表と内容の検討が行われました。平成9年度は総計で41課題が実行され、そのうち5課題が完了しました。平成10年度からは2課題が新規に開始されます。また、特別検討事項として、支所が重点化課題として取り組んでいる「里山およぴ都市近郊林の保健文化機能の評価手法及ぴ整備指針策定手法の開発」が取り上げられました。各研究室から課題に対する取り組みの現状と推進上の問題点が報告され、活発な討議が行われました。

「湖沼有機物」推進会議開催される

2月13日に環境庁国立機関公害防止等試験研究「湖沼での有機物の動態解析手法の開発に間する研究」推進会議が関西支所会議室で開催されました。本会議には、滋賀県立大学環境化学部國松孝男教授、農林水産技術会議立野政信地域環境研究係長、同井上知郁地域環境研究係員、同千葉幸弘研究調査官が出席されました。土壊研究室、防災研究室、造林研究室が参画して、平成7年度から3年間にわたって実施された本会議も本年が最終年にあたり、渓流水中の有機物濃度の季節変化や渓流水中の有機物の立地条件との関係についての報告がなされるとともに、熱心な討議が行われました。本ブロジェクトの成果は平成10年度中にとりまとめられる予定になっています。