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保護部長 松浦邦昭
かつて、地球は人の営みなど小さなことのすべてを飲み込んでしまう無限の大きさを持つ存在と思われてきました。しかし、最近ではその地球が小さな有限なものと認識させられることが多くなっています。環境ホルモン (内分泌かく乱物質) の記事が昨今の新聞をにぎわしているのもその一つでしょう。自分の周辺の環境を悪化させようと自ら考えている人はどこにもいないと思います。しかし、熱帯木材を利用し、伐採を積み重ねたことが熱帯林を破壌し、化石燃料の使用が地球の温暖化をもたらし、ブラスチック等経済的で、便利なものの使用がいつしか地球環境を悪化させているのです。
1996年シーア・コルボーンらは「奪われし未来」で環境ホルモンを問題にとりあげ、自然界に拡散し危害を及ぼす合成化学物質が広くあることを明らかにしました。これが世界的な関心を呼ぶことになったその理由には、まず、レーチェル・カーソンが1962年に「生と死の妙薬」で述べたDDTのように、地球規模での大気や水の循環あるいは食物連鎖を通じた影響が懸念されることがあります。次に、内分泌という生物の根幹に関わる作用のため、DDTの急性毒性等 (ppm、100万分の1オーダーの作用) に比べはるかに微量 (ppt、1兆分の1オーダー) で起こる現象といえます。そして、野生生物種の個体群維持を困難にさせたり、人の精子数を減少させたりしている可能性があり、さらに、そのような作用を検討すべき工業物質が広い範囲にわたり存在しているとの警告が各国で受け入れられたのです。
人をはじめ、動物の体は一個の受精卵から始まり器官分化しながら巧妙に形作られていきます。ホルモン等内分泌物質は、個体発生や器官発生の段階において、あるいは成長段階において、絶妙なタイミングで、極微量で遺伝子に作用し、性ホルモンであれば、性分化を制御しています。環境ホルモンは内分泌ホルモン類似の作用をする難分解性合成化合物であり、親個体よりも、次世代の将来に様々な障害を生じさせる恐れがあるというのです。PCBはかつて、世界のあちこちでいろいろな場面で便われた物質ですが、環境ホルモン作用が明らかになった今では、すでにこの物質は極地を含め、世界中に拡散してしまっていると報告されています。コルボーン以後、環境ホルモンの疑いのある物質が次々と指摘されています。環境ホルモンによるこれ以上の汚染が起こってはなりませんので、環境庁はこのような作用を持つ疑いのある物質300種を調査対象に指定して規制を検討しています。
ところで、猛禽類や渡り鳥については近年急激な個体数の滅少が起こっているといわれています。その原因は一つとは考えられません。その中には地球規模の大気や水の循環で林地に運ばれた環境ホルモンやその疑いのある物質を高濃度で含む産業廃棄物で林地が汚染されたことが原因になっているものがあるかもしれません。鳥類に限らず、地域の森林に生息する各種野生生物の生息状況に日常的に注意を向け、その中で彼ら野生生物の繁殖力の低下、個体群の滅少などの異変をみつけ、その異変への環境ホルモンの影響の有無を科学的に解明していくことが我々に求められているところであり、地道なモニタリングが重要なことと考えているところです。
昆虫研究室 藤田和幸
マツ材線虫病について、教科書にはよく、材線虫病によって枯れたマツから羽化、脱出したマツノマダラカミキリ (以下、マダラカミキリという) が後食によって健全なマツに病原のマツノザイセンチュウ (以下、ザイセンチュウという) を媒介し、それが原因でマツが衰弱し、そのマツに、マダラカミキリが産卵して、翌年次世代虫が羽化、脱出する、…という、マツ、ザイセンチュウ、マダラカミキリ、3者が演ずるサイクル (以下、サイクルという) が1年周期で完結する図が描かれています。しかし、マツ材線虫病は国内では北海道と東北北部を除く全国から被害の報告がされており、各地での研究の結果、わが国の多様な気候にあわせるように、「われらが材線虫病」は必ずしも教科書通りではなく、地域地域で、また標高によって、被害実態が異なっていることが明らかにされています。
マツ材線虫病の被害の分布と動態の研究は被害対策を考える上で重要ですが、被害対策から少し離れて、「マツノザイセンチュウの個体群動態」という考え方で、ザイセンチュウが存在しているすべての地域を、ザイセンチュウの密度レベルによるスペクトルの上のどこかにおさめてしまいましょう。図でいえばザイセンチュウ密度が高い地域を左端にして、右にいくにしたがって密度が低い地域が入ります。
それでは、地域によるザイセンチュウの密度の違いは何によってもたらされるのでしょうか。これまで様々な地域で行われた研究結果を、通してながめてみますと、サイクルが1年周期で比較的円滑にまわっている地域ではザイセンチュウ密度が高く、温暖な気候が円滑なサイクルを保証していること、そこから寒冷になるにしたがって、マツ、線虫、媒介者、それぞれが、気象条件の変化に対して反応し、結果的に相互関係が変化して、サイクルが崩れ、ザイセンチュウ密度が低くなっていくことがわかります。
たとえば、低温状態で、ザイセンチュウを媒介した年のマツの発病が遅れれば、マダラカミキリ個体は衰弱させた木への産卵のチャンスを失う、マダラカミキリ自身も発育が遅れれば、産卵した翌年には羽化できない、とかで、サイクルがどんどん崩れていきます。そうなると、このサイクルにょってザイセンチュウ個体群を維持することが困難になります。サイクル以外、たとえば被圧、気象害等で衰弱したマツに産卵するカミキリに運んでもらって、個体群をつなぐといった経路がどこでも成立しているとすれば、サイクルが成立しない地域ではこうした経路に頼らざるをえません。そうしてスペクトルの右端では、材線虫病による枯れの被害はなく、それゆえサイクルも描けません。ザイセンチュウは衰弱木間を運んでもらっているに過ぎない状況が考えられます。ザイセンチュウ密度は低いため、ザイセンチュウの局所的な絶滅も頻繁に起こっていることが予想されます。サイクルが1年では完結しにくくなり、さらにサイクルそのものが崩れていくにしたがって、ザイセンチュウは生きたマツの中で、スムーズな繁殖ができる日を待ちながら、どんな生活をしているのだろうか?枯死したマツのなかで、媒介者が成虫になる日を待ちながら、どんな生活をしているのだろうか?近縁のニセマツノザイセンチュウが同居していたらどのような関係を持つのだろうか?マダラカミキリの密度が低く、カラフトヒゲナガカミキリという別の媒介者がいたとき、うまく取り込まれるのだろうか?とか、スペクトル左端の状況では無視してかまわなかった種々のことを考える必要が生じます。
これらの考察が、微害地域でのマツ材線虫病に関する研究の重要な項目に浮上するのです。これまで見過ごされてきたことに光をあてることは、長い目でみて研究シーズの発掘に意義があります。また、このような研究の成果は寒冷地における対策や激しい被害がおさまった地域での対策に資することになりますが、一方、激害の沈静化こそ第一という地域においては、マツがザイセンチュウに対する今の弱い立場から脱却してはじめて、こうした成果の出番になるので、将来に向けて並行的に取り組むという位置づけになろうかと思っています。
土壊研究室 鳥居厚志
花粉症患者の増加に伴って、医学分野以外でも様々な調査・研究がなされるようになってきました。林学研究者の間でも、花粉の飛散の実態調査やシーズン前からの飛散予測などが盛んに行われています。しかし屋外の飛散がなくなったからといって安心できるのでしょうか?通常の家庭では、窓や扉の開閉によほど深く気を配っていない限り屋内に花粉が入ってしまいます。またベランダに干した布団や洗濯物にも花粉は付着して屋内に侵入します。これらの花粉はその後どうなるのでしょうか?一般のモニター家庭に協カしてもらい、掃除機で吸い取ったゴミからどの程度の花粉が検出されるものか調べてみました。掃除機内のゴミは、紙屑や布・糸屑、食べ物かす、毛髪など様々ですが、まず1mmの“ふるい”を通して粗い部分を取り除くとおもに綿埃と細かい砂埃が残ります。これを酸・アルカリなどの薬品で化学的・物理的に処理すると、次第に花粉は濃縮されます。濃縮された花粉を顕微鏡で観察し、ゴミの中の花粉の粒数を数え、種属を判別しました。
図-1は結果の一例で、横浜市内の2軒の家(A家とB家)での花粉の量の季節変化を示しています (1mmの“ふるい”を通した試料1gに含まれる総花粉粒数)。季節によって花粉の数には随分違いがありますが、試料1gあたり、おおむね105~106個のオーダーの花粉が含まれていることがわかります。またA家でもB家も5月に多いという傾向は一致していますが、B家では2月にも多いようです。
図-2は、含まれていた花粉のうち、主な種属の変動を図-1と同様に示したものです (スケールは異なります)。図からわかるように、マツ、スギ、コナラの各属の花粉が多く、イネ科などがこれに続いています。これらの種属は、おおむね「風媒花」 (風によって花粉が運ばれる仲間) といわれる種類の植物群で、非常に多くの花粉を生産することが知られています。またこれらの種属の花粉の飛散時期は、おおむね春先であることが従来の研究でわかっていますが、その中でもスギの花粉の飛散は最も時期が早いので、2月の試料から多く検出されたのでしょう。またA家に比べて、B家はスギ花粉の飛散量が多い地域らしく、その差が、両家の2月の総花粉粒数に反映されたようです。5月に比べると8月や11月の花粉の量は少ないですが、マツやスギなど主な種属の花粉はゼロではありません。これらの種属の飛散は春先に終わっていますから、屋内に侵入した花粉の一部が、長期間家の中に留まっていることになります。調査の点数を増やし、試料採取の間隔を短くしないと詳細は判断できませんが、ある程度の量の花粉は通年的に屋内に存在すると推定できます。
今回の調査結果から、屋外でほとんど花粉の飛散がなくても、屋内にはある程度の量の花粉が存在することが推定されましたが、それが個々の花粉症患者にとって重大な影響があるのか無視できる量なのか、医学分野からの探求が望まれます。また、ドアや窓の開閉、掃除の仕方でどのように屋内の花粉を減らせるか住居学分野からのアプローチも興味が持たれます。このように花粉症に対する取り組みは、いろんな分野の研究者の連携が必要と言えるでしょう。
造林研究室 伊東宏樹
植物といえば、葉緑素をもち光合成をするというのが普通です。しかし、例外のない法則はないというとおり、葉緑素をまったくもたず、他の生物や生物の遺体から養分を吸収して生活するという植物もないわけではありません。
ギンリョウソウモドキ (Monotropa uniflora L.) もそうした植物で、菌根を有し土壌腐植から養分を得る腐生植物といわれるもののひとつです。高さは10~20cmで、葉緑素をもたず白い色をしています。日本では北海道から九州まで分布し、世界的には、朝鮮・中国・ヒマラヤと北米にまで分布します。
名前は、同じ科 (イチヤクソウ科またはシャクジョウソウ科) のギンリョウソウ (Monotropastrum humile (D. Don) Hara) に似ることに由来しています。こちらも、ギンリョウソウモドキと同様の腐生植物です。この両者は姿も大変よく似ており、見た目ではほとんど区別できません。
違っているところとしては、胎座 (胚珠が心皮に着生する部位) や果実の型 (ギンリョウソウモドキはさく果で、ギンリョウソウは漿果) があります。また、花期もずれており、ギンリョウソウが初夏から夏にかけて花を咲かせるのに対し、ギンリョウソウモドキは、アキノギンリョウソウという別名のとおり、夏の終わりから秋にかけて花を咲かせます。
大文宇山では、銀閣寺の裏手の斜面で9月ごろよく見られます。薄暗い林床で咲いている姿には、どこか幽霊を思わせるようなそんな雰囲気があります。
さる5月26・27日に関西地区林業試験研究機関連絡協議会の総会が岡山県のお世話により岡山市にて開かれました。北陸の一部と近畿、中国、四国の各機関から場所長および関係者が出席し、関西支所からは支所長と連絡調整室長が出席しました。
会議では、最近の研究情勢や全国林試協の活動状況などが報告された後、協議に移り、各専門部会の活動経過と今後の計画についての報告などが行われ、いずれも承認されました。
昨年、山口県下でスギザイノタマバエの発生が本州で初めて報告された。緊急の防除対策を講ずる必要があることから中国地方の保護研究・行政担当者に向けての上記研修会を当支所主催で、さる5月7・8日の2日間、山口県で開催しました。
講師として、大長光福岡県森林技セ専門研究員、讃井宮崎県林総セ育林保全科長、吉田森林総研九州支所保護部長及び田戸山口県林指セ研究員を迎え、現地調査に向けた実践的な情報を得ました。
ご多忙中講師を務めた皆さん、会場準備等のお世話をいただいた山口県の皆さんに感謝致します。
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