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研究情報 No.65 (Aug. 2002)

巻頭言

独法化後1年がたちました
―ある林業改良普及員の先輩への手紙―

関西支所長 金子 繁

お元気にご活躍中のことと思います。久しぶりに関西住まいとなったのでお便り差し上げます。今回は勤務地の関係でかなりにぎやかな町中です。私の勤める森林総研関西支所も独立行政法人に変わって、何かと落ち着かない1年が過ぎました。智頭のあの300年を過ぎたスギの造林地、ふてぶてしく生きている沖の山の天然スギ、氷ノ山や扇ノ山のまわりの広大な広葉樹林、そしてきのこ採りを楽しんだ大山のブナ二次林を再び見られるのも遠くないと思っています。

新しい森林・林業基本法ができ、山村の活性化へのいろいろな方策が論じられ、いくつかは実行されていますが、林業を巡る状況はますます厳しいものがあるのは、現場の方々と常に接しているあなたはより強く感じているものと思います。そして、普及という仕事の最前線にいながら、あなたは国や県の試験研究機関のあり方についていろいろな鋭い意見をくれました。それはあなたが卒業論文とは思えないような立派な研究成果を残し、就職後も林業のことをほんとうに真剣に考えてくれていたからだと思います。あなたはよく、“国の研究者も常に林業をやる人のことを考えろ、今おまえ達がやっている生物多様性の研究や樹木の生態などの研究より、林業の研究が必要だ”とおっしゃいました。それに対して、私は、徹底した基礎研究がなければ、現場への応用もあやうい面があると答えました。独法化した今でもその考えに変わりはありません。しかし、もう少し総合的な研究を行う体制が必要なのは感じております。

また、独法化することで大きく変わる点のひとつは、研究者や組織の評価体制ができることですと言った私に、一度民間会社に勤めたことがあるあなたが、“シンプルでない評価なんてやらない方がいい。評価に時間をくって、それを理由におまえ達はほんとの仕事の時間を減らすことになる”とおっしゃったのを覚えているでしょうか?私は、まだそのお言葉を覚えておりますが、そのご意見への返事はもう少し待たせていただきたく思います。

さて、そろそろ老いかけた頭が眠くなってきたので、筆を置くことにします。どうか、私選がこれからの林業を真剣に考えていることは忘れないで下さい。いつか、あなた方林業の現場に近いところにいらっしゃる方々と一緒になる場も作れたらと願っています。また今までのように、お元気な御批判を時々お聞きかせいただければと思います。一区切りがつく、4年後の私選の成果を待っていて下さい。もし結果が悪ければ、反省点に基づいて柔軟に対応できるのが独法なのですから。4年後では遅すぎるなどと言わないで下さい。またお会いできるのを楽しみにしています。

研究紹介

貧栄養環境に成立する熱帯林

宮本和樹 (森林生態研究グループ)

熱帯林と聞いて想像するのは、樹高50m以上で幹の直径も1m以上はあるような巨大な樹木が生育する熱帯低地多雨林でしょう。ところが、熱帯地域で成立する森林のなかには特殊な環境に成立するものもあり、それぞれの環境に適応した樹木によって構成されています。熱帯ヒース林は貧栄養な土壌に成立する森林で、インドネシアではスマトラ島とカリマンタン(ボルネオ島のインドネシア領)に広く分布しています。

熱帯ヒース林が発達するのは純白に近い色をした珪砂の堆積層上です(写真-1)。この土壌には樹木の生育には欠かせない栄養塩類を保持する力に乏しく、熱帯低地多雨林や温帯林など他の森林とくらべて特に窒素が不足しがちであるといわれています。またpHが4以下という強い酸性であることも特徴で、付近を流れる川は樹木から溶け出した有機物の成分のために紅茶色をしています。熱帯ヒース林の林内では、この珪砂の層の上にさらに数10cm~lm程度の泥炭層が堆積しています。

森林自体も一目でそれとわかる外観的特徴をもっています。森林の林冠部は30m程度で通常の熱帯低地多雨林のように突出木層(エマージエント層)とよばれるデコボコした林冠部は発達せず、比較的平滑な林冠になっています。森林内に出現する樹木の本数密度は1ヘクタールあたり2,000本以上(胸高直径5cm以上の個体、熱帯低地多雨林の約2倍に相当)で林内ではひょろ長い樹木が密生しています。また多くの樹種で厚い葉をもち、乾燥に対する耐性を高めているといわれています。

貧栄養な土壌に成立するこの森林がどれほどの生産力をもっているのか、また森林を構成するさまざまな樹種がどのようにこの特殊な環境に適応し、共存しているかについてはこれまで充分な研究がなされていませんでした。私は大学院の博士課程に在籍中、インドネシアの中央カリマンタン州の熱帯ヒース林に設置された1ヘクタールのプロットを2カ所用いて、構成種の空間分布パターンや一次生産力などを調査し、この森林で生育する樹木の共存がどのような要因によって維持されているのかを研究してきました。

樹木の空間分布については、2つの1ヘクタールプロット内に高い頻度でみられる55種について生育場所の泥炭層の深さと相対標高(プロット内の最も低い地点をゼロとしたときの標高)という2つの環境要因と種の空間分布パターンとの関係を調べました。その結果、8割以上の種でその種の出現頻度が2つの環境要因のうちのいずれかに沿って偏った分布をしていることが示されました。このことから、ある種は泥炭の深いところによく出現するが別の種は浅いところによく出現するというように、種ごとに泥炭の深さや相対標高に対して選好性があることがうかがえます。また、どちらかというと泥炭の深さに対して強い選好性を示す種が多くみられました。樹木の広範囲な分布を考えると1ヘクタールというスケールはわずかな広さに過ぎませんが、そのような場合でも地形や泥炭の厚さの局所的な違いが樹木の空間分布や種組成を決定づける要因として関与していることが示されました。

一方、熱帯ヒース林の地上部の一次生産力を推定するため、一部の樹木をサンプリングして、幹・枝・葉の重量を測定しました。熱帯ヒース林における1ヘクタールあたりの地上部の現存量(バイオマス)と年間の純生産量(純生産速度)はそれぞれ、熱帯低地多雨林の約3分の1と約2分の1に相当することがわかりました。このことから、熱帯ヒース林の一次生産力の特徴として、低い現存量のわりには相対的に高い純生産速度であることがうかがえます。熱帯ヒース林は地上部の蓄積自体は少ないものの、毎年冬くの有機物を生産しており、活発な一次生産が行われていることが示されました。

熱帯ヒース林とその構成樹種の生態については依然として不明な点が多く、さらに研究を行っていく必要があります。特に地下部における水分・養分吸収の特性や他個体との間での資源をめぐる競争関係の解明などが期待されるところです。

photo
写真-1:カリマンタンの熱帯ヒース林
手前にみえる白い部分が珪砂の層の表面。水は透明であるが紅茶色をしている。

システム収穫表って何?

田中邦宏 (森林資源管理研究グループ)

ある地域に地位2等で15年生のスギ林があったとします。伐期100年で胸高直径55cmの林に仕立てるには、今後どのように間伐すればよいでしょうか?

従来、施業の指針としては収穫表が用いられてきました。収穫表とは、ある地域・樹種・地位ごとに標準的な施業を行ったときの成長経過を示したものです。しかし、冒頭の問いに答えるにはちょっと不十分です。実際の施業はもっと多様であることが予想されます。例えば、立地条件のよい林分では高頻度で間伐を実施できる一方、立地条件の悪い林分では一度に間伐する量を多くして、間伐回数を減らすことが考えられます。また、ある林分ではなるべく早く、径級の大きな材が求められたり、別の林分では年輪幅が繊密で均等な材が求められることもあるでしょう。

このように多様な施業目的に対応するには、従来の収穫表では不十分といえます。そこでシステム収穫表の出番となります。

システム収穫表とはちょっと聞き慣れない言葉かもしれません。これは、様々な状態にある林分を対象に多様な施業を行った場合でも、成長・収穫を予測できるコンピューターソフトウエアの総称です。あるいは収穫表調製システム、といった方がわかりやすいかもしれません。

直径の平均値だけでなく、径級分布も併せて予測されるのもシステム収穫表の特徴です。したがって、何cmの材が何本得られるかという情報に基づいて、収益やコストを計算することも可能となります。

システム収穫表にはいくつかのタイプが考案されていますが、ここで紹介するのは次のような仕組みになっています。平均的な密度管理を行っていくと、林齢の増加に伴って直径成長率が一定の割合で減少していきます。この直径成長率の減少曲線を基準として、実際の林分が平均的な管理よりも低密度ならば直径成長率を増加し、高密度ならば直径成長率を減少させます。計算に必要な関係式は従来の収穫表や固定試験地での調査データから求められます。

こう書くと何だかややこしそうですが、利用に際してはそんなにややこしいことはありません。本システムはMS-Excel®のマクロで作られています。Excelのワークシートに地域名、樹種、伐期、間伐林齢、残存木本数などの必要事項を入力して「計算実行」ボタンをマウスでクリックすれば、指定した施業方法に応じた収穫表が径級分布の情報とともに出力される仕組みになっています。さて、本システムを用いると、冒頭の問いに対する一つの答えとして、林齢20、30、40、50、65、85年生時に本数間伐率40%で間伐を行うという答えが得られました(図-1の赤線、強度間伐)。同じ林齢で同じ回数間伐を行っても、本数間伐率20%では100年生時の平均直径が33cmと予測されました(図-1の青緑、弱度間伐)。ただし、図には示してありませんが、総収穫量では強度間伐が1,550m3に対し、弱度間伐では1,900m3となっています。このように、システム収穫表を用いると様々な間伐方法をシミュレーションによって試すことができ、間伐方針を決める際に役立つと考えられます。

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図-1:異なる間伐条件下での直径成長の予測結果
実線は胸高直径を、破線は立木本数を表す。

連載

関西地域の森林土壌(2)
ポドゾル

森林環境研究グループ 古澤仁美

ポドゾルは、もともとは地表のすぐ下部に灰のような色をした層位を持つ土壌を、ロシアの農民がロシア語のpod:下方の、zola:灰、からポドゾルと呼んだのが名前の由来です。

冷涼な気候下や、分解しにくい葉をもつ樹種の森林下などの条件でポドゾルができやすいといわれています。このような場所では、落葉落枝などの有機物の分解が遅く土壌表面に厚く堆積した有機物層ができます。この有機物層では酸性の水溶性有機物が生成します。酸性の水溶性有機物が雨水とともに土壌へ流れ込むと、土壌中の鉄やアルミニウムを溶出させ、溶出した鉄とアルミニウムは有機物とともに下層に移動し珪酸分が表層に残ります。その結果、表層では有機物の黒い色や鉄の茶色が抜けて灰白色の層が形成され(溶脱層)、下層では移動した有機物や鉄が再び沈積して集積層ができます。この一連の作用をポドゾル化作用といい、この作用を受けた土壌をポドゾルとよびます。林野土壌分類(1975)では、ポドゾルを3つの亜群に区分しそれぞれ3つに細分しています。

  1. 乾性ポドゾル:PD
    • 乾性ポドゾル:PDI
    • 乾性ポドゾル化土壌:PDII
    • 乾性弱ポドゾル化土壌:PDIII
  2. 湿性鉄型ポドゾル:Pw(i)
    • 湿性鉄型ポドゾル:Pw(i)I
    • 湿性鉄型ポドゾル化土壌:Pw(i)II
    • 湿性鉄型弱ポドゾル化土壌:Pw(i)III
  3. 湿性腐植型ポドゾル:Pw(h)
    • 湿性腐植型ポドゾル:Pw(h)I
    • 湿性腐植型ポドゾル化土壌:Pw(h)II
    • 湿性腐植型弱ポドゾル化土壌:Pw(h)III

乾性ポドゾルは乾燥しやすい尾根筋などに分布します。湿性鉄型ポドゾルは水が停滞しやすい平坦な地形面や粘土の多い場所にできます。湿性腐植型ポドゾルは湿潤な緩斜面に出現し、溶脱層中の有機物量が多いという特徴があります。前記の3つの亜群のそれぞれにあるポドゾル、ポドゾル化土壌、弱ポドゾル化土壌は溶脱層と集積層の層の明瞭さで見分けます。層の明瞭さはポドゾル>ポドゾル化土壌>弱ポドゾル化土壌の順で、下位になるほど特に溶脱層がはっきりしなくなります。溶脱層が不明瞭な場合には、集積層があるかどうかで他の土壌群と見分けることになります。ちなみにポドゾルは最近の国際的な土壌分類体系ではPodzols (WRB:世界土壌照合基準)やSpodzols (US Soil Taxonomy)に分類されます。

関西地域の土壌図によれば、ポドゾルは兵庫県氷ノ山、奈良県大峰山系、大台ヶ原山系、和歌山県大塔山系の山頂付近などでみうけられるほか、石川、福井両県の標高の高い山地で比較的広範囲に認められます。この両県以外では分布はわずかで、温暖な気候下にある関西地域ではポドゾルは珍しい土といえるでしょう。

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写真-1:乾性ポドゾル(灰白色の層が溶脱層で、溶脱層直下に黒っぽい集積層があります)