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研究調整官 河室公康
今から33年前、大阪府吹田市の丘陵で'70年大阪万博が開催され、これを記念して毎日新聞社と松下電器産業の両社は「タイム・カプセルEXPO'70」を大阪城公園に埋設しました。このタイム・カプセルには、1970年当時の日本の生活、文化、科学を5000年先まで伝えようと2,098点もの品々が収納されています。
タイム・カプセルの埋設後30年を迎えた2000年春、収納品の保存状態を調べる目的で試験開封が行われました。収納品の中には、1970年当時、林業試験場(現・森林総合研究所)種子研究室の淺川澄彦氏が提供したスギ、ヒノキ、アカマツ、トドマツの4種類の樹木種子がありました。
2000年6月、筆者は樹木種子が封入されている石英管の開封に立ち会い、収納種子の中からスギ100粒、ヒノキ41粒、アカマツ96粒、トドマツ51粒を取り出しました。この試験用種子は直ちに本所実験林室に発送して発芽試験を行いました。その結果、それぞれの種子の発芽率はスギ2%、ヒノキ7%、アカマツ91%およびトドマツ27%でしたが、床替えによる枯死などで最終的に稚苗まで育ったのは、ヒノキ1本、アカマツ13本、トドマツ4本でした。
毎日新聞社内の「タイム・カプセルEXPO'70」事務局は、2000年開封種子発芽試験苗木を万博記念公園に植樹し、次のタイム・カプセル開封の2100年まで育成したいとの希望を提案してきました。提案に答えるべく関西支所では、無事13本のアカマツ3年生苗木を育てることができました。
2003年3月15日、池坊保子文部科学大臣政務官、斎藤 明毎日新聞社社長、森下洋一松下電器産業会長をはじめ大阪府副知事、吹田市長など地元関係者とともに廣居忠量森林総合研究所前理事長も出席して、盛大な植樹祭が万博記念公園で行われました。「タイム・カプセルEXPO'70」を主管した池坊大臣政務官をはじめ斎藤毎日社長、森下松下会長の挨拶では、異口同音に植樹したアカマツの100年後の成長への期待が熱く語られました。参加者の大部分の人々は間違いなく2100年の開封に立ち会うことができませんが、いま植樹した3本の苗木だけは、それが可能なのです。
ところで、発芽試験を行い、記念植樹まで育てた森林総合研究所という組織にとっても、担当者は遠からず職を去り、「タイム・カプセルの木」は職場の記憶からも消えます。どこかで記憶を繋ぎ、2100年開封時まで今回の発芽試験結果と育苗の記録を伝えなければと考えています。
日本の林業では父祖代々伝えられる山林が美林として残されます。同じように「タイム・カプセルの木」も大木として残り、2000年試験開封時の諸記録とともに無事22世紀の人々に引き継がれることを切望しつつ小稿を記します。
大阪万博公園にお立ち寄りの節は、是非「タイム・カプセルの木」もお訪ね下さい。
浦野忠久 (生物被害研究グループ)
全世界に何十万種と知られている昆虫の中には、変わった形態のものがたくさん存在しています。そんな中で、今回はとても長い産卵管を持った寄生バチを紹介したいと思います。産卵管は多くの昆虫の雌が持っているもので、文字通り卵を産むための管です。たいていは産卵する時以外は体内に引っ込んでいるのですが、体外に露出した状態で生活している虫も存在します。
寄生バチとは、他の昆虫に母親が卵を産みつけ、幼虫がその虫(寄主といいます)を食べて発育するハチの仲間ですが、母親はまず寄主を針のような産卵管で刺して、毒液を注射して動けなくしてから産卵します。したがって、産卵管は単に卵を産むためだけのものではありません。写真-1はオオホシオナガバチという寄生バチで、体長28mmに対して35mmという長い産卵管を持っています。これらのハチは枯れ木の材内に穿入するキバチの幼虫を外側から触角で探り当て、産卵管を錐(きり)のように材内に深く差し込んで寄主に産卵します。この時雌バチは自分の体よりも長い産卵管を材に対して垂直に差し込むために、図-1のように腹部先端を高く持ち上げて、逆立ちの姿勢をとります。この体勢から徐々に産卵管を材内に差し込んでいくのですが、脚が6本あるとはいえ、よくこんな不安定な姿勢で材を穿孔するだけの力が出せるものだと感心します。
ところで、図に示したハチの産卵管はいずれも3本あるように見えます。実際には真ん中の1本が産卵管で、残り2本は産卵管鞘といいます。つまり寄生バチの産卵管には立派な「鞘(さや)」が付いているのです。生きたハチでは通常この鞘が産卵管を左右から挟み込んでいるので、1本に見えます。そして産卵時にのみ鞘が開いて、「伝家の宝刀」が姿を現すという仕組みになっています。
この細くて長い産卵管の中を卵が通ってくるのにもちょっと驚きます。私が飼育しているキタコマユバチという寄生バチは体長8mmほどの小さなハチですが、やはり体より長い11mmの産卵管を持っています。このハチの卵は長さ1.5mm、幅0.2mmですが、産卵管の直径は0.04mmしかありません。しかもこの0.04mmというのは外径ですから、実際に卵が通過する管内の直径がさらに小さいことは間違いありません。ということは、卵は自らの幅の5分の1以下という、狭くて長い管の中を押し潰されながら通過してくるわけです。実際の産卵行動を観察していると、雌バチは産卵管を前後左右に大きく振りながら卵を「しぼり出して」います。産卵管の先から出てくる卵はまるで白い液体のようですが、すべて出終わると雌の体内にあったときと同じ形にしっかり復元されています。
最後に、世界最長の産卵管を持っている(と思われる)寄生バチを紹介しておきます。ウマノオバチ(馬尾蜂)という、いかにもそれらしい名前のハチです。関西支所にはこのハチの標本がありますが、一番大きなものは体長22mmに対して産卵管が170mmという恐るべき長さです(写真-2)。雌はこの産卵管を始終ぶら下げているわけですから、飛ぶのも大変だと思います。このハチも材内に穿入するカミキリムシの幼虫に寄生しますが、いったいどうやって産卵するのでしょうか。想像してみて下さい。
写真-2 ウマノオバチ雌成虫
(スケールの長さは50mm)
大西尚樹 (生物多様性研究グループ)
一夫一妻とは1頭の雄と1頭の雌が繁殖ペアを組むことを言います。一方、1頭の雄が複数の雌と繁殖するシステムを一夫多妻と言います。哺乳類の場合、子供は母乳で育つわけですから、敵に襲われない安全な巣と健康な母親がいれば、父親がいなくても子供は育ちます。そのため、雄は1頭の雌の育児を手伝うことよりも、自分の子孫を数多く残すために複数の雌と交尾しようとします。そのため、哺乳類のおよそ95%以上は一夫多妻であると言われています。
しかし、一夫多妻が一般的な哺乳類の世界にも、まれに一夫一妻と言われるものがいます。今回の主役、ヒメネズミもその一つです(写真-1)。筑波のヒメネズミ個体群では1頭の雄と1頭の雌の行動圏がぴったり重なって、そのペアの行動圏は他のペアの行動圏とはほとんど重ならないと報告されています。そして、相方がいなくなる(死ぬ?)まで、そのペアはずっと続きます。このことから、ヒメネズミは1頭の雄と1頭の雌がペアを作る一夫一妻だと考えられていました。
写真-1 ヒメネズミ(Apodemus argenteus). 日本の多くの森林に分布しているが、世界では日本にしか生息していない「固有種」. 日本に生息する森林性のネズミの中では最も小さく、頭からお尻まで10cm以下. 身体と同じくらいの長さのしっぽを上手に使って木に登り、樹上に巣を作るものもいる.
しかし、この一夫一妻というのはヒメネズミにおいて固定されたシステムなのでしょうか。図-1は森林総合研究所北海道支所(札幌)の森で私が行った調査の結果で、ある年の秋(9月)の行動圏を示しています。確認された12頭(雄5頭、雌7頭)のうち、行動圏が重なっている、または接しているペアは5組確認できました。この行動圏の結果からだけなら、これまで考えられてきたとおり一夫一妻と言えるかもしれません。ちなみに、この個体群では繁殖は主に春と秋の2回行われており、春は全て前年に生まれた個体でしたが、秋にはその年の春に生まれた個体も繁殖に参加していました。
図-1 9月の各捕獲個体の行動圏. 黒点: ワナの設置場所(各10m間隔). アルファベットと数字は個体番号を示し、Mとmは雄(male)、Fとfは雌(female)を意味する. アルファベットが大文字および行動圏が実線のものは前年生まれ、アルファベットが小文字および行動圏が点線のものはその年に生まれた個体を意味する.
しかし、DNA(遺伝子)情報を用いた親子推定から、意外な結果が見えてきました。まず、図の右上にF11という雌がm26という雄とペアを組んでいます。また、右側にはM11とf21というペアも見えます。この2組のうち前者のペアが1頭の子供の親となっていたことがDNA判定により確認されています。しかし、春に生まれたある3頭の兄弟の両親はDNA判定によりM11とF11であることがわかりました。つまり、このM11とF11は春にはペアを組んでいたのに、秋になるとそれぞれ別の相手とペアを組んでいたわけです。
DNA判定はもう一つ面白い結果を導き出しました。図中央にM12とf23というペアがいます。10月に初めて捕まった個体がDNA判定からこのペアの子であることがわかりました。しかし、このペアと隣接した行動圏を持つ「独り身」のf22もM12の子供を産んでいたことがわかったのです。このM12とf22は行動圏が重なっていないことから、「ちょっとした浮気」と呼べそうですが、これは一夫多妻の動かぬ証拠となりました。
筑波と札幌のヒメネズミ個体群ではどうして繁殖システムに違いがあるのでしょうか。他の地域でもヒメネズミの行動圏を調査した報告がいくつかあります。千葉では筑波と同様に雄と雌の行動圏が重なり合いますが、三重ではそのような重なりは観察されていません。このことから、ヒメネズミの繁殖システムは「一夫一妻」と決定づけられているのではなく、地域によって違いがあるようです。ヒメネズミと類縁のモリアカネズミはイギリスの個体群では一夫一妻と報告されていますが、ウクライナ北部の個体群では一腹子(例えば五つ子など)でも父親が異なっているという「一妻多夫」または「乱婚」が報告されています。
このように、繁殖は種によって固定されたシステムではなく、地域や個体によっても異なってくるのかもしれません。どうしてそのような違いが生じてくるのでしょうか? 資源量や個体数密度などによるのではないかと考えられていますが、その解明にはまだ時間がかかりそうです。
宮下俊一郎 (生物多様性研究グループ)
「遺伝子診断」あるいは「DNA鑑定」と呼ばれている手法は親子鑑定、犯人の特定、病気の検査等ですでに大きな威力を発揮しており、最近では一般の人々にも広く知られるようになってきました。このような手法は医学のみならず、あらゆる自然科学の分野に波及しています。樹木の病害診断においても、病原菌の検出・特定に本手法を適用するための研究が行われるようになってきています。例えば、ファイトプラズマという植物病原体があります。樹木ではキリてんぐ巣病の病原として知られています。これは電子顕微鏡でしかとらえられない小さな微生物で、植物体の中でしか生きられないため分離培養して調べることができないやっかいな病原体です。しかし今では、遺伝子診断技術を用いてファイトプラズマの遺伝子を植物体からダイレクトに検出することが可能となっています。
このようなDNA鑑定技術の普及は「PCR法」の出現によってもたらされました。PCRはポリメラーゼ・チェーン・リアクションの略で、DNA合成酵素の連鎖反応によって極微量のDNAを数時間で増幅することができます。紙面の都合上、その原理については割愛いたしますが、PCRはゲノム全域を一律に増幅するのではなく、実験者の意図した特定の部分だけを増幅します。増幅したい領域のDNA塩基配列を調べ、その両末端それぞれ約20塩基を選んでそれと同じ配列のプライマー(人工的に合成した一本鎖DNA)を作成し、二つのプライマーに挟まれた部分を増幅させる仕組みになっています。原則としてプライマーと目的生物DNAの塩基配列が一致していないとPCR反応は起こりません。このため、目的生物のみに存在する配列を探索してその部分からプライマーをデザインすれば、他の生物のDNAが混在していたとしても、目的生物のDNAだけが増幅されます。そこで、病原体感染の診断では、検出したい病原体のDNAのみを増幅するプライマーをデザインし、対象植物から抽出したDNAに対してPCRを行います。抽出したDNAのほとんどが植物由来であっても、PCRによる特異的な増幅により、わずかに混在する病原体DNAを高感度で検出することが可能となります。
この他にも、現在ではPCRをベースとした数多くの解析手法が目的に応じて開発され、様々な分野で活用されています。樹木医学の分野でも病原菌の感染を診断したり、性質を調べるための研究にPCRが利用されるようになってきています。
図-1 PCR法を用いた病原体感染の診断
3月14日に、環境省地球環境保全等試験研究「生物間相互作用ネットワークの動態解析に基づく孤立化した森林生態系の修復技術に関する研究」の研究推進評価会議が開催されました。本会議には、名古屋大学農学部から柴田叡弌教授、総合地球環境学研究所から中静透教授、林野庁研究普及課から中西雄一郎研究企画係長が出席されました。
関西支所と横浜国立大学から担当者が参画して、平成11年度から実施されてきた本プロジェクトも、今回が最後の会議となりました。奈良県大台ヶ原の森林内に設けたニホンジカ、ネズミ類、ミヤコザサなどの除去実験区における植生、動物相、土壌の性質等の定量的なモニタリング調査によって生物間相互作用ネットワークの動態が明らかになり、またシミュレーションモデルの構築によって、シカやササの管理にともなう生態系動態の予測が可能になるなど、多くの成果を得て完了しました。
3月4日、岩井吉彌京都大学大学院教授、大江義昭京都府林業試験場長、尾頭誠近畿・中国森林管理局計画部長の外部有識者3名をお招きして、支所研究評議会が開催されました。本会議は、支所の研究運営全般に関して意見を頂き、指導・助言を受ける場として、独立行政法人化にともない設置されたもので、支所側からは14年度の業務、主要成果等を報告しました。外部有識者から頂いたアドバイスは、今後の試験研究の効率的、効果的推進に役立てていきます。
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