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研究情報 No.69 (Aug. 2003)

巻頭言

ドングリ山の宿題

ランドスケープ保全担当チーム長 大住克博

ドングリは色々な樹木の堅果の総称ですが、代表はやはりコナラ属のカシやナラのグループの堅果でしょう。関西地方中部では、コナラ、アベマキ、クヌギ、アラカシなどです。コナラ属は、ほぼ日本全土わたって分布し、各地域の森林の主要な構成種となっています。また、薪炭材や家具材などとしても重要であったために研究が進み、多様な生活史が明らかにされてきました。萌芽性を持ち、人がそれを利用して薪炭林を形成してきたこと、年によりドングリのなり方に大きな豊凶があること、ネズミ類がドングリを食べると同時に散布の手助けもしていることなどは、よく知られています。

ナラ類がしばしば豊凶を持つことについて、それによりドングリの敵でもあり味方でもあるネズミの密度を調整し、自らの更新を有利に導いているという興味深い説があります。この話も、最近では一般的に知られるようになりましたが、ミズナラは凶作年に餌を減らすことで、ネズミの密度を低くしておき、そこにある年に突然大量のドングリを播いて、食い尽くされないようにするというものです。つまり、ネズミには運んで欲しいけれども、全部は食べられたくない、だからフェイントをかけるというわけです。もちろん、それだけが豊凶の動機のすべてではなく、気象変動への対応や、風媒種としては仲間同士一斉に咲いたほうが花粉の無駄がないこと、などの説明も有効だとされています。しかし、ネズミとの間の食われる⇔運ばせるという駆け引きを下敷きにした、進化的理由による豊凶の説明は大変刺激的で、強く印象付けられてきました。

しかしながら、自然界の出来事は、そう簡単に決着がつくものではなさそうです。ドングリの豊凶にしても、それは、結実途中の虫害などの外的要因で決まる程度が大きく、開花数の年変動自体はもっと安定したものであるという報告があります。さらに関西の里山に目を向けると、そこで見られるのはアベマキやクヌギ、あるいはコナラ、アラカシのように、コナラ属といえども豊凶差が小さい樹種ばかりで、しかもほぼ毎年、どれかの種のドングリがなっているという様子も観察されます。これらが事実だとすれば、豊凶はネズミと共存するためであるという説明は、そのままでは成り立ちにくいことになります。今までの国内の議論が、ミズナラがほぼ唯一のドングリ生産者であるという、北日本の結果に頼りすぎているのかも知れません。

ところで、複数のコナラ属樹種が混交して里山の二次林を形成することが一般的という西日本の状況は、種子の豊凶以外にも、いくつかの新たな問題を提出します。そもそも、なぜ、どういう仕組みで、近縁種が混交しているのでしょう?類似した生活基盤を持っているのならば、どれかが他の近縁種を締め出しても良さそうです。ネズミや昆虫との種間関係は、樹種によって異なるのでしょうか?さらに、コナラ属では種間交雑が簡単におきるようですが、では、野外では種の独立はどう保たれているのでしょう?そして、それらのことに里山で最も重要な種間関係、つまり人の森林利用はどう絡んでいるのでしょうか?究極的には、なぜコナラ属は、里山の二次林で優占するのでしょう?

このようにドングリ山の宿題はまだたくさん残っています。それらの宿題を解くことができれば、より適切な里山林管理の選択に役立つばかりでなく、人々が里山を理解し、楽しむための手助けになるのではないかと考えています。

研究紹介

里山におけるドングリの生産とそれを食べる虫との関係

上田明良 (生物多様性研究グループ)

関西地方中部の里山のうち、過去に薪炭林として利用されていた雑木林では、コナラ属の樹種が優占しています。そして、その種子であるドングリへの虫害を調べることは、里山を管理する上で重要です。そこで、滋賀県志賀町の雑木林にみられる4種の落葉性コナラ属のドングリへの虫害を調べました。4樹種のうち、コナラとナラガシワはコナラ節に属し、春に開花した雌花がその年の秋にドングリとなって熟しますが、クヌギ節に属するクヌギとアベマキは翌年の秋に熟します。

まず、4樹種の立木5本ずつを選定し、それぞれの樹冠下に口径0.5 m2の捕虫網状のシードトラップを2001年4月10日に1器ずつ設置して、落ちてきた大小様々なドングリ(雌花を含む)を11月10日まで採集しました。そのうち、未熟なドングリで殻斗(かくと:ドングリの帽子)上から明確な穴をあけられ、内部を摂食(吸汁)されていたものは、ゾウムシ類の成虫が栄養摂取するための食害であるため「吸汁虫害果」としました。これ以外の虫害、すなわち産卵や幼虫の食害が認められたものを「実虫害果」としました。虫害はないが菌類に犯されるなどして褐色あるいは黒色になったものを「変質果」としました。コナラ節では発育不全果(しいな)と考えられる微小なドングリが多く採集されましたが、その子葉は褐色あるいは黒色になっていて、発育不全果であるのか菌類に犯されたものであるのか判断がつかなかったので、これらもすべて変質果に含めました。鳥獣にかじられたものを「鳥獣害果」、健全なものを「無被害果」としました。

ドングリのバイオマス(生物量)をみるため、ドングリのサイズを測定しました。すなわち、採集したドングリの花柱を除く長さ(L)と幅(W)をデジタルノギスで測定し、ドングリの乾燥重量ともっとも相関が高いことが知られている長さ×幅の2乗(LW2)の値を各ドングリについて算出し、バイオマスはその合計値で表しました。

採集したドングリのサイズは、いずれの樹種も8月上旬まで非常に小さく、9月から10月にかけて急速に大きくなりました。コナラ節は6月と8月に落下のピークがあり、6月は発育不全と思われる変質果、8月は主に吸汁虫害果の落下でした。クヌギ節では8月のピークだけがあり、実虫害果の落下でした。全体の落下数は、コナラ節がクヌギ節より多く、特にコナラが多いのが目立ちました(図-1)。しかし、バイオマスでは、コナラ、ナラガシワとアベマキはほぼ同じ値でした(図-2)。

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図-1 ドングリの落下数とその被害
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図-2 ドングリのバイオマスとその被害
(凡例は図-1と同じ)

内訳をみますと、コナラ節は変質果数が多かった(図-1)が、そのほとんどは発育不全と思われる微小なものであったので、バイオマスに占める割合は低いものでした(図-2)。コナラ節は吸汁虫害果数も多く(図-1)、特にコナラではバイオマスにおいても多いことが目立ちました(図-2)。クヌギ節で吸汁虫害果が少ないのは、厚くて棘のある殻斗でドングリを覆い、保護しているからと考えられています。いずれの樹種でも、実虫害果数は少ないが、そのバイオマスは大きいことが共通していました(図-1と2)。また、無被害果バイオマスは落下数がもっとも少なかったアベマキで高い値を示しました(図-1と2)。なお、鳥獣害果はほとんどありませんでした。

以上の結果を総合しますと、コナラ節は着果数を多くしないと、発育不全と吸汁虫害によって秋までにほとんどのドングリが落下し、無被害果を生産できないことを予測させます。ただし、発育不全果と吸汁虫害果のバイオマスは小さいので、損失は小さいと考えられます。すなわち、コナラ節はとにかくたくさんの雌花をつけ、そのごく一部が成熟に至れば良いという戦略をとっているように思われます。そして、4樹種のなかでもっともドングリの大きさが小さく落下数が多かったコナラは、この戦略の代表的なものと考えられますが、調査年には吸汁虫害果が特に多かったことから、無被害果はありませんでした。その年の吸汁虫害果数が無被害果の生産数に大きく影響する可能性があります。クヌギ節は厚くて棘のある殻斗でドングリを保護することで、数少ない雌花を確実に成熟に至らせる戦略をとっているように思われます。そして、もっともドングリの大きさが大きく落下数が少なかったアベマキは、この戦略の代表的なものであると考えられます。調査年には無被害果数とそのバイオマスは4樹種のなかでもっとも大きくなりました。ただし、どちらの戦略が優位かは、年度や人為的な攪乱の程度によって異なるでしょう(攪乱が強い場所では、多産なもの、すなわちコナラ節タイプが有利と一般的に考えられている)。そのバランスの中で、4樹種が共存できてきたのかもしれません。

(8月1日より北海道支所森林生物研究グループに異動になりました。)

ドングリは体に悪い?

島田卓哉 (生物多様性研究グループ)

ドングリ(堅果)とは、一般的にナラやカシ類の樹木の種子のことを指します。一般にドングリは腐りにくく大型なため、森林に棲む動物にとって貴重な餌資源となっています。アカネズミ(写真-1)やヒメネズミなどの森林性の野ネズミは冬に備えてドングリを地中に貯蔵する習性(貯食)を持ちますので、ドングリとの関係は特に密接です。海外の報告では野ネズミの個体数がドングリの豊凶に同調して変動することが報告されていますし、アカネズミが秋にはドングリを大量に集めることも知られています。これらのことから、ドングリは野ネズミにとって「良い餌」であると信じられてきました。

ところが、コナラ、ミズナラなどのドングリには、消化管への損傷や消化阻害作用を引き起こすタンニンが乾燥重量比3~9%という高濃度で含まれています。野ネズミは、このようなドングリを食べても本当に何ともないのでしょうか。そこで、コナラ、ミズナラのドングリだけをアカネズミに与えて、その効果を調べました。

アカネズミ各8頭に、それぞれに十分な量のコントロール飼料(マウス用人工飼料2種の混合)、コナラまたはミズナラのドングリを15日間供餌し、体重変化や消化率を記録しました。実験に用いたドングリのタンニン含有量(タンニン酸による換算値)は、コナラ2.7%、ミズナラ8.6%でした。

驚くことに、ドングリを与えたアカネズミはどんどんやせていき、15日間でミズナラを与えたアカネズミ8頭のうち6頭が、コナラを与えたアカネズミのうち1頭が死亡してしまいました。一方、コントロール飼料を与えたアカネズミは1頭も死亡しませんでした。実験開始から5日間での体重変化は、コントロール群で-1%、コナラ群で-17%、ミズナラ群では-24%もの値を示しました(図-1)。

なぜ、このようなことが生じたのでしょうか。ドングリは毎日食べ残すほどありましたし、単位重量当たりのエネルギー量も遜色ありませんでしたので、餌不足、あるいはエネルギー不足ということはありません。窒素の消化率を調べてみると、コナラ群は12%なのに対し、ミズナラ群では-17.5%と負の値を示しました。窒素の消化率が負の値を示すということは、ミズナラのドングリを食べれば食べるほど体内のタンパク質(窒素)が失われてしまうことを意味します。タンニンには消化酵素や消化管上皮などのタンパク質と結びつき、タンパク質を体外に流出させてしまう作用があります。ドングリに含まれるタンニンのこの作用のために、窒素の消化率が低下し、著しい体重減少を引き起こしたものと考えられました。

以上の結果から、ミズナラのようなタンニンを多く含むドングリは、アカネズミにとって単純に「良い餌」ではなく、潜在的には「体に悪い」餌であるということが明らかになりました。その一方で、野外ではアカネズミがミズナラのドングリを利用していることもまた事実です。潜在的には体に悪いドングリも利用可能にしてしまえる「秘密」をアカネズミは隠し持っているに違いありません。現在、その秘密を解明すべく研究中です。

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写真-1 アカネズミ
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図-1 ドングリを摂取したアカネズミの体重変化
(0日目から堅果の供餌を開始した)

連載

森の病気を探る (2)
核磁気共鳴画像法(MRI)による萎凋病の研究

黒田慶子 (生物被害研究グループ)

近年、日本海沿岸や滋賀県北部から和歌山県まで、ブナ科樹木萎凋病(ナラ類の集団枯損)が猛威をふるっています。この病気が怖いのは、病原菌(ナラ菌:Raffaelea quercivora)が感染すると、ミズナラの大木が1か月程度で枯れてしまうことです。微生物の侵入で、なぜこのような現象が起こるのか不思議に思われるでしょう。萎凋までの道筋がよくわからない場合、酸性雨や温暖化の影響として片づけられることが多いのですが、これでは問題解決になりません。

微生物感染による枯死を防ぐには、発病のメカニズムを明らかにすることが重要です。しかし「枯れてしまった樹木」の組織を観察してもすでに樹木の細胞は死んでおり、病原菌の影響は読みとれません。健全木に病原菌を人工接種した場合でも、菌の活動は外から見えないので樹木を解剖して観察する必要があり、その木では継続観察はできなくなります。そこでMRIを利用して「切らないで観察する」方法を試みています。医学分野ではMRIは脳腫瘍や内臓の病変部の検出に利用されており、脳の断層写真を見たり診断を体験する機会も多くなりました。この技術はプロトン(水素原子)への磁力(1-3万ガウス)の働きを利用します。水分子は水素を含むので、樹木内の水分は容易に検出できます。健全なコナラでは形成層(細胞分裂の盛んな部分)と水分(木部樹液)を運んでいる道管が白く見えます(図-1)。鉢植えのミズナラに病原菌を接種し(図-2A、|)、1週間ごとに撮像して、水分上昇が妨げられる様子を追跡することができました。水が通っていない部位が暗く見えています(図-2A、矢印)。解析の条件を変えることにより、病原菌の影響を受けた範囲も検出でき(図-2B)、有用な情報が得られることがわかってきました。

一般の医学用MRI設備は用途が人間に限定され、他の動植物の撮像は許可されていません。研究用の装置がある岩手医科大学超高磁場MRI研究施設で共同研究を進めていますが、樹木への利用は想定されていなかったので、解析条件の検討などまだ課題はあります。しかし、大木を持ち込むことは不可能でも、鉢植え苗なら生きたまま繰り返し撮像ができ、樹木医学分野での今後の活用が期待されます。

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図-1 健全なコナラのMRI画像(樹幹横断面)
矢印:水を含む小道管群
C:形成層

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図-2 病原菌接種8週間後のミズナラのMRI画像(樹幹縦断面)
(A)感染による水分通導の停止(矢印)
(B)菌の影響を受けた範囲(矢印)
|:接種穴、スケール1目盛り=1cm

おしらせ

 関西支所研究発表会「生態系をどう蘇らせるか」

日時:平成15年10月14日(火曜日)13時00分~
場所:京都市アバンティホールアバンティビル9F(JR京都駅八条口前)

昨年度に終了しました大台ヶ原(奈良県)でのプロジェクトを基に「生物間相互作用にもとづく森林生態系管理」について発表します。

また、特別講演として鷲谷いづみ東京大学大学院教授をお招きし、「生物多様性と自然再生」をテーマにお話ししていただきます。

入場は無料です。みなさまのご参加をお待ちしております。

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今号の主役たち