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研究情報 No.78 (Nov 2005)

巻頭言

日本の山火事、世界の山火事

大気-森林系担当チーム長 後藤義明

フランスやスペイン、イタリアといったヨーロッパ南西部の国々では、異常少雨状態が続いて水不足が深刻化し、各地で山火事が頻発しています。なかでもポルトガルでは、今年になって既に14万haの森林が焼失し、周辺各国に消火支援を要請する事態となっています。もともとこの地域は、降雨が主に冬に集中し、夏の高温期に著しい乾燥状態となる地中海式気候と呼ばれる独特の気候条件にあり、例年夏になると山火事が多発していました。ポルトガルでは昨年9月頃から少雨状態が続き、降水量は平年の半分ほどで、人々の暮らしにも深刻な影響が出ています。

日本での山火事の発生傾向を見ると、1970年代には毎年約6,500件の山火事が発生し、約8,000haの森林が焼失していました。これが1980年代になると約4,000件、4,200ha、1990年代は3,200件、2,200haと減少する傾向にあります。ポルトガルでの14万haに比べ、2,200haの焼損面積はかなり小さいように感じます。かつて1982年から83年にかけて、インドネシアではエルニーニョ現象の影響で山火事が多発し、東カリマンタンだけで350万haの林野が焼失しました。モンゴルや中国、ロシアなどでも大規模な山火事が発生しています。世界の国々に比べ、日本は山火事が少ない国といえるのでしょうか。

FAO(国連食糧農業機関)が最近になって、世界各国の山火事の発生傾向を調査し報告しています。この報告をもとに、日本の山火事と世界の山火事を比較してみました。FAOが行った調査の対象となったのは熱帯から寒帯までを含む90ヶ国以上の国々ですが、残念ながらアフリカや東南アジアなど熱帯諸国では正確な数値が報告されておらず、比較できたのは主にヨーロッパを中心とした温帯~寒帯にかけての国々60ヶ国でした。また、もともと国土面積が全く違う国同士を、単に年間の発生件数や焼損面積だけで比較しても意味がありませんので、土地面積1,000km2当たりの値に換算して比較しました。

山火事の発生件数が多いのは、ギリシャ(26.8件/1,000km2・年)、スペイン(35.8件)、ポルトガル(217.6件)などで、焼損面積が大きいのはイタリア(393.9ha/1,000km2・年)、オーストラリア(507.6ha)、ポルトガル(1056.4ha)などでした。やはり地中海沿岸地域の国々は山火事の発生件数、焼損面積ともに大きいようです。日本は60ヶ国中、多い方から数えて発生件数では17位(8.5件)、焼損面積では42位(5.8ha)でした。日本は、山火事による焼損面積は比較的小さいが、発生件数は他の国々に比べ決して少ないとはいえない、ということがわかります。また山火事1件当たりの平均焼損面積を見てみると、ロシア(62.8ha)、オーストラリア(197.9ha)、カナダ(325.4ha)などが大きく、広大な国土を持つ国は、山火事が大規模化する傾向にあるようです。日本は0.7haで少ない方から数えて4番目でした。

日本でも1950年代には、1件当たりの焼損面積が10haを越えていた時期があり、近年になって急速に減少してきました。日本では、山火事の早期発見体制や初期消火体制が確立されてきていると考えることができます。しかしいくら消火技術が向上しても、山火事の発生件数そのものを減らすことはできません。日本で発生する山火事の大半は人の不注意が原因となっています。日本は山火事が少ない国であると自信を持っていえるようになるためには、常に注意深く火を使用するという意識を、私たち一人一人が持つ必要があるでしょう。

研究紹介

造林の繰り返しと種組成の変化

五十嵐哲也 (森林生態研究グループ)

森林の多様性には現在の林相だけでなく、森林になる以前にどのような土地であったかということが大きく影響することが知られています。特に、針葉樹人工林については、造林を繰り返すことによって林地の養分が枯渇してしまう、あるいは生物の多様性が減少してしまうなどの心配があります。そこで、初代スギ林(広葉樹林を伐った跡地に植えられたスギ林)と二代目スギ林(スギ林を伐った跡地に植えられたスギ林)の植物種の多様性を比較して、植林の繰り返しが植生の多様性に与える影響について検討しました。森林における土壌の酸性化は、樹木に必要不可欠なCa、Mg、Kなどの養分を土壌から溶脱させ、樹木に悪影響を与えるアルミニウム(Al)イオンを土壌中に溶出させます。このAlイオンはとくに根に与える影響が大きく、新しく成長したばかりの細い根にくっつくことで、養分が吸収できなくなったり、根の成長が悪くなったりすることが知られています。

調査地として、林齢38 - 51年で5ha以上の林地面積を持つ初代スギ林6ヶ所、二代目スギ林6ヶ所を選びました。調査は茨城県北茨城市関本町で行い、植林前にどんな森林であったかを古い森林簿を利用して確認しました。標高は500-750m、気候は冷温帯にあたり、周辺の天然林はブナ林、コナラ林などの落葉広葉樹林です。それぞれの林内に100m×10mの長方形のプロットを設置し、プロット内に出現した高さ2m以上の植物種をすべて記録し、胸高直径5cm以上の個体については胸高直径も測定しました。また、プロット内に40個のコドラート(1m×1m)を設置し、高さ2m以下の下層植生の全出現種の種名と被度を記録しました。

調査の結果、下層植生の種数は、初代林で194種、二代目林で171種と、二代目林で少なくなっていました。コドラート一つ当たりの出現種数で比較しても、平均6.3種(初代)と4.6種(二代目)と二代目林で有意に種数が少なく、造林の繰り返しによって種数が減少することが推定されました。

また、生育の仕方ごとにコドラート当たりの種数を比較したところ、二代目林種では木本種の割合が有意に減少していました(図-1)。スギ人工林ではスギ以外の木本植物を下刈りや除伐によって取り除くため、木本植物の種子が少なくなり、二代目のスギ人工林では木本植物の出現種数が少なくなったと考えられます。また、種子散布の仕方によっても重力散布種の割合が二代目林で少ないという結果が得られており(図-2)、これは散布距離の短い種が造林の繰り返しによって消滅していく可能性があることを示します。生物多様性に配慮するならば、繰り返し造林を行う場合にこれらの点に留意する必要があります。

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図-1 生育の仕方ごとの種の割合(*は有意差あり)
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図-2 散布の仕方ごとの種の割合(*は有意差あり)

シカによって増える鳥減る鳥

日野輝明 (野生鳥獣類管理担当チーム長)

森林は、鳥をはじめとする多くの生き物たちの「すみか」です。鳥は、餌をとる場所・巣を作る場所・ねぐらをとる場所などを森林内のさまざまな部位に依存して生活しており、その部位はまた、鳥の種類によってさまざまに違います。したがって、森林の構造が変われば、そこにすむ鳥の種類や数も変わります。その森林がいま、数の増えたニホンジカの採食によって大きな被害を受け、日本各地で深刻な問題となっています。シカによるこのような「すみか」の改変は、住人である鳥たちの顔ぶれにどのような変化をもたらしているでしょうか。

西日本有数の原生林が残る奈良県大台ヶ原もまた、場所によっては奈良公園と見まがうほどに多くのニホンジカが生息しており、森林の存続が危ぶまれています。ここは山岳地帯には珍しく、名前が示すように、緩やかな台状地形を形成しています。シカはこのなだらかな部分に集中して生息しており、周縁部に向かうほど(すなわち、斜面が急になるほど)、シカの密度は低くなります。このような斜度にともなうシカ密度の違いが、森林植生の構造と鳥の種類と数にどのような影響をもたらしているかを、繁殖期の5月から6月にかけて調べてみました。

実際に、斜面が緩やかになるほどシカの糞が多くなり、シカ密度の高さを裏付けていました。そして、そのような場所ほど、草本の密度と丈が低い、低木の密度が低い、枯死木の密度が高いという特徴がありました。これらの特徴はすべて、シカによる採食の影響と考えられます。草本、とくにその大部分を占めるササはシカの大好物です。低木密度が低いのは、シカが芽生えや幼木を食べてしまうために、次世代を担う樹木が育っていないことを示しています。さらに、シカは樹皮までも食べてしまうために、現在立っている高木さえ枯らしてしまいます。したがって、大台ヶ原の主要部分である台地上の森林にとって、現在のシカ密度は過剰であり、このまま放っておけば、間違いなく貴重な森林は失われてしまうでしょう。

では、鳥たちはどうでしょうか。シカ密度の高いところでは、ササ藪を好んで住みつくウグイス、コルリ、コマドリや、低木で餌をとることの多いセンダイムシクイ、コガラ、エナガなどが全くいないか、いても数が少なくなっていました。その一方で、開けた場所を好むアカハラやビンズイ、枯死木での営巣または採食を行うオオアカゲラ、アオゲラなどがみられるようになり、またアカゲラ、コゲラ、キバシリ、ゴジュウカラなどの密度も高くなっていました。このように、好んで住みつく鳥の種類は「すみか」の形に応じて違うため、シカは味方にも敵にもなります。とはいえ、森林にすむ鳥にとって「すみか」そのものがなくなっては困りますから、やはりシカの数は減らす必要があります。

より多くの「住人」が住めるような「すみか」づくり。そんなリフォームを可能にする数こそが、シカの適正密度だといってもいいかもしれません。

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連載

マツ林にすむ小さな狩人たち(3)
カッコウムシ

浦野忠久 (生物被害研究グループ)

私が試験を行っている滋賀県のアカマツ林では、枯れたマツが放出するにおい成分を原料とした誘引剤を木の枝に吊り下げて、そこに集まってくるマツノマダラカミキリをはじめとした穿孔虫と、その天敵昆虫を採集しています。この調査は毎年4月から行いますが、まず最初に採れるのが数多くのキクイムシと、その捕食者であるカッコウムシです。試験林内では3種類のカッコウムシが採れました(写真-1~3)。これらは体長5-10 mmと、前回のコメツキムシなどに比べるとかなり小さな虫ですが、大きな複眼と長い脚を持ち、樹幹上を機敏に動き回ることができます。幼虫(写真-4)はNo.76で紹介したオオコクヌストに形は似ていますが、体色が赤いのが特徴です。幼虫は枯れたマツの樹皮下にキクイムシが作った孔道(トンネル)の中に侵入して、キクイムシの幼虫、蛹などを捕食します。アリモドキカッコウムシは他の2種より少し大きく、幼虫はキクイムシより体が大きいゾウムシの幼虫なども捕食するのではないかと思われます。幼虫と蛹は赤紫色をしています(写真-5)。ダンダラカッコウムシとクロダンダラカッコウムシの2種は、外見はよく似ていますが、成虫の出現時期が前者は4~5月に対して後者は6月以降と異なっています。

北アメリカではキクイムシの食害によるマツ科樹木の集団枯死が古くから発生しています。そしてアリモドキカッコウムシと同じThanasimus属のカッコウムシが、このキクイムシの重要な天敵昆虫であることが知られています。最初にマツの樹幹にたどり着いたキクイムシは集合フェロモンを放出して同じ種のキクイムシを大量に呼び寄せ、樹皮下への穿入が行われます。カッコウムシはこの集合フェロモンに反応してこれからキクイムシが穿入しようとする木にいち早く集まり、キクイムシの成虫を捕食して栄養を得た後に樹幹に産卵します。冒頭にも書いたとおり、餌であるキクイムシとその食害を受けたマツに由来するにおいにすばやく反応する能力を持つ昆虫だといえます。

ところで、なぜカッコウムシという名前なのでしょうか。漢字では「郭公虫」と書くので、この「カッコウ」は鳥のカッコウを指しているようです。鳥のカッコウとどういう関係があるのか調べてみたところ、はっきりしたことはわかりませんでしたが、カッコウムシ科の学名Cleridaeには「ミツバチの巣を加害する甲虫」という意味があるそうです。実際ヨーロッパにはミツバチの巣に入り込んで幼虫などを捕食するハチノスカッコウムシという種が存在します。一方鳥のカッコウといえば、他の鳥の巣に卵を産み付けて雛を育てさせる「托卵」の習性が知られています。このように他種の巣に侵入する性質を持つことが両者の共通点で、ここからカッコウムシの名が付いたのではないかと思います。

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写真-1 アリモドキカッコウムシ
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写真-2 ダンダラカッコウムシ
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写真-3 クロダンダラカッコウムシ
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写真-4 カッコウムシ幼虫
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写真-5 アリモドキカッコウムシ蛹

おしらせ

関西支所研究発表会が開催される

10月19日京都市アバンティホールにおいて、「変わりゆく里山-森林の健康という視点から-」をテーマに、平成17年度関西支所研究発表会が開催されました。
当日は148名の方々に参加していただき、大変盛況に行うことができました。